第286話 スカウト

 今日子が「はいっ!」って手を挙げた。

 手を真っ直ぐ上に伸ばして、目をキラキラさせてる今日子。

 今日子がこういう目をしてる時は何かを企んでいる。

 幼なじみの俺は、それを知っている。


 なんか、そこはかとなく嫌な予感がした。



「はい、それではそこの方。ステージにどうぞ!」

 文香が指名して、今日子をステージに呼び込む。


 うおおおおおおっ、ってグラウンド全体が盛り上がった。

 誰が最初に行くか牽制けんせいし合ってた中で、今日子がこの大告白大会の先陣を切ったのだ。


 夏服のセーラー服姿の今日子がステージに上がる。


 ステージの下で、六角屋が肩を竦めていた。

 六角屋は今日子に告白する気満々だっただけに、出鼻をくじかれた形になる。



「さあ、この大告白大会のトップバーッターとしてステージに上がってくれたあなた。お名前をお願いします?」

 文香が、砲身の先に縛り付けたマイクを今日子の口元に寄せて訊いた。


「はい、二年の源今日子です!」

 今日子が食い気味に答える。


 そこまでもまた、うおおおおおおおっってグラウンドが盛り上がった。

 今日子は少し照れた感じでみんなに向けて手を振る。


「それで、源さんはどうしてここに上がって来たんでしょう?」

 一応司会っていう立場だから、文香も他人行儀だ。


「源さんは、何を告白しに来たんでしょう?」

 文香が迫った。


「はい、私、実は…………」


 今日子はそこで間を取る。

 ちょっと悪戯っぽい顔をしてる今日子。


 グラウンドがしんと静まり返った。

 みんなが今日子の次の言葉を待っている。

 静かになったから、パチンパチンとキャンプファイヤーの薪が弾ける音が大きく聞こえた。


「実は私…………」

 今日子がそう言って俺のほうをチラッと見た。

 今日子、不敵に笑ってるようにも見える。


「実は私、アイドルになろうと思います!」

 今日子が言った。


 一瞬、今日子がなに言ってるか分からなかった。


 は?


 アイドル?

 アイドルって、、アイドル?

 歌って踊ってみんなを笑顔にする、あのアイドルのこと?


 今日子が、アイドルになるって?


「実は私、スカウトされちゃいました」

 今日子が言うと、少し遅れてグラウンドから、一際大きなうおおおおおおっ! て、地響きのような声が上がった。


 今日子は、言っちゃった、みたいな感じで可愛く舌を出す。


 いやマジか。


 確かに今日子は可愛いけど。

 改めて見ると、滅茶苦茶可愛いけど。

 もし今、今日子を初見だったら、俺、確実に一目惚れしてたかもしれないけど。


「私、この文化祭で佐橋杏奈ちゃんのステージにサプライズで出るために練習してたら、歌ったり躍ったりするのが楽しかったっていうか、目覚めたっていうか。実際、杏奈ちゃんと同じステージに立って、やりたいことが見えてきたって感じで…………そしたら、佐橋杏奈ちゃんの事務所の人が、うちに来ないって誘ってくれて」


 あのステージの裏で、そんな勧誘があったのか。

 っていうか、大手の佐橋杏奈ちゃんの事務所の人から誘われてるって、実は今日子、ホントにすごい奴なんじゃないだろうか。

 なにげに、ダイヤモンドの原石なんじゃないだろうか。


「私、実は、憎からず想ってた奴がいたんですけど、そいつ、私のこと全然女として見てくれなくて、私のこと全然振り向こうとしないから、そんなを見返してやろうと思って、私を相手にしなかったことを後悔させてやろうと思って、それも、アイドルになろうと思った一因です」


「へぇ、酷い人もいたものですね」

 文香が相槌を打った。


「ホントに酷い奴です」

 今日子が言って、文香と二人で頷き合っている。


 まったく、誰だよその「誰かさん」って……

 ホントに酷い奴だ。

 最低な奴だ。


「それでは、我が校から生まれる大スターになるかもしれない源さん。記念にここで一曲披露してもらっていいですか?」

 文香が言った。


「はい、喜んで。それではみなさん聞いてください」

 今日子がマイクを握る。

 同時に文香がオケを流した。


 杏奈ちゃんの曲を歌う今日子に、グラウンド全体が盛り上がる。


 この自然な流れ。


 もしかしたら、文香と今日子は、前もって打ち合わせしてたのかもしれない。

 後夜祭の前に六角屋が俺を呼び出したみたいに、今日子も文香に話をつけてたのかも。


 それにしても、今日子がアイドルって…………


 後でステージを降りたら、こっぴどく問い詰めてやろうと思う。



 そんなふうに今日子が先陣を切った告白大会は、その勢いのまま何人もがステージに上がって、大いに盛り上がった。

 結局、夜明け近くまで続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る