第4話 戦闘準備
シオンは『叡智のクリスタル』の機能をユウキに簡単に説明すると、暗黒戦士と共に司令室をを出ていった。
その後ろを、ゾンゲイルの家事用ボディが床を揺らしながら付いていく。
「あっちの家事用ボディを操縦したまま、こっちの体を動かせるのか?」
ユウキは室内に残っているゾンゲイルに聞いた。
ゾンゲイルは家事用ボディを遠隔操縦中のためか、目が虚ろである。
「難しい。でも頑張ってみる」
そう言うとゾンゲイルも扉に向かって歩き出した。
遠隔操縦に気を取られているためか、いつもよりふわふわした足取りである。
「階段、転ばないよう気をつけろよ」
「ええ……うっ」
ゾンゲイルは背中の鎌を出口に引っ掛けて転びそうになった。
ラチネッタが駆け寄った。
「ゾンさん、大丈夫だべか! おらが下まで送ってくべ」
ゾンゲイルはラチネッタにサポートされつつ部屋を出ていった。
「さて……」
ユウキは司令室を見回した。
さきほどシオンにこの部屋の使い方を簡単に教えてもらったが、本当に使いこなせるのか、はなはだ疑問だ。
戦闘が始まるまでにひと通り使えるようになっておかなければ。
ユウキはとりあえず、まずはテレパシー機能を試してみることにした。
祭壇に向かい、その上に拡張現実的に表示されているシオンのアイコンに意識を向けて声をかける。
「シオン、聞こえるか?」
「うん。よく聞こえる。僕たちは今、階段を早足で降りてるところだよ」
次は暗黒戦士のアイコンに声をかける。そのアイコンはシオンのものと同様、塔と重なって表示されているので、まだ塔内にいることがわかる。
「アトーレ、聞こえるか?」
「な、なんと……ユウキ殿の声が直接、我の心に響いてくる。なんと恐るべき秘術か……」
「言っておくけどオレの力じゃないからな。『叡智のクリスタル』の力だからな」
ユウキは次に視覚共有機能を試してみることにした。
まず先程と同様、テレパシー機能でラチネッタに繋がる。
「ラチネッタ、聞こえるか?」
「ゆ、ユウキさんの声が聞こえるだ! 凄いべ!」
この状態でラチネッタのアイコンをクリックする。
すると、司令室の壁面ディスプレイに彼女の主観的な視野が表示された。
闇の塔の階段が、グラグラと揺れながら表示されている。たまにゾンゲイルの揺れる髪なども映る。
「ちょっとゾンゲイルを見てくれ」
「こうだべか?」
第六クリスタルチェンバーの壁面に、ラチネッタの視野から見えるゾンゲイルの横顔が大映しになった。
家事用ボディの遠隔操縦に気を使っているためか、眉間にしわを寄せている。
だがそんなところも魅力的だ。
(いやいや、そんなことをしてる場合じゃない)
ついゾンゲイルに見とれてしまったが、他にも準備すべきことはいろいろある。
ユウキは視覚共有機能を切ると、祭壇のセッティングを始めた。
まず祭壇の前に椅子を置く。
ずっと立ち仕事していると疲れて集中が切れるかもしれない。
楽に仕事できる環境は大事である。
オレはコンビニの店員さんにも座ってほしいと思っている男だ。
無駄に立ち続けて疲れることはない。
ユウキは椅子に座ると一息ついた。
「ふう……」
それから各戦闘員のスキルの調査を始めた。
「あのさあシオン。お前は何の技が出せるの? 今後の戦闘に備えて知っておきたいんだが」
ちょうど今、塔を出たところらしいシオンに聞いてみる。
「ふふっ。僕の技はとても多彩だよ。簡単なものから教えてあげよう。まず『炎の矢』というものがあってね」
「日が暮れそうだな。ちょっと心の中でざっとお前が持ってる技をひと通り想像してみてくれ」
「うん。わかったよ……『叡智のクリスタル』のイメージ共有機能を使うつもりだね。行くよ……」
「ああ」
叡智のクリスタル経由で、シオンの心の中のイメージがユウキの心にダイレクトに送り込まれてきた。
ユウキの脳裏にシオンの心的イメージが走馬灯のように高速で駆け巡る。
炎の矢や、手から扇状に発せられている炎や、雷を呼び寄せているイメージや、その他諸々の攻撃的な魔法の映像が大量にユウキの心の中に流れ込んでくる。
ユウキはスキル『半眼』『想像』『集中』を使ってそのイメージを理解し、分類しようとしたが、シオンが持つ魔法の技は本当に多彩で圧倒された。
そのときナビ音声の声が脳裏に響いた。
「スキルの分類、私が手伝いましょうか?」
「そんなことできるのか?」
「情報処理は得意です」
「それなら頼む」
瞬間、ナビ音声がシオンから送られてくる魔法の技のイメージを、ユウキの脳裏で的確かつ高速に分類しはじめた。
さらにナビ音声はユウキの精神経由で『叡智のクリスタル』と繋がると、分類された魔法のイメージを祭壇上にアイコンとして配置していった。
「おお! こんなことができるのか」
「このクリスタルは簡単なコンピュータのようなものなので、私が簡単に介入できます」
「これは見やすいな。これが炎系魔法で、こっちが雷系魔法か」
ナビ音声は魔法の系統や消費魔力順にアイコンを並べ終えると言った。
「このスキルアイコンをクリックすることで、『そのスキルを使え』という指示を戦闘員に送ることができます。そのようにセッティングしてみました」
「まじかよ。めっちゃ便利じゃないか!」
「また、スキルアイコンをターゲットにドラッグアンドドロップすることで、その『ターゲットに向けてスキルを使え』という指令を送ることができます」
試しにユウキは『炎の矢』のアイコンをクリックし、塔の前の雑草に向けてドラッグアンドドロップしてみた。
シオンから抗議の声があがった。
「『炎の矢を雑草に向けて撃て』だって? 戦闘も始まっていないのになんでそんなことしなきゃいけないんだ。ターゲットが僕の視界に表示されてわかりやすいけど、ふざけるのはやめてほしいな」
どうやらアイコンをクリックすると、ユウキの声と拡張現実的なイメージによる指示が、戦闘員に送られる仕組みになっているらしい。
ユウキはシオンに謝ってから、他の戦闘員のスキルも調査していった。
それによりとりあえず、シオン、アトーレ、ゾンゲイル家事用ボディ、この三者のスキルをアイコン化して祭壇に並べることができた。
特に、今回の戦闘で役立ちそうなスキルアイコンを祭壇の中央に寄せ、指示しやすいようセッティングしておく。
「樹木の妖魔が相手ということは、シオンはやはり炎系の攻撃魔法がメインだろうな」
ユウキの脳裏でナビ音声がうなずいた。
「火力と消費魔力から判断して、『火の玉』が使いやすそうです」
「でもこの『火の玉』は発動スピードも飛翔スピードも遅いみたいだぞ。そうか……暗黒戦士の『暗黒の蛇』と、ゾンゲイル家事用ボディの『体当たり』によって、樹木の妖魔の動きを止めればいいのか」
ユウキはスキル『戦略』を発動し、まもなく始まる戦闘を脳内で忙しくシミュレートしていった。
同時に、戦闘員三人に、配置についての指示を送る。
「シオン、アトーレ、家事用ボディは、塔の北、この矢印の方向に向かってくれ」
「なんと……我が視野に直接、目的地を示す矢印が表示されるとは……」
「ふふっ、やるじゃないかユウキ。『叡智のクリスタル』を使いこなせているみたいだね」
「だいたいナビ音声のおかげだがな。ラチネッタは南に向かってくれ」
「わかっただ! 矢印が見やすくて助かるだ」
ラチネッタの現在地を表すアイコンが塔から急速に遠ざかっていった。どうやら駈け出したらしい。
「ゾンゲイルは東に向かってくれ」
「私も走る」
「転ぶなよ」
「平気。二体同時操縦に慣れてきたから」
ゾンゲイルのアイコンもなかなかの速度で東に向かって移動した。
ビルほどもある高さの雑草の藪の中を各員が通り抜けていく。その際のガサゴソという音も叡智のクリスタルの力によって司令室に伝わってくる。
その間、ユウキはこれから三方から襲来するであろう樹木の妖魔に記号を割り振っていった。
「北から来る樹木の妖魔をA、東から来る樹木の妖魔をB、南から来る樹木の妖魔をCと呼ぶからな」
各員から了解の返事が上がった。
やがてゾンゲイルは雑草の藪の東端に到着した。
ユウキは彼女に草刈りの指示を出した。
草を刈って道を作り、その中に樹木の妖魔を誘い込むのだ。
と言っても、魔力を吸い取る雑草に対する樹木の妖魔の反応は未知である。
どのような道を作ればいいのか、正解は誰にもわからない。
結局、ユウキは手慣れたタワーディフェンス・ゲームの要領で、ゾンゲイルに草刈りの指示を出していった。
塔の東、雑草地帯の東端、まずそこに広めの空間を作る。東から進撃してくる樹木の妖魔がその空間に吸い込まれるように。
さらにその空間から塔の南方へとゆるやかに蛇行する道を作る。
ユウキはそのような指示を祭壇を通じてゾンゲイルへと送り込んだ。
すでに家事用ボディは塔の北、樹木の妖魔Aの迎撃予定地点に到着し、そこでシオン、アトーレと共に歩みを止めている。
そのため今、ゾンゲイルは草刈りに全力を注ぐことができた。
ゾンゲイルは背中のホルダーからミスリルの鎌を取り出すと、やにわに風車のように回転を始め、凄まじい勢いで草刈りをしていった。
見る見る間に雑草地帯の東端に広場ができ、さらにそれが塔の南側へと弧を描いて伸びていく。
そのときだった。
雑草の藪の南端に着いたラチネッタの声が司令室に響いた。
「砂煙が見えるべ!」
ユウキはラチネッタの視野を第六クリスタルチェンバーの壁面に映した。
夕暮れ空にもうもうと砂煙が立ち上っている。
ユウキは『叡智のクリスタル』の力でラチネッタの聴覚を呼び出し、彼女が今、耳にしている音を司令室に響かせた。
「…………!」
ずしーん。
ずしーん。
大地が揺れる重低音がユウキを震わせる。
塔も実際に物理的に震えはじめた。
砂煙の上を多くの鳥達が飛び立って逃げていく。
その下に……見えた。
とんでもなく巨大な樹木の妖魔の威容が。
「ま、まじかよ……」
思わずユウキは唸った。
暗黒戦士の声が司令室に響いた。
「……我、目視にて見敵せり。我らが迷いの森で見た個体に比べ、敵は十倍近い大きさである」
「でかすぎるべ! 山みたいだべ! あんな化け物、どうしようもないべ!」
作戦を立て、皆で準備した。
それによって生まれたイケそうな雰囲気が一瞬で蒸発するのをユウキは感じた。
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