第288話 練乳白玉抹茶小豆
文化祭に協力してくれた関係先へのお礼参りをして、文化祭の後始末もほぼ終わった。
文化祭が終わった校内には、相変わらず気が抜けたような雰囲気が漂っている。
生徒も教師も、終始、ぼーっとしていた。
みんな、このまま
放課後の部室では、文化祭実行委員のみんなとちゃぶ台に集まって、花巻先輩が用意してくれたおやつの練乳白玉抹茶小豆かき氷を食べていた。
先輩は、北海道から取り寄せた小豆を煮込むところから始めて、氷屋さんから買った特大の氷の塊からかき氷を作ってくれた。
ほくほくとした粒あんがとろけるように甘くて、抹茶の爽やかな苦みが際立っている。
昔ながらの手回しのかき氷器で掻いた氷は、舌の上で一瞬で溶けるくらいふわふわだ。
もちもちでぷりっぷりの白玉は、噛んでるとそこはかとない甘みが無限に染み出してきた。
かき氷を食べられない文香は、氷の塊を砲塔の装甲の上に載せて、涼を楽しんでいる(真夏の太陽を浴びた灼熱の装甲で、氷は一瞬で溶けちゃったけど)。
「皆のおかげで今年の文化祭は大成功だったわけだが……」
そこまで言って、花巻先輩の瞳がキラリと光った。
かき氷のスプーンをちゃぶ台に置く先輩。
「ここは一つ、夏休みに皆で、反省会という名の『お疲れさん旅行』に出ようではないか!」
花巻先輩が声高らかに言う。
先輩の言葉に、みんながカッと目を見開いた。
「来年の文化祭に向けて、鋭気を養おうではないか!」
おおおl! ってみんなが手を掲げる。
文香も砲塔を空に向けた。
「文化祭の収支も上々で、かなりの額を来年に以降に繰り越すこともできるし、我らが骨を折った対価として、少しくらい、この反省会という名の旅行に使わせてもらっても罰は当たるまい。委員のモチベーション維持も、文化祭の成功の秘訣でもあるのだし」
先輩が少し悪い顔をして言う。
「生徒会としては、そのような旅行を許可することは…………」
伊織さんが眉を寄せた。
ああ、伊織さんの立場からすれば、聞き逃せないのか。
こんなことがないように文化祭実行委員を監視するのも、伊織さんが生徒会から出向してる目的の一つだろうし。
「そのような旅行を許可することは、全然、ありだと思います!」
伊織さんが言った。
あれ?
「十二分に貢献したんですもの、少しくらい使っても構いませんよ」
伊織さんは悪戯っぽい笑顔をしている。
伊織さん、この文化祭実行委員会に出向して、花巻先輩に毒されたんだろうか。
でも、次期生徒会長候補は、規則を正確に守る堅物より、これくらい砕けてた方がいいと思う。
「どこに行くんですか? 山ですか? 海ですか?」
六角屋が訊いた。
「島だ」
先輩が答える。
「島?」
みんなの頭がハテナになった。
「知り合いが、無人島を購入して丸ごと別荘に改造しているのだ。そこには山もあれば海もある。他に誰もいないビーチもある。温泉も湧いている。骨休めにはぴったりの場所なのだ。それを我らに貸してくれるという。我らしかいない島でバカンスだ」
先輩の言葉に、みんなが「おおおっ!」って感嘆の声を漏らす。
島持ちの知り合いって、さすが花巻先輩、バックに付いてる人物が俺達とは全然違う……
「絶海の孤島って、なんか、事件が起きそうで面白そうですよね」
南牟礼さんが興奮している。
「島であれば、文香ちゃんも伸び伸びと過ごせるだろうしね」
今日子が言う。
確かに、周りが海の島だったら文香も気兼ねなく120㎜滑腔砲を撃てるだろう(気兼ねなく撃っちゃ駄目だけど)。
「だったら、新しい水着持っていかないとね」
伊織さんが言った。
だったら、新しい水着持っていかないとね。
だったら、新しい水着持っていかないとね。
だったら、新しい水着持っていかないとね。
大切なことだから心の中で三回念じておく。
「私は、新しい水着いいかな」
南牟礼さんが言った。
「んっ? どうして?」
伊織さんが訊く。
「だって、どうせ小仙波先輩、スクール水着が好きでしょ? だから私はそっちにします」
いや、その理屈はおかしい。
「それもそうか」
伊織さんが深く頷いた。
「いや伊織さん! 納得しないでください! 俺だってワンピースも、ホルターネックも、ビキニも、マイクロビキニも好きです! 大好きです」
思わず熱弁してしまった。
ちゃぶ台を囲んだみんなに笑われる。
「よし、それでは私は、他に誰もいない島ゆえに、全裸といこう!」
花巻先輩が言った。
先輩の言葉って、夢しかねぇ…………
おやつを食べ終えて、部室の居間でだらだらと過ごしたあと、夕方になって家に帰る。
いつも通り、文香の車長席に乗った。
「旅行、楽しみだね」
文香が言う。
「うん、思いっきり楽しもう」
俺は答えた。
だけど、その旅行に文香が参加することはなかった。
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