第20話 商人

「うぎゃっ!」



 背後から何かを刺された。背中に刺さる太い尖ったものが何かは分からない。ただ分かる事は痛い。ひたすらに痛いという事。は、早く抜いてくれ!



「ごめんなさい。本当はもっと痛くないように出来るらしいんですが、私これ使うの初めてで……」



 女性の声、体が痺れているせいで振り返れないがかなり可愛らしい声だ。美少女に間違いない。



「薬は大体3分くらいで効果が出るみたいですから、それまで僕が一緒に見張っててあげます」



 ……。僕? そっか! 今時の若い子って一人称僕にするのが流行ったりしてるんだ。



「あっ! ごめんなさい。ずっと後ろから……」



 その人は俺の背後から正面に回り込んだ。端正な顔立ち。いかにも美少女といった感じだ。青い瞳と銀色の髪。日本人ではない。それよりも気掛かりなのは、ボーイッシュな服装である。スポーツ用のロングスパッツの上から黒い短パンを履き、上半身も長袖のピタッとしたスポーツ用のインナーの上から白いTシャツを着ている。靴は藍色の登山用みたいなごつごつしたもの。似合わなくなくはないが何だか勿体ない。



「その……。あんまりじろじろ見られるのは……」



 俺の視線に気づいた少女は、恥ずかしそうに顔を赤らめる。うん。かわいい。



「そ、そうだ、自己紹介しますね。僕はガゼル・シガニ―。職業は商人マーチャントです」



 いかにも戦いません。といった風貌な事に納得がいった。腕も足も細い。服も着慣れていない。幸さんが言っていたように、ただ素材を求めにダンジョンにやってきた類の人だろう。



「今、僕の事失礼な目で見ませんでしたか? 初めてあった人にそういう視線は非常に失礼だと思いますよ」



 心を覗かれたかのようなガゼルさんの言葉に俺は額から冷や汗が噴き出す。まさか、こんな明らかに年下に注意されるなんて……。



「それにあなたが思うより僕は強いですよ。体だって鍛えてます!」



 ガゼルさんは、服を胸のあたりまで捲り上げる。俺はすかさずそれを阻止しようとする。



「お、おい! 女の子がそんなことしちゃダメ……だ?」

「あっ! やっと動けるようになったんですね!」



 動けるようにはなった。だが、また言葉が出なくなる。ガゼルさんの服の下には、思ったよりも厚い胸板だけ。乳房のようなものが見受けられない。



「えっと、もしかしてガゼルさんって……」

「はい! 男です! どうですか! 毎日腕立てと腹筋を欠かさず行ってきた僕の体は!」

「……大変逞しいです」

「へへ! ありがとうございます! ってなんでそんな顔するんですか?」



 詐欺。若い女の子に助けられてキャッキャうふふの展開まっしぐらかと思ったのに……。何で、何でこんなかわいい子が野郎じゃないといけないんだ!



「さっきみたいにお化けキノコが甘い香りで誘惑して、そこを状態異常で襲われて死亡するケースが後を絶たないのでくれぐれも注意してください」

「はい。ありがとうございました。あっ! こちらも自己紹介をさせて頂きます。佐々木重一。銃器職人ガンスミスです。お見知りおきを」



 俺は、社会人として恥ずかしくない程度に自己紹介をする。この子が男の子だった事は一旦保留だ。切り替え、切り替えが重要だ。



銃器職人ガンスミス……聞いたことのない職業ですね。それにガンって何ですか?」

「ガン、じゅうを知らないんですか?」



 もしかしてとは思ったが、この子、俺と同じ世界の人間じゃない。幸さん同様全く違う世界の人間。しかも、銃が存在していないらしい。



「知らないです。鍛冶屋は知ってるんですけど、剣とか鎧を作るのとは違うんですよね?」

「ええ。あっ! ちょうどいい。ちょっと見ててください」



 俺は遠くの木の間に隠れているお化けキノコの存在に気付いた。このゴム銃をお披露目するには格好の獲物だ。



「それは?」

「これが銃っていうものになります。まあ、と言っても偽物ですが……。ただ威力には自信があります」



 狙いを定め、引き金を引く。青い弾は、閃光になり、音になり、いとも簡単にお化けキノコの頭を爆散させた。



「……」

「これが銃です」

「……」



 言葉が出ないのか、口を大きく縦に広げながら驚くガゼルさん。その仕草は可愛い。だが、男だ。まさかこのセリフを現実で使うとは……。いや、実際には現実世界ではないんだが……。



「ちょっとそれ借りてもいいですか?」

「はい」



 俺は愛中ワリサー3をガゼルさんに渡した。しどろもどろな手つきがすごく怖い。まさか、俺を狙わないだろうな。



「あれ? あれ?」



 だがガゼルさんが引き金を引いても弾が発射されない。弾不足ではないはずだし、故障でもないはずだ。



「はぁ、やっぱり……」

「やっぱりって何でですか?」

「武器はある程度のスキルレベルがないとそのままの能力のまま人に譲渡できないんです。とんでもない商売チャンスがやってきたと思たんですが……」



 スキルレベルによってそんな制約まで解除されるのか。まぁもとより銃を販売する気はなかったからいいんだけど……。俺はただ自分の世界に戻れれば……。



「でも、勿体ないなぁそんなものが販売できるようになれば間違いなく億万長者なのに……」

「この世界で億万長者になっても……。俺はただ帰れればそれでいいですよ」

「佐々木さんはまだここに来て間もないから……」

「何か言いましたか?」

「いいえ。なにも」



 ガゼルさんの声が急に小さくなるものだからつい聞き逃してしまった。なにもってことはないだろ。



「それでは俺は下に向かうので。ありがとうございました」

「いえいえ……」

「どうしました?」



 ガゼルさんの何か煮え切らないといった表情がすごく気になる。



「やっぱり、銃、売りませんか? スキルレベルの強化、私も手伝います」

「嫌です。それに銃の販売なんて、この法がない世界では危険です。例えばたまたま売った相手がその辺で銃で人を殺しだしたらどうするんですか? 誰が止めるんですか?」

「それは、高レベルのギルドとかに協力を要請して……」

「その責任は誰がとる事になるんでしょうか? 俺の世界では使った本人になりますが、まさか売った俺が加害者になったりしませんよね?」

「鍛冶屋の打った剣で起きた事件は大丈夫でした!」

「だから銃器職人も大丈夫。本当にそう言い切れるんですか?」

「うっ! でも、でも……」

「とにかく俺は銃をこの世界では売りません。それでは」



 俺は軽くあしらってその場を離れた。正直そんなのめんどくさいからやりたくない。ただそれだけなのだ。

 


「待ってください!」



 ガゼルは直ぐに俺を追ってきた。はぁ、めんどい。



「売らない」

「売りましょう」

「売らない」

「売りましょうよ」

「嫌」



 不毛な会話をしながらもガゼルは、そのままに付いてくる。もう、どうしたらいいんだ。



「じゃあ、次の大収穫祭の時に僕が佐々木さんよりポイントが多かったら販売許可を下さい。それまで、銃の事絶対他の人には言わないでくださいね」



 大収穫祭……。俺は頭を悩ませる。これでガゼルさんが負ければ潔く引いてくれる。面倒事が無くなる。ただ、もし、ガゼルさんが勝ってしまった場合……。

 ガゼルの体を下から舐めるように見つめた。この体で俺よりポイント稼げるとは流石に思えない。それに、ガゼルさんは商人。戦闘向けの職業ではない……。



「なに変な目で見てるんですか?」

「……はぁ、しょうがないですね。じゃあ次の祭りで決着を着けましょう」

「ホントに!?」

「はい……」



 キラキラとした顔で俺を見つめるガゼルさん。くっ。本当に顔は可愛いな。

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