第25話 相馬 夏希

―――― side 相馬 夏希





 辺りは真っ暗闇だった、正面は元より右も左も……上や下ですら只々暗い……。


 そんな中、俺はひたすらに走り続けている。どれだけ走っても誰かに見られている……1人や2人じゃない、もっとたくさんの視線。そして誰かに追われているという漠然とした恐怖……人は『暗闇』と『追われる事』を本能で恐れるんだろう。そしてそれが何かわからないという『未知』も……。


 360度全てが怖い、息が出来ない……身体が鉛のように重たく感じる、それでも止まることは出来ないそれだけはわかっていた。


 もうどれくらいだろう……数分? それとも1時間はたったのだろうか。そんな事を考えたのがいけなかったのか、何かにつまづく感触が足を襲う。


 咄嗟に突き出した掌に、何か暖かくて柔らかいものが触れる……なんだこれ? その瞬間、倒れかけた感覚も周りの視線も何も感じなくなった。


 そっと撫でるようにそれを確かめてみる……俺はこれが何か知っている? それはとても懐かしく、とても大切な何か……。


(美央……?)


 ふと頭をよぎる大切な妹の姿。共に笑い、喜び……そして泣いた掛け替えのない女性ひと

 辺りが一気に明るくなり、触れていた何かがその輪郭をあらわしてくる。そっと俺の頭を抱きしめてくれるその温もりに(あぁ、もういいんだ……大丈夫なんだ)と、安堵に包まれる。


 そっと顔を上げると微笑みかけてくれる美央の顔が見えた、やめてくれ……また泣いてしまうじゃないか……。

 自分の足でしっかりと立ち、美央を抱きしめ返す……そっといつもの様に撫でた髪はさらさらととても心地よい。

 目を細める美央の顔を見ていると……まるでそれが当然のように、俺は美央とキスを交わす。脳が痺れるような感覚とはこういうものか……そんな冷静な自分がいることに驚きつつも、ついばむようなキスを繰り返す……あぁ、もう我慢が出来ない……。



――――



 と、急に


……何だ、夢か。やけにリアルな夢だった……な……。

 どこか残念に思っている自分に呆れながらもゆっくりと目をあけてみると、そこには美央が居た。


 大丈夫、いつもの事だ……まぁ俺の上に跨り覆いかぶさってはいるが。動けないと思ったらそう言うことかよ……んー、顔が赤いな熱でもあるのか? 目もとろんと潤ませているし少し息も荒い……汗をかいたのか美央の栗色の髪が頬や首筋に少し張り付いているのがわかるし……その唇は濡れとても艶やかだ……これは典型的な風邪の症状……。

 


(んなわけないよねぇぇぇぇぇ!? はぁ? 事後かよっ! いやこれ事後の貌だよねぇぇぇ!? えっ? 夢じゃなかったの? いや、これもまだ夢とか!?)


 手を動かそうとすると、柔らかくも張りのある美央の太ももに触れていることに気が付く。


(なにしてんの!? 俺、なにしちゃってるのぉ!!)

 

……OK、OKオーケイオーケイ……まずは落ち着こうじゃないか、兄弟ブラザー



 はぁ……変な事を考えたら少し落ち着いた気がする……先ず状況を確認し対策を講じようじゃないか。

 美央の様子から、そして俺の唇に残っている感触からも夢現ゆめうつつのままキスをしたのはまず間違いが無いだろう、じゃあどうしよう。



 寝ぼけていた事を素直に謝るか? 美央に彼氏がいたとは聞いたことが無いし、そもそもいつも俺と一緒に居た……つまりファーストキスの可能性が濃厚だ。それを寝ぼけた兄に奪われた? 女の子的にはどうなんだそれ……? 却下だな。


 じゃあ何事もなかったかのようにこのまま起きるか? 美央はまだ俺に跨ったままの姿勢でほうけている……この雰囲気でいつもの様に挨拶をするのは無理があるだろう……これもダメ、と。

 


 こんな経験が一切ない俺にはもうしかなかった。


 少ない知識でかき集めた俺の答え、それは『恋人のように接する』というもの……。

 幸い、嫌がってはいないようだし……つけ込むようで心苦しい限りではあるが。

 でも、そんな答えを出した俺はどこかでそれを望んでいたのだろう、横になったままだった俺は美央が倒れないように支えつつ上体を起こすと、ようやくほうけていた美央の焦点があう。

 その目にはどこか戸惑いや不安と言った感情が透けて見える、俺の反応を恐れているんだろうか?


 安心させるようにそっと髪を撫で、腰に回した手に力を入れる。強張っていた美央の身体から力が抜けていくのを確かめ、髪から頬へ手を動かし……目をしっかりと合わせた後に、そっとキスをした。

 夢現でしたようなついばむ様なキスではなく、触れ合うだけだが長いキス……美央も俺の首に腕を回して応えてくれた。





 そっと離れた時、どちらともなく熱い息が漏れる。


「……おはよう、美央」


「……おはよう、にぃに」


 少しぎこちなかったかもしれない……それでも俺達は笑顔を交わすことが出来た……これが俺と美央のファーストキスなんだ。



 少しの間余韻に浸っていた2人だが、ようやく身体を離す。

 いつまでもこうしているわけにはいかないからな……そろそろ起きてもおかしくはない時間のようだし、もうすっかり目は冴えてしまった。

 ふと視線を下げると……パジャマのボタンをまで外した美央の身体が目に飛び込んできた。少しはだけたそれは美央の豊かな双丘と白い肌を惜しげもなく見せつけてくる……。

 俺の視線に気が付いたのか、ゆっくりと下を向いた美央はものすごい勢いで俺の肩から手を離して胸元を抑え、潤んだ目でこちらを睨んでくる。


「……見た……よね?」


 そう言いながら、そろりそろりとベッドから降りていく美央……。

 

 ベッドから降りた美央は『ととっ』とドアまで駆け寄った後に振り替えり「にぃにの……えっち……」と真っ赤な顔で俯きながらも、上目遣いに俺を見つめて呟いた後部屋から出て行った……。



 部屋に残された俺は「はぁぁぁ~」っと大きく息を吐き、ベッドにごろんと横になる……何やってんだ、俺……。


 身悶えするようにゴロンと転がると、布団の隙間に見慣れない物が目に入った……なんだ? ピンクの……布?

 手に取ってみた俺はそれが何かを、一気に理解する……同時に隣の美央の部屋から叫び声が聞こえた、きっと気が付いたのだろう……。




 俺、寝てる間になにをやらかしたんだ……眩暈がしそうだが、取りあえずは気が付かなかったふりをして、トイレにでも行って部屋を空けておいてやるとしようか……。


 

 

 

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