第274話 発言
「文香ちゃんをヒロインに?」
委員長の吉岡さんが、
雨宮さんが保健室に運ばれてしんと静まりかえった教室で、俺は、文香を代役に立てたらどうだろうって、提案したのだ。
普段、滅多に発言しない俺が口を開いたから、委員長もクラスのみんなも驚いている。
そして、俺が発言したこと以上に、その発言の内容にもっと驚いていた。
「文香ちゃんって、あの文香ちゃんだよね」
委員長が念を押す。
「もちろん、そう。文香は俺が裏でしてた
俺は言った。
それに、文香相手なら俺の方も緊張せずに演技できるんじゃないかとも思った。
もちろん、たくさんの人の前に立つ緊張からは逃れられないんだけど。
「文香ちゃんがヒロインに相応しいことは分かった。それに、彼女も立派に我がクラスの一員だから、代役をやるならその候補にはなるけどね。だけど小仙波君、文香ちゃんは講堂のステージに上がれないでしょ? 現実的にものを考えてね。もう公演まで時間がないの。実現不可能なことを論議してる暇はないから」
委員長が
母親が小さな子供を相手にするときの言い方だ。
そして、この話は終わり、って感じで俺から顔を背けた。
「それなら、場所を移せばいいんだよ」
俺はさらに提案する。
「えっ?」
不意を突かれた委員長が、もう一度こっちを向いた。
「確か、グラウンドのステージが空いてるはずだから、そこを使えばいいと思う。あそこなら広いから、文香も自由に動き回れる。大勢の観客にも見てもらえる。会場を講堂からグラウンドのステージに移して公演をしよう。場所の変更と使用の許可は、俺が取ってくるから」
グラウンドのステージは、文化祭のあとの後夜祭で司会の俺と文香が立つ予定で、土台も文香が上がれるくらいに強化して建ててある。
ステージの上で文香が走り回っても、超信地旋回しようとも、壊れる心配はないくらい頑丈だ。
会場の変更はイレギュラーなことだけど、こんな緊急事態だし、花巻先輩も許可してくれると思う。
なにより、この文化祭が盛り上がるんだからいいって言ってくれるに違いない。
変更に伴うお客さんの誘導とか警備の変更も、先輩が先頭に立って即座に動いてくれるはずだ。
「もちろん、講堂とグラウンドのステージでは勝手が違うから、大道具とかの調整も必要だけど、今から急げばなんとか間に合うんじゃないかな」
クラス全員で頑張れば、きっとなんとかなる。
これまでも、みんな徹夜続きでやってきたのだ。
この公演にたいする情熱は、誰もが持っている。
「それは、そうかもしれないけれど…………」
委員長はそう言いながら、空で考えていた。
戦車の文香と「美女と野獣」の公演をする。
野獣よりもたくましい外観をもった文香が、ヒロインをする。
文香は俺よりも格段に大きくて、体重が40トンを越えている。
絶対的な力の象徴である120㎜滑腔砲を正面に備えている。
その文香をヒロインに据える。
俺自身、自分で言っててわけ分かんないんだから、委員長が考え込むのも無理はなかった。
委員長の頭の中で、いろんな思考が渦巻いている。
「やろう!」
沈黙のなか、突然、教室のどこかから声が上がった。
「うん、やろう」
他からも声が上がる。
「そうだよ、せっかくここまで準備したんだもん、やれるならやろうよ!」
「文香ちゃんならやれるよ」
「彼女だってうちのクラスのクラスメートだし」
「さっそく大道具運ぼう」
「衣装は、どうしようか?」
「さて、もう一仕事するか」
あちこちから次々に声が上がった。
教室の中が一気に盛り上がる。
腕組みして、それをずっと聞いていた委員長。
「よし、やりましょうか」
委員長がそう言って腕組みを解いた。
委員長の眼鏡越しの目が、キラリと光る。
「さあみんな、やるとなったら急ぐよ!」
委員長が発破を掛けた。
「おー!」
って、みんなが拳を掲げる。
俺はすぐに、「部室」の花巻先輩に許可をもらいに走った。
自分で提案しておいて言うのもなんだけど、とんでもないことになったと思う。
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