第41話 ハイドラの姫騎士と百人のオーク
数百年前……アーケロン大陸の二大大国、ハイドラ王国と大オーク帝国は血で血を洗う全面戦争を続けていた。
その戦争が終わり今に続く平和がもたらされるきっかけとなった事件が、『姫騎士と百人のオーク』である。
それは、あの聖騎士ライフの血を引く美しき姫騎士が、血気盛んなオークの一団に誘拐されてしまったという事件である。
「へー、いろいろあるんだな」
儀式の祭壇を見下ろす観客席で、ユウキはスキル『相槌』を発動しながら、隣に座るエクシーラの昔話に耳を傾けた。
「で、オークはなんのために姫騎士を誘拐したんだ?」
「……戦場の真ん中で姫騎士を辱め、ハイドラの戦意を削ぐためよ」
「辱めだと? 具体的には一体、何をするつもりだったんだ?」
「そ、それは……」
エクシーラは顔を赤らめつつ語った。
聖騎士ライフの血を引く姫騎士はゴズムズ神の威光に溢れたオーラを纏っている。そのため姫騎士は暴力に絶対的な抵抗力を持っている。
そのオーラの守りを突破するため、オークの呪術師は姫騎士に邪悪な薬を飲ませた。
その薬は姫騎士の性的感度を百倍に高め、さらに性的興奮を千倍に高める薬であった。
「まじかよ。とんでもない薬もあったもんだな。でも面白そうじゃないか。一度飲んでみたいもんだ」
「何を言ってるのよ。そんなもの、違法に決まってるでしょ。ともかく……」
姫騎士は薬の効果に飲まれ、自らを守るゴズムズのオーラを一瞬だけ解除してしまった。
その瞬間、百人のオークが一斉に襲いかかり姫騎士を犯そうとした。
「だけど姫騎士は抵抗に成功したのよ」
薬によって強力なトランス状態に陥りながらも、姫騎士はゴズムズ神に祈った。
するとかつて誰も見たことのないレベルの神のオーラが姫騎士の全身から放射された。
その眩いオーラにより姫騎士の体内から邪悪な薬は浄化され、さらにオークとハイドラの両軍の隅々にまでゴズムズの威光が広がっていった。
兵士たちはその暖かな光に包まれて武器を落とした。
「この事件をきっかけにハイドラとオーク帝国の間に平和が生まれたのよ」
「ふーん」
「また、この事件によってアーケロン全域にゴズムズ教が広がっていったのよ。今では大オーク帝国の国教もゴズムズ教」
「なるほど……で、まさか、日曜にそこの祭壇で行われる儀式ってのは、今の昔話を再現するってことなのか?」
「そう。千人の観客に見守られる中、まだ正式に即位していないハイドラの姫騎士と百人のオークが、今の史実を再現するのよ」
「そんな……エロすぎるだろ。公衆の面前でそんな薬を飲まされて、抵抗に失敗したらどうなるんだ?」
「それは大丈夫。姫騎士が飲む薬は本物じゃない。姫騎士を囲む百人のオークたちだって由緒ある帝国儀仗衛兵団よ。儀式はあくまで史実の形をなぞるだけ」
「そ、そうか……演劇みたいなものだな」
「ええ。だけどハイドラとオーク帝国に緊張が高まっている今、この儀式が失敗したら、本当に戦争が始まってしまうかもしれない。それだけは絶対に避けないと」
「なるほど……そういうことなら闇の塔の塔主代理として、できるだけセキュリティの穴を見つける手伝いをする」
戦争になればナンパなんてしてる場合じゃなくなるしな。
ユウキはシリアスな顔で観客席から立ち上がると、セキュリティの穴を探して舞台の内外を見回していった。
「ところで……儀式を妨害しようという賊の目星はついてるのか?」
「大オーク帝国の『尊王派』とも、ハイドラの『邪神派』とも言われているわ。あるいはその両方とも」
「尊王派はあれだろ。アーケロン全土を征服しようというかつての大オーク帝国の野望を現代に蘇らせたがってる組織だろ」
「そうよ。ユウキにしてはよく知ってるじゃない」
「まあな。だがハイドラの『邪神派』ってのはなんだ?」
「光あれば闇があるように、ハイドラはゴズムズ教会の裏に、『暗黒評議会』という戦闘組織を抱えているわ」
「それは知ってる。ひとり暗黒戦士の友人がいるが、いいやつだぞ。彼女らは基本、邪神の復活を阻止するために活動してるはずだが……」
「ええ……だけど最近、暗黒評議会の一部が離反して、邪神復活を目論む組織を作ったらしいのよ。それが『邪神派』。邪神派はアーケロンの混乱のためなら何でもするはずよ」
「まじかよ。厄介だな。この儀式を邪魔しようという賊が、ハイドラの側にもいるかもしれないってことか」
「そうなるわね」
「だとすると、ここの警備だけ固めても仕方なくないか? 姫騎士はもうソーラルに来てるんだろ。そっちの警備は大丈夫なのか?」
「姫騎士は厳重に警備されたソーラル迎賓館の奥で、手練れの暗黒戦士二人に保護されてるわ。朝の瞑想と祈りの時間以外は付きっきりらしいわよ」
「なるほど……それならまあ、大丈夫なのかな。この舞台も見たところ警備の穴はないぞ。たとえ忍者でも侵入は不可能だ」
「本当? ニンジャって何?」
「気にするな。不安なのはわかるが、なるようになる」
「はあ……お気軽ね」
エクシーラはため息をつくと仕事に戻っていった。ガードたちと警備計画について話し合っている声が聞こえる。
「じゃあまたな」
ユウキは腕章を返して舞台から去った。
そのまま何となく噴水広場に戻り、喫茶ファウンテンのテラス席で作曲作業を再開した。
さらに曲の細部を詰めていく。
こんな細かいところまで凝らなくてもいいだろうというところまで凝っていく。
作業興奮によって自動的にスキル『集中』が発動された。
時間を忘れてスマホをいじり続ける。
だんだん自分の曲に自信が出てきた。
エクシーラごときには負けない気がしてきた。
やがて日が完全に落ち、噴水広場に魔法の明かりが灯った。
そのときエクシーラから連絡が入った。
ソーラル石版通信網に繋がるようノームに改造されたiPhoneで通話する。
「もしもし」
「仕事、終わったわよ」
「おつかれ。それで……オレになんの用だ? オレは作曲で忙しいんだが」
「呆れた。約束、忘れたの?」
「あ、そうそう、あんたの歌を聴かせてもらう約束だったな」
「必要ないなら別にいいわよ」
「一応、聴いておく。あんたは今どこにいるんだ?」
「宿の近く……噴水広場の喫茶ファウンテン。いつもそこで夕食を摂るのよ」
「……ん? 喫茶ファウンテンだと」
顔を上げると斜め向こうのテラス席にエクシーラの背中が見えた。
彼女はまだユウキの存在に気付いていないらしい。
仕事帰りのためか、心なしか疲れているように見える。
と、ウェイトレスがサラダの大皿をエクシーラの席に置いた。
「ふふ、これこれ。エルフ向けの料理を出してくれる店は少ないから助かるわ。いつもありがとう」
ウェイトレスにそう礼を述べるエクシーラにユウキは近づいて隣に腰を下ろした。
「野菜だけかよ。そんなんで足りるのか」
「何者!」
エクシーラはとっさにフォークを構えてユウキに向けた。
何度も刃物を向けられたためすでに感覚は麻痺していた。ユウキは特に怯えもせず、自分の夕食をウェイトレスに頼んだ。
一呼吸おいてユウキを認識したエクシーラはため息をついて肩を落とすと、エルフ用裏メニューらしい大盛りサラダにフォークを向けた。
*
食後、エクシーラは宿からリュート風の楽器を取ってくると、喫茶ファウンテンのテラス席で歌い始めた。
組んだ足の上でポロポロと爪弾かれる弦の音色と、淡々と紡がれる澄んだ歌声が、噴水広場の空気を一瞬で支配した。
噴水広場の全域から人が集まってきてエクシーラを取り囲み始めた。
ユウキはうめいた。
「……まじかよ。伝説かよ」
先ほどの作曲作業によって得た束の間の自信は一瞬で打ち砕かれた。
こうしてしっかりと耳を傾けて聴いてみると、基本的な歌スキルのレベルに話にならない差があるとわかった。
いや、歌スキルだけではない、演奏力、そして楽曲の完成度と深み、全てが違いすぎる。
そこにエクシーラという存在が持つ歴史の重みが加わり、この喫茶ファウンテンのテラス席にリアルタイムな歌伝説を生み出している。
「…………」
「はい。歌ったわよ。次はユウキの曲を聴かせる番よ」
エクシーラは楽器の弦をクロスで拭いてケースにしまいながら言った。
「……う」
「どうしたの?」
「……わ、わかった。このスマホで再生する」
諦めるのはまだ早い。
客観的に聴き直してみれば意外にオレの曲もイケてるかもしれない。そんな淡い期待と共にスマホの再生ボタンを押す。
だが……エクシーラの歌の後では、自分が作った曲は何をどう聴いても幼稚園児の遊びにしか聴こえなかった。
テラス席を取り囲んでいた聴衆たちも速やかに散っていった。
iPhoneのスピーカーからユウキの仮歌が虚しくテラス席に響き、そして止まった。
「……ううう」
「へえ。なかなか面白かったわ。この曲、私は好きよ」
ガックリとうなだれたユウキを、エクシーラは優しい声でそう慰めた。
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