第20話

 校舎内の案内を終えた俺達は、渡り廊下を使い別棟へと入る。昇降口は2階には当たる為、このルートからならそのまま学食へと入れるわけだ。

 昼時などは込み合う為に、元々人が多く通ることが想定されている昇降口経由になっている、というのが掛井先輩の説明だ。


 中は広く、小洒落たフラワーボックスで適度に仕切られているし、並べられたテーブルや椅子など、全体的に清潔感のある白色で統一されているのも流石だ。

 長机が大半だが、一部には少人数用のテーブルも置かれているらしい。

 

「うわぁー、思っていたよりもずっと素敵なところだねぇ」


「ほんとね、こんなに素敵だなんて思わなかったわ……これならたまに使うのも悪くないかも」


 女性陣には概ね好評のようだ、やっぱりこういうのが好きなのは女の子ならではなんだろう。 


「学食を頼む人以外にも、同伴の何方どなたかが学食で食事を摂るのであればお弁当の持ち込みも許可されていましてよ」


「わわっ!それは嬉しいなー! ねぇ相馬君、お弁当無い時はここで一緒に食べようよー」 


 俺の弁当が無いのが前提なのかよ……でも、毎日となると母さんの負担にもなるしたまには学食も悪くないのかもしれない……小遣いの残っているうちは、だが。


「はぁ……たまにならな? 俺にだって小遣いの限度ってものがあるんだし」


「やったー! 約束だかんねー? 明莉、楽しみだねー!」


「えぇ、楽しみね……(緊張して味がわからなくなりそうだけど……)」


 皆瀬が何か言っているようだが、声が小さくなってしまったのでよく聞こえなかった……でも流石に女の子二人とランチと言うのも覚悟が居るな……一応、春翔にも念を押しておくか。


「春翔、当然お前も一緒だからな?」


「ははっ、その時はぜひご一緒させてもらうよ」

 

 慌てたりしないのは慣れて……いるんだろうな、春翔だし。


 券売機やカウンターなど見て回り一通り説明を受けた後、入口に戻った俺達に掛井先輩が声をかけてくる。


「皆様、そろそろよろしいかしら? この後は1階に降りて自習室、図書室へとご案内いたしますわ」


 4人其々が返事をした後、揃って階下へと足を踏み入れた。


 自習室は大部屋の中にまずロビーのような場所があり、そこから併設されている小部屋へと入る作りになっており、その中は大体4~5人くらいで使えるようになっているみたいだ。

 小部屋は予約が出来るが開いている時間なら自由に使っても良い、ただし一時間程度に限られているとの事だ。流石にここで夜遅くまで勉強することはダメらしい。

 もっとも、ここを使うのは課題を忘れた生徒が殆どらしいが……。


 でも、少しだけ落ち着いて勉強したい時なんかは使い勝手が良いかもしれない、テストの見直しをしたい時なんかにも良いだろう。


 そして最後に図書室へと案内された。学食よりは狭いが、それでもかなりの広さで机が並べられている。今もそれなりの数の生徒が本を読んだり課題をしたり過ごしているようだ……先輩達だろう数人が顔を上げた途端に慌てて眼を逸らしているのが目に入った。

 あぁ、掛井先輩は普段こんな対応をされているのか……と思うと何だか落ち着かなくなる、ムカムカとするとでもいうべきか?


「ここが図書室ですわ。出来る限り声を抑えて、お静かに願いますわね」


 掛井先輩はそんな周りの反応を気にすることもなく、淡々と説明を始める。雑誌や文庫なども置いているらしく、そう言ったのは1階にあるみたいだ。

 ある程度専門的な物になってくると地下で保管されているとか。特に重要な書物などは地下の奥、保管庫にあり司書が同伴しないと入ることも出来ないらしい。


「……と、ここには様々な本がございますの。探したいものがあれば、先ずは司書や図書委員に相談するのがよろしいかと存じます。わたくしも図書委員としてこちらにいることが多いですわ」


「あ、掛井センパイも図書委員なんですねー。うちのクラスは相馬君が図書委員なんですよ」


「あら、相馬さんも本がお好きなのかしら? もしそうならとても嬉しいですわ」


 俺の目を見てふんわりと笑う掛井先輩は、どうしてこの人が『氷姫こおりひめ』なんて呼ばれたんだろう? と疑問に思わざるを得ない程優しいものだった。

 

「えぇ、それなりに好きだと自負していたのですが……これだけの蔵書となると少し自信がなくなりますね、覚えきれるかな」


「最初から把握できる人なんで居ませんわ、そこはわたくしにお任せ下さいな。少しづつ覚えていけば良いのですから」


「お手柔らかに願いますね? それじゃあこれで一応は回りきった訳ですが……そろそろ戻らないとまずいかな?」


 時計を見ると、もうすぐ終鈴の時間だ……意外とあっという間だったな。


「もうそんな時間なのですね、皆様本日はどうもありがとうございます。とても……とても楽しい一時でしたわ」


 名残惜しむように少し悲し気な笑みを湛えた掛井先輩だが、それでもなお気丈に佇まいを取り繕う。


「掛井先輩、こちらこそありがとうございました。図書室を利用するときはまたお願いしますね」

 

「掛井センパイ、ありがとうございましたー、わかりやすくて楽しかったです!」


 皆瀬と渡來が其々お礼を告げた後、俺と春翔もお礼を伝えここで解散となった。掛井先輩は一度教室に戻って、また図書室へと来るそうだ……図書委員って結構大変そうだな……。




――――




 教室に戻ったところで、既に中には戸渡先生と数人のクラスメートしか残っていなかった。どうやら最初に出た俺達には伝え忘れたらしく、案内が終わり次第順次帰宅と言う事だったらしい……そう言うことならもう少し掛井先輩の案内を聞いていても良かったのか……まぁ掛井先輩は委員会もあったみたいだし、あまり引き留めるわけにもいかなかっただろうが。


(ん? 掛井先輩は案内が終わったら帰宅できるって知らなかった……のか?)


 ふと、そんな事が頭をよぎるがその答えを知っているのは本人だけだろう、楽しかったと言っていたしそれでいいか。


 ともあれ、もう帰って良いらしいのですぐに美央へ連絡を入れてみる。中学も今日は始業式だけのはずだし、もしかしたらもう終わって待っているかも知れないな。


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