第40話

 美央ちゃんが零れる涙を抑えることもなく泣いている。


 私は美央ちゃんが強い子だと、もう大人なんだとどこかで思っていた……そんなはずは無いのに。誰だって1人で頑張り続けるなんて出来るはずがない……ましてや美央ちゃんは私たちよりも1つ年下なんだから。

 

 兄さんと美央ちゃんの間には私や孔美が知らない何かがあるんだろう、でもそれはきっといつか私たちにも教えてくれる……と良いな。

 彼女はその為に……大好きな兄さんの為に誰よりも強くあろうとしたんだ、妹としてだけじゃなく1人の女性として彼の横に立つ為に。


 もう絶対に美央ちゃんを……私の可愛い妹を1人になんてしない。彼女を抱き締めた腕にそんな気持ちを込めて泣き止むのを待った……。




 少しの間3人でそうしていると、ようやく美央ちゃんも落ち着きを取り戻したみたい。ゆっくり身体を離し、孔美が用意していたハンドタオルを渡してあげる……泣いちゃったからね、私もだけれど。


 同じように身体を離した孔美は……取り出したティッシュで「ずびびっ」と鼻をかんでいた……孔美、あなたが末っ子って言われちゃうのはそういうとこよ?


「明莉ねぇね、孔美ちゃん……ありがとう」


 まだ目の周りは赤いけれど、先ほどまでとは違う自然な笑みで美央ちゃんが口を開いた。


「いいのよ、もう伝わっているとは思うけれどちゃんと言うわね。美央ちゃん、あなたにも私たちと同じように兄さんを好きでいて欲しいの。私も、孔美もそれを望んでいるわ」


「そうだよー! って言うか、美央ちゃんが居ないだなんて考えられないんだからね!」


「ありがとうございます……それでですね、私がにぃにの傍にいるために考えていた事があるんです、聞いてもらえますか……?」



 そう切り出した美央ちゃんの考え……それは兄さんを中心にしたハーレム計画だった。

 ちらりと見た孔美は、その視線を自分の部屋の本棚へと向けていた……あぁ、そう言えば孔美はそういった本も持っていたっけ……ライトノベルと言うんだとか教わった覚えがあるわね。

 でも、嫌だとは思わない……むしろそれが私たちの関係にはピッタリとはまっている気もする。『木を隠すなら森の中』とも言うのだし……。



――――



 お兄ちゃんのハーレム計画……まさか、美央ちゃんがそんな事を考えていただなんてー!?

 ちらりと見た私の本棚……兄妹のお話の中には当然、そういった設定の話もあったんだよねー。

 前もっての知識からか、その言葉はすんなりと私の心に入る。私と明莉、美央ちゃんがこれからもずっと一緒に居るのならむしろその選択しかないんじゃないかなー?


 頭の中をハーレムな物語がよぎる……うんうん、これはむしろウェルカムかもしれないなー。


「いいねー、私は賛成かなー。私や明莉は『恋人兼妹』美央ちゃんは『妹兼恋人』これで私たちは同じじゃないー?」


「私も、孔美や美央ちゃんと一緒に居られるならそれが良いわね」


 そういう明莉の顔はとても優しく、私たちを大切に想ってくれているのがよくわかる。それがしっかりと伝わっているのかなー、美央ちゃんもなんだか嬉しそうだ。


「ふふっ、明莉はすっかりお姉ちゃんだねー? 雰囲気も口調も……いつもと全然違うよー?」


「えっ……そう……かな?」


 普段は大人しくあまり自分から動かなかった明莉がこんな風になるのは私と2人きりの時くらいだっけー? 

 

「そうですね……初めて会った時とはまるで違って、とても安心できます」


「美央ちゃんにもわかるよねー? でもでも、お兄ちゃんが絡んでくるとまた違うんだよなー」


「な、なに言ってるのよ!? そういう孔美だって兄さんが相手だとべたべたと甘えっぱなしじゃないの!」


「えぇ!?」


 私、そんなに甘えていたかなー!? うーん、ちょっと身体に触れたくなったり、触れて欲しかったり……なんだか一緒に居るだけで嬉しかったり……それくらいだったよねー……って、これって恋する女の子じゃ……え? 私いつから!?


「やっぱり気が付いてなかったのね? 初めて兄さんと一緒に帰った時からそんな感じだったわよ」


「えぇー!? まったく自覚がなかったよー」


「ふふっ、まぁ今はわかっているんだし、良いじゃない」


「うぅ……まぁそれはいいじゃない! それよりも、これからの事だよー。目標はとりあえず私たち3人が恋人としてお兄ちゃんに認めてもらう事だけど……お互いの現状ってわからないじゃない? まずはそこからでしょー」


「現状……そうね、私は抱き締められたり腕を組んだりはしたけれど……あ、下着姿は見られたわね……」


「そういえばそうだったねー、私は見られたことは無いけれど……明莉と違うのはおんぶされたくらいかなー?」


 明莉が「あなたのせいじゃない」とジトッとした横目で見てくるがあれは仕方ないことなのだよー。

 そこまで話して私と明莉は……美央ちゃんに視線を向ける。次は私の番なんだとわっかったのだろう彼女は、少し俯きながら小さく口を動かした……。


「添い寝と……キスまで……です」


「「……えっ?」」



――――



 2人の視線が「あなたはどうなの?」と言っている……これで私だけ黙秘だなんて出来るはずもない……。


 私がしているのは添い寝と……キス。そう伝えると、2人が小さく言葉を漏らした後……部屋は静寂に包まれた……。


 そっと視線を上げてみるとそこには、先ほどまでにも見せていた笑顔の明莉ねぇねと孔美ちゃん……ただ違うのは、その目に優しかった光が見えなくなっている事だろうか……。


「へぇぇー、キス……したんだ? あれかな、お兄ちゃんかっこいいから我慢できなくなっちゃったみたいなー? それなら仕方ないよねー、私でもしちゃうかもだしー?」


「あの……そうじゃなくって……添い寝した日の朝に……にぃにから、されました……」


 2人の動きが完全に止まった……でも、言うしかないじゃない……! 私を受け入れてくれた2人に嘘なんてつけないよ……。


「「ず、ずるいよ美央ちゃん!」」


「ね、ねぇ! どうしたら兄さんからキスして貰えるんですかっ!?」


「ディープなやつ!? ねぇ美央ちゃんどうだったのー!」

 

 2人の勢いに押されて後ろに倒れ込んでしまった私を2人が押さえつけるようにして見下ろしてくる……2人とも、どうか落ち着いてっ!?


「美央ちゃんだけずるいなー。私もお兄ちゃんとしてみたいよー……あっ」


 何かを思いついたかのように唇をぺろりと舐める孔美ちゃん……なに? 凄くイヤな予感がする……。


「くふふっ、このまま美央ちゃんとチューしたら……お兄ちゃんとの間接キスになるかなー?」


 孔美ちゃん!? ならないから……今朝もしたけれどならないからね!?


「もぅ……孔美、それじゃダメじゃない……。ほら、美央ちゃんもびっくりしてるからそろそろ離れましょ?」


「はーい。ふふっ、美央ちゃんごめんねー? でもキスは先を越されちゃったかー」


「でも兄さんと……キス……かぁ」


 明莉ねぇねが自分の唇に指をあてる……きっとどんな感じか想像しているんだろうな。


 にぃに、皆待ってるよ? 早く私たちの本当の気持ちに気が付いてね。




 こうしてにぃにが知らないところで私たちのハーレム計画は本格的に動き出した。

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