第59話 集合

「おらあ! ガードども、入り口を開放して市民を客席に入れろ! 俺様に逆らえば姫騎士の命はないものと思え!」


 ゴルゲゴラの手配により、舞台の門が開いた。


 まず観客席に飛び込んできたのはゾンゲイルだった。


 ゾンゲイルはダッシュでネクロマンサーに肉薄すると、ゴライオンの鍛冶屋で見たことのある両手剣を振りかぶった。


「殺す!」


「まっ、待て!」


 ざくっ! ざくざくっ!


 小気味よい音と共にネクロマンサーの四肢は切断された。


 さらにゾンゲイルは鬼気迫る形相でネクロマンサーの胴体を踏み越えたかと思うと、観客席から祭壇に向かって跳躍した。


 祭壇に並ぶ百人のオークたちは、空中で両手剣を振りかぶるゾンゲイルを唖然とした顔で見つめた。


 ユウキは安堵のため息をつきかけた。


 思ったより早くゾンゲイルに助けてもらえそうである。


 だが……。


「うっ!」


 ゾンゲイルは空中で不可視の壁にぶつかり、そのままズルズルと落下した。


「おい、ゾンゲイル! 大丈夫か?」


「平気! このくらい」


 観客席と祭壇の隙間に落ちたゾンゲイルは鼻を赤く腫らし、目に涙を浮かべながらも立ち上がって、再度、両手剣を振り上げた。


「バリア、壊す! ユウキ、下がって!」


「お、おう!」


 ユウキは足首の鎖を鳴らしながらベッドから降りると、その陰にムコア、ミズロフと共に隠れた。


 瞬間、ゾンゲイルが両手剣を不可視のバリアに振り下ろした。


 雷鳴のごとき轟音が響いた。


「やったか? いや……」


 ゾンゲイルの両手剣は粉々に砕けていた。


「嘘……」ゾンゲイルは目を丸くし、手の中に残る剣の柄を見つめた。


 そのとき黒死館のメンバーらしき者らが数十人、一斉に客席に姿を表した。


 観客席に潜んで待機していたらしいその黒装束集団は、いそいそとゴルゲゴラの四肢を拾い集めて胴体に繋げた。


 ゴルゲゴラは再接続された手足の調子を確かめながら叫んだ。


「クハハハハハハ! 祭壇の四隅を見ろ! そこにあるのはソーラルの誇る『防壁のクリスタル』だ!」


「それがなに? ……ふんっ!」


 ゾンゲイルは拳を振りかぶると不可視のバリアを殴った。


 どん、どん……!


 ゾンゲイルに殴られるたび祭壇の四隅に設置されている『防壁のクリスタル』が発光した。


「バカめ! 軍の攻撃ですら防ぐ都市防衛用アーティファクトだぜ。お前の攻撃エネルギーなど全てクリスタルが吸収するに決まってるぜ!」


「ほんとだな。完全に無効化されてる。もういい、やめろ、ゾンゲイル!」


「やめない! ユウキを取り戻す!」


 どん、どん、どん……! さらにゾンゲイルがバリアを殴る。


 そのときアトーレとラチネッタが観客席に駆け込んできて、黒死館のメンバーと戦闘を始めた。


 黒装束集団の手足が千切れ飛んでいく。


 さらに息を切らせたシオンが足をよろめかせながら客席に姿を表した。


「はあ、はあ……下がるんだ、ゾンゲイル! 僕が今、火の球を撃つよ!」


 ゾンゲイルは瞬時に観客席に向かってジャンプすると、黒死館のメンバーを殴り倒し始めた。


 入れ替わりにシオンが不可視のバリアに向かうと、呪文の詠唱を始めた。


「ちょ、ちょっと待てよ! オレが焼けるだろ!」


「大丈夫、そのままベッドの陰に隠れてて! 角度を計算して打つから……行けっ、火の玉よ!」


 瞬間、最大レベルの火の玉がシオンの掌から撃ち出され、それは祭壇に向かって勢いよく飛来し、不可視のバリアに衝突した。


 どかーん!


 ソーラル中央広場全域を揺るがす轟音と共に爆炎が広がる。


 だが……。


「クハハハハハ! 見ろ、魔術師よ。爆炎のエネルギーはすべて『防壁のクリスタル』に吸収されたぞ!」


「だ……だったらまずはお前たちをやっつける!」


 シオンはゴルゲゴラに向かって呪文を詠唱し、さらに闇の塔のメンバーが連夜の防衛戦で鍛え上げられたフォーメーションを展開した。


 だがここでゴルゲゴラは祭壇のオークに向かってうなずいてみせた。


 するとオークの一体がユウキに近寄り、その首に手をかけた。


「ふひひひひひひ。姫騎士ちゃんは細い首をしてるねえ。お肌がすべすべだねえ」


 全身に鳥肌を立てつつユウキはシオンに叫んだ。


「おい、やめろ! 殺される!」


 シオンは呪文の詠唱を止めるとゴルゲゴラを睨みつけた。


「ひ、卑怯だよ……人質を取るなんて……」


「クハハハハハハハ! さあ、お友達も武器をしまってもらおうか。さしずめ冒険者ギルドの精鋭なんだろうが……これから始まる神聖な儀式に暴力は無用だぜ」


 闇の塔のメンバーはユウキを見た。ユウキがうなずくと、ラチネッタはミスリルの短剣を鞘にしまい、アトーレは暗黒の蛇を体内に吸収し、ゾンゲイルは拳を下ろした。


 一方、ゴルゲゴラとその仲間の黒装束集団は、その多くがこの一瞬のバトルにより手足を失ったり、胴体に穴を開けられたりしていた。


 だがその致命的な怪我は、彼らが体内に飼う邪悪な虫の力によって見る見る間に修復されていった。


「クハハハハハハ……日に日に強まりつつある闇の女神の加護によって俺たちの回復力はマシマシだぜ!」


「まじかよ。もう人間を超えてるな」


「クハハハハ、あんたら、頑張って戦ったのに残念だったなあ! これからの時代はここがものをいうんだよ!」


 ゴルゲゴラは自らのこめかみを指差しながら、目を剥き舌を伸ばして闇の塔のメンバーを挑発した。


「ふっ……ふっ……こ、こ、殺す!」


 ゾンゲイルが獣のごとき荒い呼吸を吐きながらゴルゲゴラに詰め寄った。


 気圧されたのかゴルゲゴラは目を逸らして後ずさった。


 *


 客席には続々と人が集まってきた。


 まずは市の平和を守るガードと、冒険者ギルドから派遣された高位の冒険者たちが戦闘態勢で入ってきた。


 とはいえ姫騎士が人質に取られている現状、彼らは何も為せず、ゴルゲゴラに命じられるまま適当な席に着席させられた。


 ついで市の責任者や関係者が詰めかけてきた。


 大穴の現場監督のユズティやバックスの姿も見える。市の役人である彼女らは、どうやら今回の儀式にも関わっているようだ。


「クハハハハハハ! ソーラル市政府の皆様方、ご来場いただき誠に嬉しいぜ! 俺様と一緒に儀式を盛り上げていこうぜ!」


 ユズティは声が小さいながらも健気に怒りを表している。


「テロリストと話す口はありません! 市は決してテロリストには屈しません!」


「結構、結構! ただあんたたちはただ見ているだけでいいぜ! さあ、ここまで舞台を準備してくれたあんたたちに敬意を表して、特別にVIP席を提供してやるぜ!」


 ゴルゲゴラは手を広げ、最前席へと市関係者を導いた。


「誰が座るものですか!」


「あんたたち、こんなことしてただではすまないぞ!」


 ユズティとバックスが抗議の声を上げるがゴルゲゴラは取り合わない。


「早くそこに座らなければ姫騎士の首をへし折るぜ! おい、ノームの技術者、お前もそこに座れ」


 市関係者とルーファは唇を噛みながらVIP席に腰を下ろした。


 さらにゴルゲゴラは闇の塔のメンバーに声をかけた。


「クハハハハハ! あんたたちもその腕に免じてVIP席に座らせてやろう。脳筋なお姉ちゃん……自慢の戦闘力が社会の中でのリアルな局面ではなんの役にも立たないことを噛み締めるんだな!」


「ふっ……ふっ……」


「…………」


 ゴルゲゴラは獣のごときゾンゲイルの威圧に目を逸らすと、そそくさとその場を離れ、黒装束集団とともに客の誘導を始めた。


 やがてチラホラと一般客が入り始めた。


 外の中央広場では前夜祭として様々な催しが行われていたところである。


 もう完全に日が暮れた中、大食い競争、骨董市、市民ライブなどが、魔法の灯りの下で開かれている。


 その前夜祭スペースの周りには大量の屋台が出ており、アーケロン各地のうまいものを提供すると共に、酒や魔コーヒーやその他、法に触れない範囲の抗精神作用を持つ嗜好品を売っている。


 そこに集う人の波が今、儀式の舞台へと流れ込みつつあった。


 屋台で買った酒、食べ物を手にした一般市民や観光客たちが、怖いもの見たさでおずおずと観客席を覗き込む。彼らをゴルゲゴラと黒装束集団が客席に誘導する。


「さあさあ、入場料無料だ! 好きな席に座っていいぜ」


 姫騎士を人質に取られているため、ガードは市民を追い返すことができない。


 やがて市民の流れは勢いを増し、間も無く千もの客席がすべて埋まり、立見も出始めた。


「よし、もう十分だぜ! これ以上の来客は悪戯なカオスを生み出す。その前に門を閉じろ!」


 ゴルゲゴラの命令に従い、黒装束の者が門を閉じた。


 そしてゴルゲゴラはざわめく客席に、魔法で拡声した声で説明を始めた。


「クハハハハハハ! みんな、ご来場ありがとう! さあ、もうすぐ真の『姫騎士と百人のオーク』の儀式が始まるぜ!」


 すぐにブーイングが上がる。


「テロリストは引っ込めー!」


「ソーラル市民を舐めんなよ!」


 だが抗議の声を発した市民の喉元に黒装束集団が短剣を突きつける。


 さらに、黒死館の手の者が前もって観客席の各所に運び込んでいたらしい石塊の山から、何体ものゴーレムが生成された。


 客席は静かになった。


「クハハハハ! 無駄な犠牲は出したくないぜ! 儀式の純粋性が失われるからな! だが秩序は守らないといけないぜ……今度、騒音を立てた猿は罰として殺す」


 そのゴルゲゴラの言葉とともにゴーレムが近くの市民の頭を握りしめた。冒険者が剣の柄に手をかけて立ち上がった。


「おっと動くなよ、冒険者ども……騒がなければ殺しはしないぜ」


 冒険者たちは剣から手を離した。


「市民どもも黙って俺の話を聞きやがれ。もし騒いでこの儀式を邪魔するなら、殺して肉塊にしたあとで死後も永遠に黒死館の肉奴隷として使役してやる。一族郎党も同じ運命を辿ると思え……」


 客席に静寂が広がった。


 完全に酔っ払っているらしい赤ら顔の男が立ち上がってなおも喚こうとしたが、隣席の市民によって口を塞がれ着席させられた。


「よし……いいぞ。さすが市民意識の高さに定評のあるソーラル市民たちだぜ。それではそろそろ始めようか。これから姫騎士に、オークの催淫薬を飲んでもらうぜ」


 ユウキはサイドテーブルを見た。


 哺乳類の頭骨から作られた杯に並々と液体が満たされている。


「ふひひひひひ……姫騎士ちゃん、おじさんたちと一緒に儀式を頑張ろうね」


 オークの百対の目がユウキの全身を舐め回した。


 ユウキは全身に鳥肌を立てつつゴルゲゴラに聞いた。


「お、おい! この『オークの催淫薬』……ま、まさか……」


「本物だぜ。これを、今からお前が飲むんだ。この衆人環境の中でな!」


「ま、まじかよ……」


 客席からの千人の視線を感じながらユウキは絶句した。

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