ドリームボディの交わり

 平等院との組手と夜の防衛戦を乗り切ったユウキは、塔の裏の風呂で身を清めると、自室でアトーレを待った。


 彼女は深夜に寝間着姿でドアをノックしてきた。


 ユウキはアトーレを部屋に招き入れると、性エネルギーを暴発させないよう細心の注意を払いながら彼女に暗黒のチャージを施した。


 性エネルギーが暴発される地点を10としたとき、8まで性的興奮が高まると塔が鳴動を始めることがわかった。


 ユウキはすぐに適切なスキルを発動し、興奮のレベルを下げて目の前の女体に向かった。


 だが自らの興奮の度合いを下げすぎると、アトーレへの暗黒のチャージ効率が悪くなった。


 ユウキは鎮静系のスキルを切って、自らの興奮を高めたが、そうするとまた塔が鳴動を始めた。


 安全マージンをキープしつつ、アトーレに強い性的快感を与えられる己の興奮のレベルは、7から8の間という極めて狭い帯域に存在しているようだった。


 ユウキはスキル『集中』と『共感』をかつてない深度で発動し、自己とアトーレの性的興奮の度合いを精密に調整しながらベッドで女体に触れていった。


 やがて大波のような快美感がアトーレを飲み込もうとするその一歩手前でユウキは一切の接触を断った。


「今日はここまでだ。自分の部屋に帰って寝ろ」


「はい……ありがとうございました……」


 アトーレは血が出そうなほど唇を噛み、拳を握りしめながらもベッドを離れると、濃密な暗黒を背負いながらユウキの部屋を出ていった。


 *


 その後さらに深夜に、暗黒戦士の双子たちやゾンゲイルが自室を訪れた。


 それぞれに適切に接することで皆は何かしらの精神的満足感を得てそれぞれの部屋に戻っていった。


 具体的には、双子たちに対しては、それぞれが強く恥辱を感じる行為を命令し、さらにそれを互いに鑑賞させた。これにより非接触的に暗黒をチャージすることに成功した。


 むろんその後の精神的なケアも忘れない。


「わ、我らはもう明日から恥ずかしくて生きていけぬ! お互いの顔を見ることもままならぬ!」


「気にすんなよ。オレの世界じゃみんなやってることだぜ」


「なるほど……ユウキ殿がそう申されるならそうなのかもしれぬ」


 双子が去ったあとにやってきたゾンゲイルに対しては、自室を徹底的に掃除するよう命じた。


「もっと隅々まで細かく掃除しろよ。ゾンゲイル、お前はオレの道具なんだからな」


「うん! 私はユウキのモノ! もっと好きに使ってほしい」


「覚悟しろよ。今夜は寝かせないからな」


 深夜、ユウキは自室から塔の隅々まで、ゾンゲイルのボディ数体を引き連れて歩き回り、細かい掃除と雑用を命じた。


 明らかに性的なアクティビティの方がユウキの体力の消耗は少ない。だがゾンゲイル相手にそのようなことをやってしまうと、今夜こそ性エネルギーが暴発的に消耗され、塔と世界の破滅は免れ得ないだろう。


 また、ゾンゲイルの欲望は『命令される』『道具扱いされる』ことであれば、少なくとも今はまだ、それなりに満たされるようであった。


 ゾンゲイルは強く命令されるごとにうっとりとした表情を浮かべた。


 やがて心なしか彼女の肌つやまでいつもより美しくなってきたころ、塔の小さな窓の外に朝日が輝き始めたころに、ユウキはゾンゲイルを魔力充電の台座に導いて眠らせると、自らも自室に戻ってついに横になることができた。


 しかし夢の中でも休むことは許されなかった。アトーレの暗黒鎧に宿る怨霊たちの相手をせねばならなかったからである。


 *


 眠りに落ちた瞬間、ユウキは夢の入り口で自身が十二人の怨霊に取り囲まれていることに気づいた。


「ユウキよ……我らの切なる望みを聞き入れたまえ」


 怨霊たちはやけに切迫した表情を浮かべてユウキに迫ってきた。


「ちょ、ちょっと待て」


 ユウキは急ぎ、夢の中に仮想の公園とベンチを作り上げると、まずは寝不足必至の明日に備え、自らのコンディションを調整することにした。


「闇の塔よ……第二クリスタルチェンバーに座す『生命のクリスタル』よ。オレの呼びかけに応えてくれ」


 すると夢の中からでも確かに生命のクリスタルにアクセスできたことが感じられた。


 ユウキはさらに命令を続けた。


「塔に蓄えし魔力を生命力と気力に変換し、このオレにチャージせよ。朝に気持ちよく起きられるようにな」


 瞬間、どくどくと大量の生命エネルギーがベッドで眠る肉体に送り込まれてきたのを夢の中のユウキは感知した。


「サンキュー……いや、ちょっと多すぎるぞ。魔力不足なんだから節約しろ」


 そう文句を言うと、塔からの生命力と気力の流入量は適度なレベルに絞られた。


「よし。生命力と気力のチャージはそのくらいでいいぞ。あとは可能なら、寝てるオレの全身を調整してくれ」


 そう塔に命令すると、一階の物質のクリスタルが作動し、その物質操作力によってユウキの肉体が遠隔的にマッサージされるのが感じられた。


 そのまま夢も見ない深い眠りに落ちかけたところで、周りを取り囲む十二体の怨霊に再度せがまれる。


「ユウキ。早く我らの相手をするのだ」


「おっ。そうだったな。今日はどうする? またこの夢の中の街でデートでもするか?」


「そっ、そうであるな……ゆこう」


 十二体の怨霊はすでにユウキの心の中の街の勝手を知っているようだった。


 ユウキをスタート地点の公園から連れ出し、バスに乗って商業施設の立ち並ぶ駅前に向かい、そこでカラオケやボーリングを楽しむ。


 やがてユウキの意識レベルは低下し、夢全体が崩壊してノンレム睡眠が始まりかけた。


(まあいいか……怨霊たちも十分に楽しんだだろ。このまま寝てしまえ)


 だがそのときだった。


「ユウキ殿……今日は我ら、新たなお願いがあるのだが……」


「なんだ、言ってみろ」


「我ら怨霊は、こうして夢の中でデートの練習を重ね、少しは自信がついた。いずれ『闇の伴侶』が我らの前に現れ、我らと永遠の契を結んでくれる際も、我らはその喜びを受け止めることができるであろう」


「おっ。結構なことじゃないか」


「何もかもユウキ殿のおかげである。すでに我ら、デートの仕方はマスターしたと自負している。呪うことと殺すことしか知らなかった我らが、こんな喜びを知ろうとは……」


「確かにお前たち、最近、人間らしく可愛くなってきたよな。デートしててオレも楽しいよ」


 その言葉に十二体の怨霊たちは一斉に顔を赤らめた。


「だが……! 我らには新たな問題が持ち上がっているのである」


「なんだ血相変えて。問題だと? 言ってみろ」


「デートのあと……どうしたらいいのであるか? 男女には、デートのあとに、することがあるのではないか?」


「そ、そりゃああれだ。食事だよ」


「食事はもう何度もしておるではないか?」


「カラオケ……ボーリング……」


「そういった遊びはすでに数え切れないほどしておるではないか」


「だ、だったらもうお前らにオレが教えることは何も……」


『無い』と言おうとしたとき、怨霊の一体が前に進み出てユウキの言葉を遮った。


「ユウキ……いや、我らの師に教えてほしいのだ。デートのあとに何をすればいいのかを。お願いである」


 十二体の怨霊は熱のこもった瞳をユウキに向けた。これはもう明らかにセクシャルなアクティビティを求めていると思われた。


「い、いいのか? そんなことオレが教えてしまって」


「是非もない。ユウキ師よ……今こそ我らにご教示願いたい。男女の睦み合いの奥義を……」


 ユウキはしばし迷ってからうなずくと、怨霊を引き連れて夢の中の街を移動した。


 そして一時的に休憩に利用できるホテルのごとき建物を見つけると、そこにぞろぞろと怨霊を引き連れて入店した。


「おお……ここが男女が睦み合うための施設であるな」


「とりあえずくつろいでくれ」


 そうは言ったものの現実のユウキにそのような宿泊施設を利用した経験はない。そのためにホテルの室内の解像度は荒い。


 だが怨霊たちはこの一室を気に入ったようである。中央にどーんと置かれた巨大なベッドや壁際のソファに思い思いの姿勢でくつろいでいる。


 ユウキもとりあえず自分用の椅子を思念によって創造すると、そこに腰を下ろし、しばし夢を安定させるために深呼吸した。


(さてと……どうしたものか……)


 十二体の怨霊はベッド上や浴室を探り周り、ホテルの備品を手に取っては、はしゃぎ声を上げている。


「師よ、これは何に使うものであるか?」


「それはアメニティだな。欲しい物があったら持って帰ってもいいぞ」


「師よ、これは?」


「それはリモコンだな。テレビを付けられるぞ」


 などなど師として怨霊からのコールアンドレスポンスに答えているうちに、だんだん女子高生を引率する教師のような気分になってきた。


「…………」


 肉体の各部が損壊している彼女らだが、よくよく見てみると、実際にそのような年頃の者が多いようである。


(言ってみればラブホテルで十二人の女子高生に囲まれてるって状況か……)


 その現状認識を得た瞬間、塔からのアラートがユウキの心のディスプレイに表示された。それは性的興奮が急激に高まりつつあることへの警告である。


(ヤバいな……夢の中でも性エネルギーを放出してしまうことはありえる。いや、気が緩みやすい夢の中だからこそ、むしろその危険性は高まっている)


 ユウキはさりげなく怨霊たちから距離を取りつつ言った。


「お前ら、とりあえずいつものように暗黒の蛇を出せ。それを通じて適量、元気な生者のオレのエネルギーを送ってやる」


 だが十二体の怨霊は一斉にユウキを見ると首を振った。 


「師よ……我らが望んでいるのはそのようなものではない。確かに師のエネルギーは天の甘露より得難く甘いものである。だが我らは男女のリアルな睦み合いこそを望んでいるのだ」


「仕方ないな。わかったよ」


 ユウキはベッドに戻るとそこであぐらをかいてうなずいた。十二体の怨霊が顔を赤らめつつも近づいてきた。


 ユウキはスキルを発動して自らのコンディションを整えつつ、素早くエネルギー収支を計算した。


 ドリームボディを介しての睦み合いは、暗黒の蛇による直接吸収よりもむしろエネルギーの消耗を抑えられるかもしれない

 

 だが夢の中ではただでさえ互いに理性のタガが外れがちである。その上、十二人の女にもみくちゃにされたならば、オレは何もかも忘れて肉欲に溺れることは必至だ。


 そういうわけでユウキはわずかでも正気度を保つため、近寄ってくる怨霊を手で静止した。


「待て」


「待てぬ」


「お前……名前はなんて言うんだ?」


 ユウキは怨霊集団の中でこれまでも特に代表としてコミュニケーションを取ることの多かった一体を指差した。


「我の名前……ふははは、我は一介の穢れし暗黒の怨霊。名前などとうの昔に捨ててしまったわ」


「じゃあ思い出せよ。思い出せたら近寄ってきていいぞ」


「シェアラ……我の名はシェアラである」


「よし、シェアラ……まずはお前に男女の睦み合いの仕方を教えてやろう。他の奴らは離れて見てるんだ」


 ユウキは意外にも大人しく命令に従った十一体の怨霊の視線を感じながら、ベッドの真ん中でシェアラの各部が欠損した霊体を愛撫していった。


 愛撫と言っても、スキル『愛情』や『癒やし』などの光属性のエネルギーを込めながら触れると、暗黒で構成された霊体が溶けそうな気配がある。


 特にシェアラの奥で脈打っている暗黒の塊は、強く光を欲しつつも光を注ぎ込まれれば壊れてしまいそうな脆さを感じる。


 ユウキは適度に自らの光を抑えながらシェアラの霊体と交わっていった。その過程においてユウキは多くの暗黒をシェアラから受け取った。


 その淀んだ暗黒は、ユウキの内なる光と交わらず、どちらかがどちらかを消滅させる運命のものに思えた。


 その内なる戦いをユウキはスキル『深呼吸』によって抑えると、『美』と『優雅さ』によって自らの内部に調和をもたらした。


 それによって生みだされた得も言われぬ快を、ユウキは自らのエネルギーと混ぜ合わせ、それを適量、シェアラの奥で震える暗黒の核へと放出した。


 永遠に続くかと思われる快美感と、腕の中で震え、痙攣を続けるシェアラの霊体を全身で感じながら、ユウキは深い呼吸によって、寄せては返す夜の海の波の如き安定したエネルギーの満ち引きを夢の中に生み出していった。

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