第266話 攻撃

「冬麻……大変……ちょっと……き………」

 バンドの演奏や講堂を揺らす観客の大声援に交じって、スマホから途切れ途切れの声が聞こえた。


「冬麻……君……すぐ……来て…………」

 声の主は文香だ。

 途切れ途切れの声からも、その切迫した雰囲気は読みとれた。

 文香が、ふざけたり悪戯で俺を呼び出すことはないって分かってる。

 だとすれば、外でなにか大変なことが起こってるに違いなかった。


 俺はすぐに講堂を出る。

 講堂を何重にも取り囲む杏奈ちゃんのファンをかき分けて、文香の元へ向かった。



 グラウンドで文香は子供達の相手をしている。

 大勢の子供が文香の上に乗ったり、砲身にぶら下がったりして遊具と化していた。

 文香に遊んでもらって、キャッキャとはしゃぐ子供の声が響いている。


 文香は切迫した電話をかけてきたけど、こうして見る限り、なにか危機が迫ってる様子はなかった。

 グラウンドを見渡しても、どこかで騒ぎが起こってるようには見えない。

 お客さん達は昨日と同じで文化祭を楽しんでくれていた。

 グラウンドには、屋台から流れてくるイカ焼きの平和な匂いが満ちている。


「みんな、ちょっとゴメンね」

 俺は子供達に場所を譲ってもらって、砲塔上面のハッチを開けた。

 そのまま文香の車長席に入る。

 文香の中に入っていく俺を、子供達が羨ましそうに見ていた。


「どうしたの?」

 俺は車長席に座ると、すぐに文香に訊く。


「うん、あのね。なんか、不審なドローンが学校の周りを飛んでるの」

 文香が言った。


「不審なドローン?」


「うん。かなり大きくて、高性能なドローンが六機飛んでる。確かめてみたけど、今日、この周辺でドローンを飛ばす申請は出てないし、もちろん、自衛隊のものでも、警察のものでもないの。かなりの高高度を飛んでて、日本の航空法でドローンは150メートル未満を飛ぶことになってるんだけど、それも無視してるの」

 文香に言われて、以前、文香を狙ったと思われるドローンがここに飛んできたことを思い出す。

 そして、文化祭準備の時の停電も頭をよぎった。

 月島さんの話だと、あの停電はテロが疑われていたのだ。


「月島さんには連絡した?」


「うん。さっき連絡したら、外で警備してる自衛隊の人と連絡を取るって篠岡さんと出て行ったんだけど、それっきり音信不通なの。それで、冬麻君に電話したんだけど…………」

 文香が心細そうに言った。

 この前の停電騒ぎがあって、月島さんは文化祭の警備を厚くすることを約束してくれた。

 それなのに、その月島さん達と連絡がつかない?


「月島さん達と連絡が取れなくなったことと、そのドローンは関係があるのかな?」


「うん、多分」

 文香に言われて急に恐くなる。

 何者かが得体の知れないドローンを飛ばして我が校を囲んでいる。

 ここを守ってる月島さん達と意思疎通が出来ない。


 なにか起こってることは間違いなかった。

 それも、佐橋杏奈ちゃんのライブで、この「祭」が最高潮に達してる時を狙うようにして。


「私の判断で攻撃していいかな?」

 文香が言った。


「攻撃?」

 俺はそう繰り返してから、その意味を考える。

 「攻撃」って、あの「攻撃」?


「私、あのドローンが何かする前に撃ち落とせるけど」

 文香が言う。


 この平和な「祭」の中で、実弾を使った戦闘が行われる。

 そんな現実離れしたことが起きようとしている。


「ドローンがお客さんの上に落ちたりしない?」

 俺は恐る恐る訊いた。

 戦闘はあり得ないけど、あのドローンが何かしでかしてここにいる人達に被害が及ぶこともあり得ない。

 そうだとしたら、ドローンは排除しなければならない。

 今ここでそれが出来るのは文香だけだ。


「厳重にシミュレーションして、人がいない場所に落ちるように撃ち落とすから大丈夫」

 文香が言った。


 文香の実力はよく分かっている。

 桁外れの演算能力を持ってるし、演習でアメリカのAI戦車にも勝った。


「でも、ちょっと待って」

 文香がドローンを確実に撃ち落とせるのは分かってるけど、ここで突然発砲したらグラウンドが大混乱になる。

 それこそ文化祭どころではなくなる。

 その時点で文化祭は中止。

 警察や自衛隊が入って、マスコミも大々的に報じるだろう。

 文香の周りにいる子供達が泣き叫んで、もう、二度と文香には近づかなくなるだろう。


 ドローンを飛ばしてる犯人は、その混乱を狙ってるのかもしれない。


「冬麻君、どうする?」

 文香が訊く。

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