第29話 女体化初日
塔に戻ったユウキは、塔の倉庫にストックされていたゾンゲイル用衣服の提供を受けた。
ひらひらした女物の服には抵抗があったが、これは地味な農民服なので着るのに抵抗がない。
しかし下着等の細かい部分で、どう着たらいいのかわからないものがあった。
ユウキはシオンの部屋に向かい、そこで女体について一通りのガイダンスを受けた。
シオンは女体化の先輩として、初心者が戸惑いがちなことをひとつひとつ分かりやすく教えてくれた。
「ふふっ、そこはこうするんだよ」
「となると、これはこうすればいいのか?」
「そういうことだね」
「なるほどな。ところで……いつまでオレはこの体なんだ?」
下着姿のユウキはシオンのベッドに腰掛け、自らの女体を見下ろした。
自分で言うのもなんだが、非常にいい体をしている。
すべすべしていながらも吸い付くような触感の肌はいつまでも撫でていたくなる。
しかしこのさき一生、このままでいたいかというと、そんなことはない。思っていたよりも元の体への愛着があった。
「ふふっ。闇の塔のライブラリーからこんな本を見つけてきたよ」
シオンはローブの懐から取り出した薄い本を、ベッドサイドの書見台に立てかけた。
「『迷宮の秘薬』……そのままのタイトルだな」
「そうだね。この本によると……」
第三層の秘薬庫で得られる秘薬は、より下層で得られる秘薬に比べてグレードが低い。
そのため、能力向上系の秘薬であれば、その効果は永続するものの能力向上の幅は小さい。
属性変化系の秘薬であれば、変化は完全であるものの持続時間が短い。
「ということは……オレは今、完全に女体化しているが、しばらくすれば元に戻るってことか?」
「そういうことなんだろうね」
「一体いつ元に戻れるんだ? この体じゃ平等院の格闘練習についていけないかもしれないぞ」
筋肉量は元のままのようだが、各部の重量バランスが大きく変わっていた。
そのためか、元からそんなに高くない体力が大幅に低下したよう感じられる。
「ふふっ……とりあえずユウキ君にはこのアイテムをあげるよ」
シオンは机の引き出しから銀色のブレスレットを取り出した。
「なんだこりゃ」
「『男性機能増幅の腕輪』だよ。しばらく前、僕の女体化の進行を止めようとして塔の物置から引っ張り出してきたアイテムさ」
「おお! なんていう素晴らしいアイテムだ。た、助かった……」
シオンは首を振った。
「一日に二時間しか効果は続かないんだ」
「で、でも男に戻れるんだろ」
ユウキは縋り付くようにブレスレットに手を伸ばした。
「ううん。あくまで『男らしさ』が増幅されるだけなんだ。だけどもしかしたら平等院の練習を乗り切る助けになるかもしれない」
「…………」
どうやらしばらくはこの女体と付き合って生きていくしかないようだ。
様々な不安が押し寄せてくるのを感じながら、とりあえずユウキはブレスレットを受け取り、自室に戻った。
*
「うーん。よく寝た」
とりあえず一晩寝ると、だいぶこの体にも馴染んできたよう感じた。
ユウキは食卓で大きく伸びをした。
Tシャツの中の体のラインが強調された。
「ユウキ……かわいい」
ゾンゲイルが食卓に皿を並べる手を止めて、うっとりとした声を出した。
「一財産に値する美しさだべ」
近寄ってきたラチネッタがユウキの肩を揉んだ。
「…………」
そして暗黒戦士の兜の奥からは強くじっとりとした視線をユウキに向けてきた。
ユウキはふと先日、スマホで読んだ脳科学の記事を思い出した。
最新の脳科学研究によれば、女性も魅力的な女体を見て性的に興奮するとのことだった。
思わずユウキはゴクリと生唾を飲み込んだ。
それはつまり今、ゾンゲイル、ラチネッタ、そして暗黒戦士が、このオレのかわいく美しくエッチな体に魅力を感じ、性的に興奮している可能性があるということである。
「…………」
自らの肉体に欲望を抱かれるというかつてない可能性に、ユウキの脳のこれまで未使用だった部位が活性化されていった。
それに付随してユウキの肉体にも各種の反応が現れた。
そのような濃厚にエッチな雰囲気の流れる朝の食卓にシオンが現れた。
「おはよう、みんな」
「おはよう……ん? シオンお前、なんだか男らしくなってないか?」
「そ、そうかな?」
「ちょっと見せてみろ」
黒いローブの袖をめくってみる。
二の腕がなんだか引き締まっているように見える。
顔つきも、かわいさよりかっこよさの方が前面に出ているよう感じられる。
「お前……かっこよくなってないか?」
「そっ、そんなことないよ! 僕なんて全然……」
「いや、男子バスケ部にでもいそうな爽やかでスポーティな雰囲気が出てるぞ」
「ば、バスケ部はわからないけど……もしかしたらユウキ君が女体化したことで、僕の男性性が強まったのかもしれないね」
シオンは身を縮めて椅子に座ると顔を赤らめながらそう言った。
「ああ、シオンとオレの肉体は塔に繋がっていて、塔は男性性と女性性のバランスを取るって話か」
「うん」
「つまり、これまではオレと言う男のせいで、シオンは女体化していたわけだが、オレが女体化した結果、シオンが男体化してきたってことだな」
「シオン様、かっこいいべ!」ラチネッタはキラキラした視線をシオンに向けた。
*
食後、ユウキとシオンは塔の周りを走ってみた。
前回は一周もできずへたばったシオンだっが、なんと今日は三周しても平気な顔を見せていた。
体力向上の秘薬の効果か、または男性という元の性に戻ったためか、あるいはその両方が作用した結果か、なんにせよシオンの体力は爆上がりしていた。
一方のユウキはというと一周もしないうちに顎が上がった。
「うう……苦しい、吐きそう……」
まだ朝だが、今日はもう休みたい。
しかしできるだけ朝のナンパ習慣は維持していきたいところである。
習慣が人を作る。
ナンパ習慣がオレの人格を新たに形作り、オレの人生を前へと進めていくのである。
よし、面倒だが今日もソーラルに行くぞ。
この体でどうナンパすればいいかわからないが、とりあえず行ってみるぞ!
だがその前に……。
朝の運動を終えて塔に戻る爽やかな少年に声をかける。
「おいシオン、この塔に毛布は余ってないか?」
「毛布だって? 物置に何枚か予備があるけど、そんなものどうするんだい?」
「知り合いにかわいそうな子がいてな。悪いが一枚もらっていくぞ」
*
ソーラルの噴水広場についたユウキは、喫茶店と宿屋の隙間を覗いた。
いた。
謎のストリートチルドレン、ルフローンがゴザの上で体を丸めて寝ていた。
「…………」
もう秋も深まる季節であり朝は肌寒い。
そんな中、何もかけずに寝ているこの少女が哀れでならない。
少女に近づいていくごとに謎のコズミックホラーが高まっていくが、スキル『深呼吸』によって恐怖を乗り越え、ユウキはルフローンに毛布をかけた。
痩せた少女は目を擦るとこちらを見た。
「……ん? なんだ小僧か」
「お前……わかるのか? オレのことが」
ルフローンは縦にスリットの入った黄金色の瞳をスッと細めた。
「よく見ると形態が変化しているな。小僧、迷宮に潜って秘薬でも飲んだか?」
「そ、その通りだ。なんでわかるんだ?」
「はっはっは、わからいでか。『秘薬庫』のアイデアは元を正せば余が発祥である。だが苦しゅうないぞ。封鎖されて久しい迷宮が活用されているようで、余は嬉しい……この毛布もよき献上品だ。はっはっは、いいぞ……悪くないぞ、小僧……」
そういうとルフローンは体を丸めて目を閉じ、背を向けた。
ユウキもルフローンに背を向けて噴水広場に戻り、今日のナンパ活動を始めようとした。
だがそのとき背後から「けほっ、けほっ」と咳が聞こえた。
「…………」
ユウキは足を止めると、少しためらってからストリートチルドレンの元に戻り、その額に手を伸ばした。
あと数センチで触れるというところで、強烈なコズミックホラーに襲われた。
上下左右が分からなくなり、いきなり自我が消失したかのごとき凄まじい自失に襲われた。
ユウキはすかさずスキル『深呼吸』『我慢』『順応』を発動してその恐るべき状態異常に耐えると、やっとのことでストリートチルドレンの額に触れた。
「おい、ルフローン」
「ほう……余の肌に触れてなお正気を保つとは……面白いぞ、小僧」
「あのさ。お前さ……」
「なんだ。なんでも言ってみろ。今朝の余は寛大な気分だ。余の肌に断りもなく触れた非礼も許してやろう」
「お前……熱、出てないか?」
「熱? はっはっは。定命の小僧よ、お前はいつも面白いことを言う。けほっ、けほっ」
「…………」
「深宇宙ドラゴンの化身たる余は変温動物である。日の短くなるこの季節に肌が冷えることはあれど、熱を持つことなどあるわけなかろう。けほっ、けほっ」
「いやいや、お前、明らかに熱くなってるぞ」
しかもルフローンの目は潤んでおり肌は青ざめており、なんとなく全体的に風邪っぽい雰囲気が醸し出されている。
「ちょっと口、開けてみろ」
「こうか? あーん」
ユウキはルフローンの喉を覗きこんだ。
なんとなく扁桃腺が腫れているように見える。
「舌を伸ばしてみろ」
チロチロとスプリットタンが伸びるが、元は綺麗なピンク色の舌も、今は体調が悪そうな灰色である。
「お前さ、化身だかなんだか知らないが、とにかく現時点で人間形態なんだから、風邪ぐらいひくんじゃないか?」
「はっはっは。余が風邪など……けほっ、けほっ。本当にひくと思うか?」
ユウキはうなずいた。
「小僧がそういうなら……そうなのかも知れぬな」
ルフローンは会話に疲れたのか、体を横たえるところんと横を向いて瞳を閉じた。
その体はいつもよりも小さく感じられた。
「…………」
まあ、このソーラルは光の魔力を基礎とした都市であり、そのためかかなり児童福祉には力が入っているよう見受けられる。
路地で死にかけているストリートチルドレンがいたら、きっと誰かが気づいて病院に連れていくれるだろう。
「…………」
だが……そう言えば……この少女は周囲に異様なコズミックホラーを放射する能力を持っているのだった。
そのために誰もこの少女に近づけないし、その存在をまともに認識することすら叶わない。
となると……オレがなんとかしなけりゃいけないのか?
しかたない。
ユウキは各種スキルを再発動してコズミックホラーに備えた。
そして、正気がガンガン削られていくのを感じながらルフローンに手を伸ばし、その小さな体を毛布に包んで背負った。
「……とりあえず星歌亭に行ってみるか」
ユウキは路地を出てスラムに向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます