第31話 仮面の女
男性機能増進のブレスレットをはめると、心なしか肉体が男っぽくなった気がした。
さらにユウキは平等院の更衣室で、前もって用意してきたサラシ状の布をきつく胸に巻き付けた。
それによりユウキの肉体バランスや、各種ホルモンの分泌具合は、長く慣れ親しんできた男性のものに近づいた。
その状態で胸に『平等院』と刺繍が入った道着に着替え、道場で基本動作を何度か繰り返す。
「よし、いい感じだ。これなら練習についていけそうだ」
そのとき支部長のミルミルが道着姿で近づいてきた。
「初めてみる顔ね。入館希望?」
「オレオレ、オレだよ」
「ん? あんた……ユウキなの?」
「いろいろあって女っぽくなったんだ」
「お、女っぽくってレベルじゃないでしょ……」
ミルミルは目を丸くして絶句している。だがしばらくして気を取り直したのか、支部長らしい注意をした。
「まさかそれ……マジックアイテムの効果じゃないでしょうね? 拳ひとつで戦うのがモットーの平等院は、魔法の装備を認めないわよ」
「実はこの前、間違って『性別変更の秘薬』なんてものを飲んでしまったんだが……ダメか? オレはなんとしても百人組手に出たいんだが」
「ちょっと待って。本部に問い合わせてみるわ」
ミルミルは石板でどこかに通話した。
「『秘薬なら問題ない』だって。よかったわね」
「あ、それとだな。実は『男性機能増進のブレスレット』なんてものもつけてるんだが……」
「それは明らかにダメよ」
「まだ女体化したばかりだから体に慣れてないんだ。これを付けてればだいぶ動きやすくなるんだが」
「もう、仕方ないわね。練習のときだけなら着けてていいわよ」
「助かる……!」
これで当面の練習は乗り切れそうである。
やがて仕事帰りの部員と、闇の塔のメンバーたちが続々と道場に集まってきた。ミルミルが号令をかけた。
「それじゃあ今日の練習始めるわよ! 互いに礼! 人のうえに人はなく、人の下に人はなし!」
*
ゾンゲイル、アトーレ、ラチネッタは危なげなく練習を乗り越えた。
ユウキも慣れない体でなんとか練習を乗り切ることができた。
練習中、他の部員の視線がチラチラと体に向けられるのを感じたが、それにもだんだん慣れてきた。
こんな魅力的なオレの体、見たくなるはやむなしである。
いくらでも見たらいいぜ。
そう開き直りつつ、休憩中、床にあぐらをかいて顎から垂れる汗を拭いていると、体格のいい部員が木桶に水を汲んできてくれた。
「ユウキさん、体力回復を早める平等院の美味しい水、どうすか?」
「おっ、サンキュー。シオンも壁に寄りかかってないで、こっちに来て飲めよ」
「はあ、はあ……遠慮しておくよ。一度、床に座ったら僕はもう二度と立ち上がれないだろうからね……」
シオンは完全にスタミナを失い半死半生の体を示していたが、不屈の精神力によって最後まで立っていた。
「はあ、はあ……やったよ僕……!」
しかし帰りのポータル電車内で彼は気絶した。
ゾンゲイルとユウキは、シオンを塔の裏の野天風呂に運ぶと湯船に優しく投入した。
昼間、迷いの森の精霊に頼んで風呂に自然エネルギーをチャージしてもらったのが功を奏した。
やがて湯船の中でシオンは意識を取り戻した。風呂から出たシオンはゾンビのように歩いて自室のベッドに倒れ込んだ。
ラチネッタはソーラルの『癒しサロン』で覚えてきたマッサージをシオンに施し、ユウキは疲労回復の軟膏を彼の背にすり込んだ。
*
夜の敵襲はシオン抜きで対応した。敵の数は増えていたが、こちらにも量産型ゾンゲイルという戦力が増えている。
あらゆる仕事を馬車馬のようにこなす量産型が増えたことで、設置できる罠の数を大幅に増やすことができていた。
量産ボディの機動力、防御力、各種耐性などは、ガーゴイルボディや歌姫ボディに比べて大幅に劣っていたが、武器防具で弱さをある程度、補うこともできていた。
塔の一階の武器庫で、エプロン姿の量産型ゾンゲイルは『加速の脛当て』『ミスリルの鎖帷子』『剛力の剣』『鉄壁の盾』『直感の兜』を装備した。
これらはどれも先日の迷宮探索で得た業物である。
塔の蔵書『大穴から得られる武器防具』を見ながら手作業で識別したものであるが、確かに名前通りの効果が得られることはすでに確認済みである。
中でもミスリルの鎖帷子はかなりのレア装備である。
軽量でありながら強いミスリルで作られているため、筋力の弱い量産型ボディでも装備でき、しかもゴーレムの攻撃でも耐えられるレベルの防御力を得られる。
そんな武器防具を纏った量産ゾンゲイルは、鎖帷子の下のエプロンをはためかせながら、走って敵の群れに向かっていった。
彼女らの活躍により、今夜の襲撃もなんとか無事に撃退できた。
しかし真の戦いは、こんなところで起きているのではない。
「…………」
ユウキにとって真の戦いはソーラルの路上で起きているのだ。
*
翌朝、ソーラルに出たユウキはまず星歌亭の納屋に向かい、風邪で寝込んでいるストリートチルドレンにお粥を与えた。なんとなく良くなっている感がある。
「立てるか? トイレはこっちだぞ。勝手に使っていいからな」
それから噴水広場に向かい、ナンパ活動を始めた。
とはいえ自分が何のためにナンパをしようとしているのか、まったく意味がわからなかった。
男のときでさえ、何のために見知らぬ人に声をかけるのか、気を抜けばその意味がゲシュタルト崩壊を起こし、路上で訳が分からなくなることがしばしあった。
女になった今、ナンパする意味はよりいっそう失われたように感じられた。
このオレ自身が最高の女体を持っているのだから、あえて外部に女体を求める必要はない。
こんな状態でなぜオレは女体を求めて知らぬ女性に声をかけようというのか。
すでに自分のものとして手に入れ、完全に一体化してしまったものをさらに外に求めるのは愚かなことではないのか?
だが……金持ちはどれだけ金を得ても、金儲けをやめようとはしないはずだ。
それはおそらく、金を儲けるというプロセス自体が楽しく、自らを成長させるものであるからであろう。
ならばオレもまた女体を求め続けるべきではないか?
「うーん……わからん」
ただひとつわかることと言えば、ナンパ前にこうもぐだぐだと考え事をしてしまうのは、オレが『石化』しつつあるということである。
このままでは完全に『石化』し身動きが取れなくなる。
その前に思考を停止し、無心になって体を動かし、とにかく声をかけるべきだ。
気になった女性に一刻も早く!
「あ、あの、すみません」
ユウキは噴水の縁から立ち上がり、市街地の方から歩いてきた女性に声をかけた。
声をかけてから気づいたのだが、その女性は顔の上半分が隠れる仮面状の装備で目元を隠し、しかも体がすっぽりと覆われるローブを着ていた。
「ん、なにかな?」
彼女は足を止めてこちらを見た。
ローブの下から金属音が聞こえた。もしかしたら鎧を着込んでいるのかもしれない。
その異様ないでたちに一瞬、気後れを感じたが、ユウキはとっさに各種スキルを発動してナンパを続けた。
「い、いい天気だな」
「そうだね。いい天気だね。でもこの後、雨が降りそう」
「まじかよ。何でわかるんだ?」
「僕は……『神』の血をひいているからね」
「へーすごいな。ていうか本当に雨が降ってきたぞ。そこの喫茶店に入って朝ご飯でも食わないか?」
「んー、そんなに時間はないんだけれど」
「まあいいじゃないか。食おうぜ」
そのとき脳内にナビ音声が響いた。
「スキル『自分勝手』を獲得しました」
確かにいきなり声をかけて脈絡なく朝ご飯に誘うというオレの行動は自分勝手の誹りを免れない。
せめてご飯代はオレが払おう。
ユウキはそう決心すると、仮面の女を連れて喫茶ファウンテンの戸をくぐった。
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