第10話 しばしの休息/異次元電車

 左右の壁に巨大なレリーフが飾られた大伽藍の奥で、今、ポータルは青白い光を発していた。


「せ、成功だ! ポータルの起動に成功したんだ!」


 思わずユウキはラチネッタと手を取り合って喜んだが、このあともやるべきことは山積みだ。しかも急がなければならない。


 ユウキはひとつ咳払いをするとラチネッタから離れ、エレベーターを探した。


 さきほどエグゼドスの残留思念が指さしたカーテンをめくってみると、確かにその奥にエレベーターらしき設備があった。


 鉄柵によって閉ざされた竪穴のシャフトが天井を突き抜けて、遥か遠くへと続いている。


「ええと、操作は……これか」


 鉄柵の脇に操作盤があり、魔法の明かりが灯っている。動きそうだ。


 ユウキは石版で星歌亭のゾンゲイルとアトーレに連絡を入れた。


「エレベーターを動かしてみる。でもまずは安全確認したいから、まだ物置には入らないでくれ」


 そう伝えてから操作盤を触ってエレベーターを動かしてみる。


「……おっ。来たぞ」


 しばらくすると竪穴のシャフトを降ってエレベーターのかごが到着し、鉄柵が開いた。


 かごの内部を覗くと、そこにはモップや掃除用具が置かれていた。確かに、エレベーターのかごは星歌亭の物置そのものであった。


「よし……どうやら安全に動くらしいな……それじゃ、ラチネッタはこれに乗って街に帰ってくれないか。迷宮探索の続きはまた今度にしよう」


「なんでだべ?」


「説明してなかったっけ。俺はこれから戦闘員たちとポータルを通って闇の塔に行く。そんでもって、そのあとものすごく危険な戦いをすることになるんだ」


「お、おらも手伝いたいべ!」


「なんで?」


「理由はいろいろあるべ。まずは村を代表して闇の塔のご主人さ謝りたいべ。おらの先祖がお宅のクリスタルを盗んでどうも申し訳ないですと」


「…………」


「それに……おらが念願の迷宮探索できたのも、いきなり第二フロアくんだりまで降りてこられたのも、何もかもユウキさんのおかげだべ。微力ながら今度はおらが手伝うべ!」


「言っとくけどな、まじで危険だぞ」


「大丈夫だべ。おらには俊敏な身のこなしとこの指輪があるべ」


 ラチネッタは『大盗賊ミカリオンの指輪』をユウキに見せた。


 確かに……邪神との戦いでさえ有効だったらしいそのアーティファクトがあれば、身を守ることはできそうである。


「わかったよ……でも本当に危険だから気をつけろよ」


「気をつけるべ! 早く行くべ!」


「ちょっと待ってくれ。まずエレベーターを星歌亭に戻して……よし、ゾンゲイル、アトーレ……物置に入ってくれ」


 そう星歌亭の二人に石版で連絡を入れ、安全に気をつけながら、再度、操作盤を触ってかごを呼び下ろす。


 しばらくしてエレベーターは第二フロアの大伽藍、レリーフ室に到着した。


 まず大鎌を背負ったゾンゲイルが降りてきた。


「ユウキ!」


 ゾンゲイルはユウキに走って抱きついてきた。ラチネッタは素っ頓狂な声を上げた。


「な、なんだべこの人は……なんという美しい人だべ! おらはたまげただ!」


「誰? 別に私、美しくなんて……」


「美しいべ! おらはあまたの美しいものを見てきたべ。んだども、こったら美しいものは見たことがねえべ!」


 ゾンゲイルは顔を赤らめた。


 ラチネッタはうっとりとした瞳でゾンゲイルを見つめながら自己紹介した。


 と、そのとき重い金属音を響かせながら、完全武装したアトーレがエレベーターから降りてきた。


「あ、暗黒戦士だべ! ひええええええええ!」


 ラチネッタはユウキの影に隠れた。アトーレはユウキに向き合った。


「ユウキ殿の求めに応じて参上した。死力を尽くし敵を討たん」


「お、おう」


 いい感じに暗黒が溜まっているのか、禍々しいオーラが全身から立ち上っている。


 と、そこにゾンゲイルが割って入った。


「ユウキに馴れ馴れしく話しかけないで。もっと距離を取って」


「承知した。ゾンゲイル殿」


 アトーレは数歩遠ざかったが、ラチネッタはユウキの影に隠れてガクガクと震え続けていた。


「ひえええ……」


「大丈夫かな……これ」


 このメンバーの人間関係がこの後どうなっていくのか。

 

 かなりの不安を覚えたが……とにかく時間が無い。


「行くぞ。あっちだ」


 ユウキは一行を率いてポータル前に移動した。


 今、目の前でポータルがこの世のものならぬ光を発している。


 数歩、前進しポータルをくぐればそこは塔の最上階……そのはずだ。


「じゃあ……くぐるぞ!」


 一行はポータルをくぐった。


 しかしポータルの向こうは闇の塔の最上階ではなかった。


 ポータルの向こうは電車だった。


 *


「なんだここは? で、で、電車……だと?」


 ポータルをくぐった先にあったのは、ユウキの元の世界を走っている電車そっくりな構造物の内部だった。


 四人をそこに吐き出すと、ポータルは一瞬で閉じ、姿を消した。


 電車らしき構造物の天井からはつり革がぶら下がっており、長椅子が向かい合って並んでいた。


 どことなく夕方を思わせる赤っぽい光線によって、車内はまったりと照らされていた。


 ただし窓の外は完全なる漆黒で何も見えない。隣の車両へと続くドアも無い。


 また、ぶーんと唸るようなかすかな振動が床下から伝わってくるのだが、線路を走るガタンガタンという音や揺れは無い。


「ユウキさん! ここは一体なんだべ?」


「ここは一体……我らは闇の塔に向かうのではなかったのか?」


「ユウキ、私の後ろに隠れて!」


 ゾンゲイルがユウキを背後にかばった。


 暗黒戦士が背中の大剣に手を伸ばした。


 ラチネッタは指輪に触れた。


 だが……そのときだった。


 電車のスピーカーから合成音のような淡々とした声が流れた。


「安心してください」


「なにやつ!」


 暗黒戦士は暗黒剣の柄を握りしめた。


 スピーカーからの声が答えた。


「私はポータルを維持、運用している者です」


「なぜ我らをここに閉じ込めた?」


「ポータル間の移動は一瞬で終わります。ですが、皆さんの主観的には十分ほどの時間がかかります。この乗り物は、その主観的な体験を心地よく過ごしていただくためにデザインされ容易されたものです。飲み物などはありませんが、おくつろぎください」


「…………」


 三人はユウキを見つめた。


「まあ……そういうことなら……大丈夫なんじゃないか、くつろいでも」


 ユウキはゾンゲイルの背後から抜け出した。


「ユウキ! 気をつけて!」


「大丈夫……きっと……」


 おずおずと長椅子に腰掛けてみる。


「うん。座り心地はいい。まるで……電車そのものだ」


 しかし長椅子に座ったユウキを守るようにゾンゲイルが庇って立った。その隣に暗黒戦士も立ち、暗黒剣の柄に手をかけ周囲を強く警戒した。


 だがラチネッタはユウキの隣に腰を下ろした。


「お、おら、くつろぐだ!」


「そうだな……大丈夫みたいだぞ。皆、一休みしよう」


 実際、ユウキには急速が必要だった。


 今日は朝から死ぬほどハードだった。


 朝からハードなナンパの訓練をし、その後にアトーレとのハードな交渉をした。


 その後、人生二度目のバイトに勤しみ、さらにその後に迷宮探索をし、その果てに見ず知らずの伝説の魔術師に圧迫面接されるという体験を経てここにいるのだ。


 ユウキはぐったりと長椅子にもたれた。


 ラチネッタもバイトと迷宮探索で疲れきっているのか、ユウキの左肩にもたれかかるといきなり寝息を立て始めた。


 暗黒戦士が言った。


「ゾンゲイル殿もユウキ殿の隣に座られよ。我はこちらで見張りを務めているゆえ」


 暗黒戦士は暗黒剣を膝の間に抱え、正面の長椅子にどっしりと腰をおろした。


「…………」


 ゾンゲイルはユウキの隣におずおずと腰掛けると、強く距離を詰めてきた。ぎゅっと密着感が高まる。


「…………」


 やがてゾンゲイルはラチネッタと同様、ユウキの肩に持たれて寝息を立て始めた。


 正面の長椅子に座る暗黒戦士の顎もがっくりと落ちた。


 アトーレも寝落ちしたらしい。


(よし、オレも寝るか……)


 ユウキは目を閉じた。


 しかし……疲れているというのに目が冴えており、どうしても眠ることはできなかった。


 しかたないのでスマホで暇つぶしをする。


 音楽制作アプリは……今は触るつもりになれない。


 昔ハマったことのあるタワーディフェンスゲームがあったのでなんとなく起動して、何面かプレイしてみる。


 だがすぐに飽きてしまう。


 再度、眠ろうと目を閉じても気持ちはたかぶるばかりだ。


「…………」


 それもそのはずである。


 今朝方、会って数分で情事におよびかけた美少女、アトーレ。


 つい先程、薄暗い地下迷宮で互いの肉体を弄りあったかわいい猫人間、ラチネッタ。


 さらに半径五メートル以内にいるだけで脳がおかしくなりそうなグラマラスな魅力を発する人造人間、ゾンゲイル。


 この三者に囲まれどうして眠れようか。


 しかもさきほどからゾンゲイルの柔らかな乳房がずっと二の腕に押し付けられている。ラチネッタのしなやかで温かな肢体もからまるほどに密着している。


 ユウキは各種スキルを駆使して心を落ち着けようとした。


 しかしどうしても落ち着くことはできなかった。


 むしろギンギンに興奮していくばかりであった。


 しかもこの空間に入って十分どころかもう二十分は経っていると感じられる。なのに、一向にこの電車は目的地に着く気配はなかった。


(おかしいぞ、どうなってるんだ?)


 頭や各所に血がのぼり、もう一刻も同じ体勢を維持していられなくなったユウキは長椅子から立ち上がった。


 ゾンゲイルとラチネッタは目を覚まさず、互いにもたれかかって斜めになって寝息を立て続けた。


 暗黒戦士は暗黒剣を握りしめたままずるずると崩れ落ちるように長椅子に横になっていった。


 そんな中、ユウキだけはギンギンに興奮した状態で電車内をうろついている。


 数度、皆の頬をペチペチ叩いてみたり、強く揺さぶってみたりしたが、各員は魔法にかけられたように眠り続けている。


(どうなってるんだ? なんで皆はこんなに気持ちよさそうに寝ているんだ? ま、まさか……オレたちは何かの罠にかかってしまったのか?)


「おーい! どうなってるんだー?」


 叫んでみたが、どこからも誰からも返事はない。


 ただ電車にはかすかな振動音と皆の気持ちよさそうな寝息が響いているだけである。


 だんだん不安になってきたユウキは上下左右を見回し、右往左往した。


 他の車両へのドアはない。


 窓も開かない。


 と、そのときだった。


 長椅子の下を覗きこんだユウキは、そこに非常ボタンらしきものを発見した。


 迷うことなくそのオレンジ色のボタンを押してみる。


 瞬間、電車の天井に非常口らしき穴が開き、上から金属製のハシゴが音を立てて降りてきた。


「な、なんだこりゃ……非常ハシゴか? よくわからないが……昇ってみるか」


 ユウキはハシゴに手足を掛けた。

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