第10話 ゴモニャのモコロンを食べながら
蒼水晶はシオンへのお土産というより戦略的な意味合いが強いものになってしまった。
よって土産を別のところでいくつか仕入れる。
さらにゴラインオンの鍛冶屋に寄り、蒼水晶を武器に加工してもらう。
「この尖った水晶を穂先にした投槍を作れないか?」
「ちょうどええ柄のストックがある。小一時間ほどでできそうじゃ」
正午を回ったばかりでありゴライオンはまだ酒を飲んでいなかった。
彼はカウンターの奥の工房でテキパキと作業を進め、本当に小一時間ほどで要望通りの形にしてくれた。
「どうじゃ、美しいじゃろう? 武器を作るなんぞ久しぶりじゃがよくできておる」
「蒼水晶と白木の柄のコンビネーションが伝統工芸品めいた美しさを醸し出してるな。でもあくまで実用品だから、投げたらまっすぐ飛んで、ぐさっと刺さるようにしてくれ」
「わかっておる、そこで待っておれ。もう少し調整するからの……よし、これでどうじゃ」
ユウキは手渡された『蒼水晶の投槍』を、高校でのやり投げの授業を思い出しながら構えてみた。
前後の重さのバランスがいい。柄の先端部には錘が埋め込まれており、目標物に深く刺さりそうな気もする。
材料費と工賃はなんとか手持ちで足りた。礼を言って塔に帰る。
*
いまだ塔は七十体のアンデッドと三十体のゴーレム軍団に包囲され攻撃を受けていた。
防衛モードによって塔は実害を受けていないが、攻撃されるごとに少しずつ魔力が減っていく。
しかし……ユウキが転移室のポータルから出てくるなりシオンが抱きついてきた。
「おかえりユウキ! 塔に大量の魔力がチャージされたよ! ユウキがソーラルで稼いできてくれたんだね。これならあと三日は生き延びられるよ!」
涙目になっている。今日中に塔と共に死ぬかもしれぬというストレスから解放され、感情的カタルシスを経験しているようだ。
「わかったわかった。ちょっと離れろ」
「ご、ごめん……」
「まずはお土産だ。ソーラルの歴史ある菓子店ゴモニャで買ってきた銘菓モコロンだぞ」
「モ、モコロン! 名前は聞いたことあるよ。一度食べてみたかったんだ」
「食いながら会議しようぜ。皆を司令室に集めてくれ」
しばらくして六階の司令室にメンバー各員が集まった。
ゾンゲイルが淹れてくれたお茶を飲みながら今後の方針について話し合いが持たれた。
「僕たち、あと三日は生きていけるよ! もしかしたらその間に、あの伝説の冒険者、エクシーラがネクロマンサーを排除してくれるかもしれない。希望は捨てないでいよう!」
「おいしい。このお菓子……」
「こっ、これは銘菓モコロンだべ! う、う、うますぎるべ!」
「我は甘いものは決して一個以上は受けいれぬ!」
「確かになかなかうまいな……お茶によく合う……で、あと三日は塔が持つとのことだが、エクシーラをあてにするよりこっちから攻撃してみないか?」
「ふふっ、そんなことは無理だよ。扉を開けた瞬間、ゴーレムに塔に侵入され僕らは全滅するからね」
「そのとおりである。これほどの戦力差を覆すことはできぬ。打って出るのは止めておくがいい。それが戦士としての忠告である」
「まあ……一応、役立ちそうなアイテムは買ってきた」
ユウキは『蒼水晶の投槍』を皆に見せた。
「驚いたよ……すごく大きくて綺麗な蒼水晶じゃないか……かなりの容量の魔法でもプログラミングできるよ。こんな高価なものをどうやって手に入れたんだい?」
「まあいろいろあってな」
アトーレは手に持って投槍のバランスを確かめた。
「ふむ。見事な加工である。十分に武具として役立つものである」
アイテムの質が二人の専門家によって保証されたので、ユウキは現状を打開するためのアイデアを皆に披露した。
「まずシオンによってこの蒼水晶に、『ゴーレム乗っ取り』の魔法を込めてもらいたいんだ。できるか?」
「そんなことできるわけないよ!」
「なんでだ?」
「そんな魔法も聞いたことないし、そもそも僕はネクロマンサーじゃないからね!」
「いいから試しにやってみろよ。魔法は魔法だろ。自分の専門領域ばかりに篭ってたら人間が小さくなるぞ」
「わ、わかったよ……試すだけ試してみるけど……調べ物の時間が必要だよ」
シオンは塔の五階にあるらしい書庫へと向かった。
ユウキは残りのメンバーに説明を続けた。
「それでだ。首尾よくシオンが『ゴーレム乗っ取り』の魔法をあの投槍に込めることができたら、それをゴーレムの一体に突き刺してほしいんだが……」
「武芸十八般を修めている我であれば投槍を扱うことは可能である。だが……どこから攻撃すればよいのだ? 正門を開けることは叶わぬぞ」
「そこ……この『防衛室』の四方の壁が床の間みたいになってるだろ」
「『床の間』?」
「一段、床が高くなっていて壁が奥に迫り出してるだろ。そこの床板、もしかしたら取り外せるんじゃないかと思うんだが……」
「なるほど! 塔を防衛するための『石落とし』であるな!」
石落とし、それはヨーロッパや日本の城によく装備されていた防衛施設である。
天守閣や塔の外側にせり出した開口部があり、そこから真下の敵に向かって石や熱湯を落として攻撃することができる。
ささっと防衛室の壁に駆け寄ったラチネッタが叫んだ。
「床板に取っ手がついてるべ!」
「引っ張って開けてみてくれ」
「な、なんと、地上が丸見えだべ。ゴーレムやアンデッドどもの頭が見えるべ」
「よかった……やっぱり石落しだったか」
闇の塔の防衛室には、魔法的なものだけではなく、物理的な防衛手段も用意されていたということである。
「そこからゴーレムを投槍で攻撃して欲しいんだが……できるか?」
「ふむ。これだけの開口部があれば、どの敵でも攻撃可能である」
「よし。その際の攻撃目標だが……三十体のゴーレムのうち、一つの個体がリーダー格に見える。そんな気がしないか?」
ユウキは石落としの隙間から見えるゴーレムの一体を指さした。
アトーレはその個体をしばらく観察するとうなずいた。
「ふむ。この個体は他の個体に先んじて動いている。つまり……ネクロマンサーはこのリーダー個体を操縦し、他の個体はリーダー個体に同調して動いているのかもしれぬな」
「なるほどだべ! リーダーだけを操作することで、ゴーレムの操縦にかかる魔術的コストを引き下げているんだべ!」
「とすれば、リーダー個体の制御権を奪うことで、ゴーレム部隊全体の制御権を奪うことが可能かもしれぬ。そういう作戦であるか? ユウキ殿」
「ああ……そこまでうまくいかなくても、ゴーレム部隊に混乱をもたらせるかもしれない」
「あいつらが混乱したら……その隙に私が頑張る!」
ゾンゲイルは背負った鎌の柄を握りしめた。同時に家事用ボディが皆にお茶のおかわりをついでまわった。
そのとき司令室にシオンが駆け込んできた。
「見つけたよ! エグゼドスの蔵書の中にこれを!」
シオンが振り回している本の革表紙には、『死霊術の秘訣』というタイトルが箔押しされていた。
シオンは『死霊術の秘訣』を防衛室の祭壇に広げて勢いよくページをめくると叫んだ。
「『他者の被造物の支配権を奪うために』というトピックがあるよ! 読んでみるね……」
「どうだ? 『ゴーレム乗っ取り』、やれそうか?」
トピックを読み終えたシオンはうなずくと、投槍を右手に持ち、左手で祭壇の魔術書をめくりながら呪文を唱えた。
「……命を持たぬ質料よ、僕の命令に従え。このクリスタルを打ち込まれた万能肉よ、この僕こそが主人であると知れ。僕はタワーマスター・シオンだ!」
瞬間、闇の塔からシオンへと大量の魔力が流れ込み、それが複雑な幾何学模様を取りながら蒼水晶へと流れこんでいった。
いまだ残る和合茶の効果……超感覚的知覚によってユウキはそれを見た。
さらに塔の魔力が勢いよく蒼水晶に流れこむにつれ、各メンバーのオーラも戦闘前の興奮によってか眩しく輝き外に向かって膨らみはじめた。
その命ある光に包まれてユウキはうなずいた。
「やるぞ」
ゾンゲイルが皆の手からお茶のカップを回収した。
作戦が始まった。
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