第52話 超絶VIPルーム

 ソーラル市政府の近くにソーラル迎賓館があった。


 そこの超絶VIPルームのベッドにユウキは倒れ込んだ。


「ふあー……」


 姫騎士ココネルに人格テンプレート『法皇』をトランスミッションされたせいで異様に眠たい。


 このまま目を閉じれば五秒で夢の世界に行けそうだ。


 実際、喫茶ファウンテンではトイレ内で一瞬、寝落ちしてしまった。


 だがエクシーラに叩き起こされた。


『早く出てきなさい! 陛下と私はもう星歌亭に行くところよ』


『うう……オレはこれからどうすればいいんだ?』


『迎えの者を呼んであるわ。陛下の警備をしている双子の暗黒戦士、ムコアとミズロフよ』


 間も無く二人の若い暗黒戦士が喫茶ファウンテンに駆けつけてきた。


 アトーレより位が低いのか、素肌が見えるシンプルな暗黒鎧を着ている。暗黒剣も軽そうだ。


 だが兜の奥から向けられる視線は鋭い。


『貴殿のことはマスター・アトーレより聞いている。ひとまずは信頼しよう。エクシーラ殿にはハイドラの至宝、姫騎士陛下をよろしくお願いする』


『ええ。冒険者ギルドの沽券にかけて全力で陛下をお守りします』


 こうしてエクシーラは、マスクとヘルメットで変装した姫騎士ココネルを伴い星歌亭に向かったのであった。


 一方のユウキは暗黒戦士の手引きでソーラル迎賓館に裏口から連れ込まれたのであった。


 そして今、フカフカのベッドに倒れ込むユウキを暗黒戦士らが見下ろしている。


「我が名はムコア。ミズロフの姉である」


「我が名はミズロフ。ムコアの妹である」


「おう」


 通常であれば強い威圧感を覚えるはずの暗黒戦士話法であるが、アトーレで慣れているためむしろ耳に心地よい。


 ユウキは眠気を堪えて半身を起こすとスキル『挨拶』を発動した。


「オレはユウキだ。今日一日、よろしくな」 


「姫騎士陛下の影武者としての役目、期待しておるぞ」


「なるほど影武者ね、任せとけ。で……とりあえず何したらいんだ?」


「今は朝のミソギの時間である。本来であれば我らもこの部屋には踏み込めぬところ。しばし好きに過ごされよ」


 暗黒戦士二人は超絶VIPルームから退室した。


 再度フカフカのベッドに倒れ込んだユウキは五秒で眠りに落ちた。


 姫騎士にトランスミッションされた人格テンプレート『法皇』は眠りの中でユウキの全体性に統合されていった。


 *


「ふあー、よく寝た。さて、と……」


 しばらくして目覚めたユウキは背伸びをするとベッドから降りてVIPルームを調べた。


 ホテルの高級スイートを思わせる華美な一室である。


「これは闇の塔に持って帰れないか……」ユウキは肌触りの良いシーツを摘みながら呟いた。


 一度に五人ぐらいが寝られそうなベッドのには現世でも中々見たことのない艶やかな絹が使われている。


 調べたところその他のアメニティも最高級のものが使われていた。


 だがそうは言ってもここは異世界、しょせん科学レベルの低い未開の地、現世の都会で育ったユウキにとっては、VIPルームもそんなに大した驚きは与えない。


「いや……なかなか見るべきところもあるじゃないか」


 ソーラルは『大浄化』以後、急速に強まりつつある光の魔力を積極的に活用している。


 それは高度な光魔術テクノロジーとして結実し、市全体のインフラと市民の暮らしやすい生活を支えている。


 壁の模様をさっと触るだけで照明のオンオフが可能であったり、室温は常に過ごしやすい温度に設定されていたりする。


 それでいて照明器具もエアコンも見当たらないあたり、現世よりも洗練されていると言えなくもない。


 また、かつてシオンが苦々しい顔で教えてくれたところによれば……光の魔力には、市民意識を高め、公共心を養い、さらには美的センスを向上させる効果があるという。


 他者支配を旨とする闇の魔力と違い、光の魔力は人にそっと寄り添い、その生活をさりげなく高める力を持っているのだ。


 そのようなポジティブな力を主力とするソーラル迎賓館のVIPルームはとても居心地がいい。


 調度品も、高級感がありながらも、しっとりと落ち着いた雰囲気のものに統一されている。


 一方の闇の塔はというと、ゲーミング用品のごときケバケバしいアイテムがそこかしこに転がっている。また調度品には製作者の技を無駄に誇示するかのような禍々しい彫刻が掘り込まれていたりする。


 それはそれで刺激的で面白くはあるのだが、どちらのインテリアが心地いいかといえばソーラル迎賓館であろう。


「この部屋なら、今日一晩と言わず、後一週間ぐらい滞在したいところだな……いや……」


 闇の塔にはゾンゲイルがいるのだった。先日はまた万能肉が貯まったので量産型ゾンゲイルが一体増えた。


 彼女らが甲斐甲斐しく家事を手掛けてくれる分、トータル的な快適さでは圧倒的に闇の塔が勝る。


「そういえば……けっきょく今夜ゾンゲイルには一人でライブしてもらうことになったな」


 まあ彼女のことだ。ライブは完璧にこなしてくれるだろう。


 思わぬ傑作に仕上がったあの楽曲とゾンゲイルのパフォーマンスなら、十分に勝機はある。


 さらに今朝のエクシーラとの交渉により、オレのチームには十五点が自動的に加点されることになっている。


 しかもエクシーラは姫騎士の警備でライブに完全集中できないはずだ。もしかしたら今夜のライブをキャンセルする可能性すらある。


 そうなれば自動的にオレたちのチームの勝利だ。


 星歌亭の営業は今後も続けられる。


 そしてオレは安定したバイト先を確保することで末長くナンパを続けていくことができる。


「…………」


 まあ、例の『呪い』がある限り、どうしてもある一定ラインより先に進めそうにないのだったが……。


「そうは言っても諦めるつもりはないぞ」


 ユウキは超絶VIPルームの机に座るとiPhoneのメモを起動し、ナンパで『結果』を出すための戦略を練り始めた。


 何かの活動を続け、結果を出すためには、まず衣食住のシステムを安定させることが大事である。


 衣食住が揺らいでいれば、そこに時間やエネルギーを取られて、本来やるべきことに全力を注げないからである。


 その点、今のユウキの衣食住はかなり安定している。


 いまだに毎夜、塔には魔物の襲撃があり、その規模は日毎に少しずつ大きくなっているが、塔の戦力が強化されるスピードの方がずっと早い。そのため防衛戦に関しては今のところ不安はない。


 平等院でのカラテトレーニングも防衛メンバーの戦力を底上げする役に立っている。


 戦闘員の動きのキレが良くなったことに加え、シオンの魔法連射速度が上がったという思わぬ副産物があった。おそらく運動によって彼の肺活量が上がったことが作用しているのだろう。


 というわけで異世界での衣食住の根本たる闇の塔は今しばらくは健在のようである。


 またその中で過ごす防衛メンバーの健康を維持するための食費も最近ではかなり潤ってきている。


 ラチネッタが下宿代として一定の額を集金箱に納めてくれている他、ゾンゲイルが星歌亭で稼ぎ出す額が日に日に大きくなっている。


 今回その星歌亭という職場をエクシーラから守れたため、ユウキの衣食住はさらに盤石なものとなったと考えられる。


 また、オレが影武者となって姫騎士を守ることにより、このアーケロン大陸全体の秩序が維持される。それによってよりマクロな視点からオレの衣食住は守られる。


「だが……呪いを解かないことには、どうしても求める結果を得られそうにないぞ」


 求める結果とは当然、ナンパした相手との性行為である。


 それを得るために、まずオレは『呪いを解く』ことに力を注ぐべきなのかもしれない。


「となると……『呪いを解く』……そのためのスキル開発を試みてみるか」


 ユウキはiPhoneのメモにこれまでの思考内容を書き留めると、リマインダーを起動してそこに『解呪スキルを開発する』というTODOを作った。


 これまで特定の行動を取ることで、その行動に関連したスキルを獲得してきた。


 ということは、『解呪スキル』も『呪いを解こうとする』活動をすることで獲得できる気がする。


 だが自分の呪いを解こうとするのは難しい。なぜならそれは自分の心の奥深くにかけられているものらしく、自分では認識できないからである。


 だからできれば、誰か他者の呪いを解こうとすることで解呪スキルを開発したい。


 しかしそう都合よく『呪い』にかかっている人間がそこらを歩いているだろうか。


「…………」


 ユウキはiPhoneをポケットにしまうと腕を組んだ。


 そのときだった。


 超絶VIPルームのドアがノックされた。


 ドアを開けると双子の暗黒戦士が立っていた。


「ユウキ殿……いや、ココネル陛下……お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」


「いいぞ、もちろんだ」


 ユウキはいかにも呪われてそうな奴ら二人を超絶VIPルームに招き入れた。

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