第249話 スピーチ

 ステージ中央で、花巻先輩と叶さん、二人が顔を合わせた。

 合わせた二人の目と目の間で火花が飛ぶ。

 叶さんの方から手を差し出して、花巻先輩が受ける形で握手した。


 役者が揃って、講堂中が拍手でそれを称える。



「それでは、最初の審査、お二人に順番にスピーチをしていただきます」

 司会の先輩が言って、すぐにステージの中央に演説台が用意された。

 木製の演説台の上には、マイクと水差しがセットされる。



「まずは、エントリーナンバー、1番、叶美帆さんのスピーチです」

 司会が紹介して、叶さんが演説台についた。

 叶さんはスピーチを始める前に、深く一礼する。


「みなさん、こんにちは。緊張していますが、しばらくお耳を貸してください」

 叶さんはそう言ってもう一度深々と礼をした。


「私がミスグランプリに選ばれたあかつきには、我が校の素晴らしさを地域の方々にもっともっとよく解っていただくために、ボランティア活動や地域の清掃活動、イベントなどの行事に積極的に参加して、いろんな方との交流を深めたいと思っています…………」


 叶さんのスピーチは、ちょっと優等生過ぎる嫌いはあるけれど、完璧だった。

 真っ直ぐに前を見詰めて語りかける表情や、話の間の取り方、息継ぎのタイミングまで、計算したような正確さがある。

 姿勢も、胸を張って堂々としているのだけれど、時々、ちょっとだけ首を右に傾げて、上から偉そうに言ってる感じを与えなかった。


 真摯しんしさと愛嬌あいきょうのバランスが絶妙だ。


 観客は、そのスピーチに静かに聞き入っていた。

 スピーチを聞いてるっていうか、叶さんの独唱に魅了されるみたいに聞き入っている。

 うんうんと頷く人とか、瞬きを忘れてる人もいた。

 舞台袖から見てると、聴衆がどんどん引き込まれていくのが分かる。


「…………それではみなさん、ご清聴、ありがとうございました」

 最後まで淀みなくスピーチを終えて、叶さんが深々と頭を下げた。


 会場は割れんばかりの拍手に包まれる。

 思わず立ち上がる人もいた。

 指笛を鳴らす人とか、「ブラボー」って叫ぶ人もいる。


 スピーチの審査は花巻先輩の圧勝かと思ってたけど、これは、そう簡単にはいかないんじゃないかって気がしてきた。



「では次に、エントリーナンバー2番、花巻梵さんのスピーチです」

 叶さんと入れ替わって、花巻先輩が演説台につく。


 演説台について先輩は、その両端に手を置いた。

 その姿勢で一通り無言で客席を見渡す。


 なんか、ミスコンのスピーチに挑むっていうか、大物政治家の講演会、って感じだ。


 先輩、大丈夫だろうか?


 先輩は突然出場が決まったから、当然、用意した原稿なんかない。

 叶さんみたいに、練ったスピーチを考える暇もなかった。

 すべてがぶっつけ本番だ。


 いつもの先輩なら、きっとそんなの関係なくて、スラスラと、人を煙に巻くような言葉を連ねてくれる。

 そんなふうに願うしかなかった。


 花巻先輩は客席を一通り見渡したあと、「コホン」と一回咳払いをした。

 そして、ゆっくりとした口調で始める。


「この度、私がこのミスコンテストに出場を決めたのは、ひとえに、ここでミスグランプリになれば、様々なイベントや祭に呼ばれ、そこでタダ酒にありつけると思ったからであります」

 第一声で先輩はそう言った。


 嗚呼……


 観客は、一瞬なにを言われたのか解らなかったみたいで、しんと静まり返っている。


「私は365日、毎日が祭を信条にして生きております。毎日を祭の中に身を置きたいと考えております。このミスコンでグランプリに選ばれれば、各種イベントや祭に引っ張りだことなり、文字通り、『毎日が祭』といった、私にとってこの上なく幸せな一年を過ごせると思い、出場を決意いたしました」


 先輩、それはいくらなんでも飛ばしすぎじゃないですか。

 けれども先輩の口は止まらない。


「それなので、もし、私がグランプリに選ばれた場合、私をイベント等にどんどん呼んでください。不肖ふしょう私、必ずや馳せ参じます。そして、精一杯、そのイベントを盛り上げるため努力します。絶対に盛り上げてみせます。損はさせません」

 先輩が続ける。

 言ってることは滅茶苦茶だけど、この文化祭の盛り上がりを見れば、その言葉に嘘偽りがないのは一目瞭然だ。


「しかし、呼ぶからにはもちろん、美味しい酒とさかなの用意をお忘れなきよう、よろしくお願い致します。それだけは切にお願いいたします。ちなみに、当方、日本酒と焼酎には目がありません」

 先輩はそう言い切って、ニコッと笑った。


 美味しい酒と肴って、これ、一応、高校のミスコンのスピーチなんですが。


「以上、これが私、花巻梵のスピーチであります」

 先輩はそう言うと、演説台を掴んでいた手を放して一礼する。

 そのままきびすを返して舞台袖の俺達の所に戻って来た。


 少し遅れて拍手が上がる。


 最初、パラパラと散発的だった拍手が、段々盛り上がってきて、最終的には叶さんと同じくらいの拍手になった。


 飛ばしすぎの先輩のスピーチを理解するのに、みんなしばらく時間がかかったんだろう。


 でも、改めてそのスピーチを振り返ると、いろんなイベントや祭に出向いてそれを盛り上げるって言ってるんだから、叶さんのスピーチと大差ない気がした。

 内容はほとんど変わらない気がする。


 要は言い方の問題だけど、それが実に花巻先輩らしい。


「どうだった? 私のスピーチは?」

 舞台袖に戻って来た花巻先輩が俺達に訊いた。


 俺達は顔を見合わせて笑う。

 もう笑うしかなかった。


 同時に、そこにいた誰もが、このあとも先輩についていこうって、想いを新たにしただろう。



「それでは次の審査に移ります。お二人に特技を披露していただきます」

 ステージでは、司会の先輩が次の審査を促している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る