第6話 下着/インターネット/風呂

 完成したゾンゲイル・ミニボディはとてもかわいらしかった。


 美しきゾンゲイル・街訪問用ボディが、ガチャガチャの景品にありそうなミニフィギュアサイズにデフォルメされている。


 メイド服を着ており、彩色までされている。


 フィギュア趣味なんてものは持っていなかったが、所有欲がくすぐられた。


 工作を終えたシオンは疲れたのかで作業台でぐったりしていた。


「あとは任せたよ」


「任せて」


 ゾンゲイルとユウキは七階の転移室に向かうと、WiFiルーターをこちらの世界に引っ張り出す作業を始めた。


 まず五センチのポータルにゾンゲイル・ミニボディを押しこむ。


 ミニボディはノータイムで向こう側に着いた。


 ソーラルと塔を繋ぐポータルは行き来に時間がかかるが、オレの部屋と塔を繋ぐこのポータルは微妙に違うシステムで動いているのかもしれない。ユウキはそう推理した。


 その傍らで、ゾンゲイルは目を閉じてミニボディの操縦に集中している。


「わあ……ここがユウキの部屋なのね」


「見えるのか?」


「このミニボディ、少しだけ五感があるから」


 ポータルの向こうで、ミニボディはキョロキョロと左右を見回すと、ふいにベッドに向かって走りだした。意外に運動性能が高い。


 と、ミニボディは大きく跳躍すると部屋の奥のベッドに飛び乗った。


 こちら側のゾンゲイルの顔に笑みが広がっていく。


「な、何してるんだ?」


「整えるの。ユウキのベッド」


 ミニボディは毛布の中に潜り込むとベッドメイキングを始めた。


「…………!」


 ユウキは衝撃を受けた。


 家族以外の人を自室に招くのはこれが初めてであり、それだけでドキドキしているのだが、その上ベッドに潜り込まれるとは。


「いや?」


「なんか……恥ずかしいんだが」


「大丈夫。私、ただの人形だから」


 そう言うとゾンゲイルは顔を紅潮させながら、ミニボディでベッドを美しく整え、さらにユウキの部屋を探索しまくった。


 なんだか鼻息が荒い。


 初めての異世界ということで興奮しているのだろうか。


 引き出しの中に入ったり、タンスの中に潜ったりしている。


「凄い……ユウキの私物……こんなに一杯……!」


「そ、そこは下着……」


「気にしないで。私、人形だから!」


 ミニボディはタンスの中からユウキのパンツや下着を次々と外に放り出した。


 かと思うとそれを一枚ずつ丸めて、ポータルに引きずって放り込んできた。


 壁に開いた五センチの穴から続々とユウキの下着が出てきた。


 代えのパンツや靴下やTシャツ……大いに助かるところではある。


 かなり恥ずかしいが……。


 そんなユウキの葛藤をよそにゾンゲイルは恍惚とした声を発した。


「うれしい……これで衣食住の衣もお世話できるのね」


 その後、ミニボディはユウキの部屋をひと通り探検してから、WiFiルーターをこちらの部屋に引き込んでくれた。


 そしてユウキの部屋を元通りに片付けてから、こちらの世界に戻ってきた。


 ポータルから出てきたミニボディをユウキは手のひらで受け止めた。


 ゾンゲイルがミニボディの操縦をやめると、それはユウキの手の上で硬化し、フィギュア状に固まった。


「どうするんだ、これ」


「ユウキにあげたい。いや?」


「…………」


 正直、欲しい。


 だがこんなかわいいフィギュアをもらってしまったら、ゾンゲイルを人形扱いすることが加速しやしないか。


 それは彼女の人権を無視することに繋がりやしないか。


 だが……。


 ゾンゲイルは恥ずかしそうに視線を落とすと呟いた。


「そのミニボディを見て、私が人形だってこと、いつも思い出してほしい」


「…………」


「そして、私のこと……もっと人形あつかいしてほしい」


「…………」


 ユウキは曖昧にうなずくとミニボディを受け取った。


 *


 ユウキは自室でスマホいじりを再開した。ネットに常時接続されているため、いつでも見たいものがすぐに見れる。


 その快適さによって、魂力のチャージスピードがわずかに向上した気がする。

 

 一方、ゾンゲイルは忙しく塔の物理的修復を続けていた。六階の壁の穴はほぼほぼ塞がったそうだ。


 夕方、彼女は星歌亭でライブするためソーラルに出かけていった。


 塔は今日、明日にでも崩れるかもしれない。だが、崩れない場合、食費が必要である。


 ミスリル代として多くが差し引かれるものの、ライブするごとに星歌亭から幾ばくかの給金がゾンゲイルに支払われる。

 

 その給金が本日の夕食のために必要なのだ。塔の物理的維持と、住民の衣食住は、ゾンゲイルの双肩にかかっていた。


 ソーラルに向かう前、彼女はユウキの部屋にやってくると言った。


「お願いがあるの」


「ん?」


「私に……命令して。『お金、稼いで来い』って」


「……お金を稼いで来い」


「もっと強く」


「か、金を稼いで来い!」


「うれしい……!」


 ゾンゲイルは恍惚とした表情を見せると、軽やかな足取りでソーラルに向かった。


 一方、シオンは特にやることがないようだった。


 枕元にゾンゲイル・ミニボディが飾られたベッドでユウキがスマホをいじっていると、シオンがやってきてまた辛気臭い話を始めた。


 魔力が無いために何もできないとのことだ。ゾンゲイル家事用ボディの修復もままならないそうだ。


 やることがないと人の心は暗く落ち込んでいくようだ。


 シオンの口から、もう何度も聞いたような暗い言葉が発せられる。


『終わりが近い』とか、『この状況は僕のせいだ』とか、『償いに僕はなんでもするよ』とかいう湿っぽいセリフが連発される。


 うんざりしたユウキはスマホから顔を上げると言った。


「お前な……何か楽しいことでも探してこいよ」


「楽しいこと? ふふっ、それは僕にとってはなにより魔術の研究だね。でも魔力が無いからそれはできないんだ……魔力が回復するまで、僕には何もできないんだよ」


「今のお前にできることを探せよ」


「…………」


 シオンはうつむいて部屋から出ていった。


 ユウキは若干の罪悪感を覚えた。


 冷たくあたりすぎたかもしれない。


 だが結局、ユウキはまたスマホに顔を戻すとその画面をいじり続けた。それが今のユウキにできる最大限に楽しいことだった。


 *


 夜、塔の外から巨大カエルのゲコゲコという鳴き声が聞こえてきた。


 ユウキは松葉杖をついて塔の外に出ると、カエルにくわえられて迷いの森の奥の沼地に向かった。


 そこで今夜も精霊と会い、自然エネルギーをチャージしてもらい、塔に送り返してもらった。


「…………」


 塔の前で巨大カエルから吐き出されたユウキは、足の痛みがかなり引いていることに気づいた。


 毎夜注入されている自然エネルギーのおかげか、だいぶ治ってきたようだ。


 腫れも引いている。


 そう言えば何かの本で、骨折の炎症が引いたあとは入浴、部分浴などで血行を良く保つことが大事と読んだ気がする。


 風呂か……。


 入れるものなら入りたい……。


 カエルの粘液で体中ベトベトである。


 洗ってさっぱりしたい。


 だが塔の裏の風呂に入るには重労働が必要になる。


 川の水を汲んで、焚き火をして石を焼き、水を温めなければならない。


 だいぶ足が治ってきたとはいえ、そんな重労働は到底できない。


「はあ……」


 ユウキは風呂を諦めて塔に戻ろうとした。


 だが……。


「……ん?」


 塔の裏から焚き火の煙が漂ってきていた。


 もしかしてゾンゲイルがソーラルから帰ってきて、気を利かせて風呂を沸かしてくれたのかもしれない。


 ユウキは塔の入り口に立てかけておいた松葉杖を拾うと、雑草の藪をかきわけ、塔の裏手に回った。


 しばらく歩いて藪を抜けると、野天風呂の脇で赤々と燃える焚き火が見えた。


 野天風呂からはもうもうと濃い湯気が立ち上っていた。


「おお……!」


 風呂だ。


 ありがたい……。


 ユウキは巨大カエルの粘液でベトベトの作業着を脱ぐと、折れた足が湯船に浸からないよう注意しつつ風呂に入った。


「ふあー……」


 思わず声が漏れる。


 とんでもなく気持ちいい。


「……最高かよ」


 星明かりの下、ユウキは手足を伸ばしてくつろいだ。


 だが……。


 そのときだった。


 ふと前方を見ると、ユウキの対面、湯気の向こうに人影が見えた。


 何者かが裸で風呂の石組みに腰掛けていたのだ。


 ……誰だ?


 あたりは暗く、湯気も濃いため、よく見えない。


 だがとりあえず謝っておこう。


「す、すまん。誰もいないと思って。すぐ出る」


「い、いいんだ」


 その声は……。


「シオンか?」


「う、うん。僕だよ……」


 なんだ。


 安心した。


 シオン……最近、妙にかわいく見えるときがあるがしょせんは同性である。


 そもそもシオンと一緒に風呂に入ることは、戦闘前に約束していたことでもある。


 今、ほぼほぼ真っ暗な野天風呂にシオンと裸で二人きりであるが……別に何の問題もないことである。


 ユウキは再び湯船の中でくつろごうとした。


 その正面、湿った暗闇の奥で、焚き火に赤く照らされたシオンが上体を湯船に沈めた。


 水面が波立ちユウキの肌をくすぐった。


「…………」


 別に何の問題もない。


 そのはずだったが……なぜかユウキは心臓の鼓動が早まっていくのを感じた。


 ユウキは野天風呂の湯気に包まれてごくりと生唾を呑み込んだ。

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