第40話 働くエクシーラ
「ただの通行人にレイピアを向けるなんて、とうとう認知症になったのか?」
スキルの無駄な高まりにより、自分でもゾッとするレベルの暴言がエクシーラに投げかけられる。
「あっ、あなたが『儀式の祭壇』を覗いているからでしょう!」
「悪いかよ。このソーラル中央広場は天下の往来だ。そのど真ん中にこんなでかい舞台が建てられてたら誰でも覗いてみたくなる」
「『関係者以外立ち入り禁止』の看板とロープが目に見えないの?」
「あっ」
確かに舞台の周りはロープで封鎖されていて、立ち入り禁止の看板も至る所に立てられていた。
アーケロンの標準語は意識を集中しないと翻訳されないため、気付かずに入ってきてしまったのだ。
「その顔……何も考えずにぶらぶら歩いてロープを乗り越えてきたのね。呆れた」
「すまん……」
恥ずかしさで顔が熱くなる。
「気をつけなさい。最初に見つけたのが私じゃなかったら牢に入れられてもおかしくないわよ」
確かに……武装した衛兵が舞台の周りを警備していた。数名の衛兵が駆け寄ってきた。
「エクシーラ様、どうされたのですか? その男は……?」
エクシーラはレイピアをパチンと鞘にしまった。
「ありがとう、元の警備に戻って。彼は私の知人よ」
「はっ」衛兵たちは散っていった。
「そ、それじゃあオレもここで」
エクシーラの気が変わって首を切り落とされないうちに去りたい。
だが……。
「待ちなさい」
「ん?」
「胸騒ぎがするのよ」
「更年期障害か?」自分でもドン引きするレベルの暴言がノーモーションで飛び出る。
だがエルフにそのような障害はないのか、エクシーラはスルーして言った。
「どれだけ警備を厳重にしても、賊の侵入を阻む追加工事を行っても、日曜の儀式が無事に済むヴィジョンが見えないの」
「……日曜の儀式?」
「呆れた。知らないの?」
「知らん。オレはこの大陸の出じゃないからな」
「ハイドラの姫騎士の即位の儀よ。ハイドラと大オーク帝国に不穏な空気が流れている今、絶対に成功させなければいけない大事な儀式」
「ふーん」
「だから……頼みがあるの。儀式の舞台となるこの祭壇……あなたの目から見て、警備に穴がないかどうか確認してほしいのよ」
「別にいいが、オレが見ても特に何も得られないと思うぞ。警備のバイトもしたことないしな」
「あなた、まがりなりにも闇の塔のマスターでしょ」
「代理だっての。オレにはなんの眼力もないからな」
「やめて。私相手に『力』を隠そうとしないことね。サークレットを通して見たあなたの力はいつも眩しく輝いているわ」
「…………」
やはりエクシーラのサークレットは壊れているのではないだろうか。そんな疑念が高まる。
一体なんの力がオレにあるというんだ。
確かに暴言の力は日に日に暴走気味に高まりつつあるが……。
エクシーラは襟を正して言った。
「とにかく。正式に仕事を依頼します。引き受けてくれたら、後日、相応の報酬を冒険者ギルドを通して渡すわ」
「まじかよ。それはありがたいが……あ、それより他にお願いがあるんだが」
「何? ま、まさか冒険者ギルドを闇の力によって支配したいとでもいうの? 私は協力できないわよ!」
「なんだその被害妄想は……」
「ギルドは私が世界平和のために心血を注いできた大切な組織……絶対に闇の手には渡さない!」
エクシーラはレイピアの柄に手を当てた。
被害妄想は脳の劣化の証拠である。
やはり脳が経年劣化してきてるんじゃないか……他人事ながらユウキは心配になった。
だが……まあいい。
ユウキはお願いした。
「報酬はいいから、後でエクシーラの歌を聴かせてくれないか」
エクシーラはレイピアの柄から手を離し、目を丸くした。
「ど、どうして?」
「対策を練っておきたくてな、歌バトルの」
「ああ、そういうこと。戦いの準備をしようというのね」
「ダメか?」
「ダメに決まってるでしょう。なぜ手の内を見せて敵に塩を送るマネをしなければならないの」
「確かにな。それなら今オレが作ってる歌もあんたに聴かせてやろう。それを聴いた上で、互いに対策すればいい。その方がイベント全体のレベルが上がって客のためにもなる。な、いいだろ?」
ユウキはスキル『粘り』を発動した。
「そ、そんなこと急に言われても……見ての通り現場監督で忙しいのよ」
「ならその後で」
「……遅くなるわよ。それでもいいの?」
「ああ、もちろんだ。いや、ちょっと待ってくれ」
ユウキは石板でシオンに連絡し、今日の防衛戦が始まりそうな時刻を尋ねた。
闇の塔は魂力のチャージや毎夜の戦闘によって日々パワーアップを続けている。
レーダー機能を持つ叡智のクリスタルも、その索敵範囲を従来の二倍以上に広げている。
そのため最近では、敵の到着予測時刻をかなり正確に予測できるようになっていた。
シオンから敵襲来の予測時刻を聞いたユウキは石板を切った。
「よし、今日の防衛戦はかなり遅くなりそうだ。しばらくソーラルで遊んでられそうだぞ。そういうことで、よろしく」
「もう……勝手なんだから……仕方ないわね。私の依頼をしっかりこなしてくれるなら……」
「わかってる。現場を見せてくれ」
「この腕章をつけて」
エクシーラに渡された『警備関係者』という腕章をつけて、まずは儀式の舞台を外からぐるっと回ってみる。
「入り口が一か所だけなのはいいとして、舞台とそれを取り囲む客席は木造だろ。強度は大丈夫なのか?」
「ソーラル市政府に頼んで最大レベルの光の魔法の加護がかけられてるわ。物理的強度の高さはもちろん、あらゆるエレメントへの絶対的な抵抗力も付与されてる」
「なるほど。外からこの舞台を攻撃するのは、無理、と。そうなると、儀式を邪魔しようという賊がいるとしたら、そいつらはこの入り口から攻め込むしかないわけだ」
「ええ。だから入り口の警備には気を配っているわ」
「具体的には?」
「儀式当日、この入り口はソーラル市政府の高位のガードと、冒険者ギルドから派遣される最高レベルの冒険者によって守られるわ」
「なるほど。だがこの客席、千人ぐらいの客が入るんだろ。その客に賊が紛れ込んでたら、どれだけ外壁が頑丈で入り口の警備が厳重でも意味ないぞ」
「ええ、わかってる。その点も抜かりはないわ。客は全て招待制で、その身元は魔力的に厳重に調査されるわ」
「そ、そうか……となると、まさに万全のセキュリティだな。そこまでやってるならなんの問題もなさそうだが……一応、中も見ておくか」
「こっちよ」
エクシーラに案内されて入り口を潜る。
真ん中に正方形の祭壇があり、その周りを階段状の客席が取り囲んでいるという、円形劇場や野球場のような構造の中に通された。
ユウキは客席に登ってその中程に腰を下ろし、祭壇を見下ろした。
「要するにあの祭壇で何かしらの儀式が行われるわけだろ」
「ええ。儀式ではアケローン大陸最大の要人が登壇するわ。絶対に守らなければならない。儀式の失敗は戦乱の始まりよ」
「まじかよ。そんな重大な話なのかよ」ユウキは真剣にセキュリティについて考えた。
するとひとつの懸念が思い浮かんだ。
「客席から祭壇にダイレクトに射線が通る構造になってるな。弓矢は持ち込めないにしても、小さな飛び道具を隠して持ち込まれたらどうするんだ? 遠隔攻撃魔法にも気を付けないといけない」
だがエクシーラは舞台の四隅に設置されている巨大なクリスタルを指差した。
「見て」
「なんだそりゃ」
「ソーラル市政府に伝わる『防壁のクリスタル』よ。四つのクリスタルの距離に反比例した強度の防壁を張るアーティファクト」
「なるほど。バリアを張って客席からの攻撃を防ぐってわけか。この距離ならどの程度の強度になるんだ?」
「本来は都市防衛レベルの広域防御に使うアーティファクトよ。それをこの近距離に配置することで、伝説の深宇宙ドラゴンでもないと破ることのできないレベルの防壁を生み出せるわ」
「ということは……客席に賊が紛れ込んでいても問題ないな」
「ええ。どんな攻撃も舞台の上の要人……ハイドラの姫騎士には絶対に届かない。本番では姫騎士と百人のオークたちが舞台に登った後、すぐにこのクリスタルを起動する予定よ。そうすると最低でも三時間は解除不能の防壁によって内外が隔離されるわ」
ここにいたりユウキは感嘆の声をあげた。
「か、完璧じゃないか……二重三重の防御によって、舞台は完全に守られてる」
「自信がないのよ。どこかに穴がある気がして」
「これなら大丈夫だと思うぞ。その儀式はきっと大成功するはずだ!」
「だといいけど……」
「安心しろよ。それにしても……こんな大掛かりな警備が必要な儀式とは……一体どんな儀式なんだ?」
「そんなことも知らないなんておかしな人ね。でもアケローンの人間じゃないのなら、知らないのも無理はないのかもしれない。いいわ、教えてあげる……」
エクシーラは祭壇を見下ろす客席の、ユウキの隣に腰を下ろした。
そしてなぜか若干、顔を赤らめながら教えてくれた。
百人のオークと神秘の姫騎士が織りなす古代の儀式のあらましを……。
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