第231話 反撃

「お、お、お帰りなさいませ。ご、ご、ご主人様」

 俺を前にしたメイドさんが目を伏せて言った。


 三つ編みにメガネ、そして、メイド衣装がはち切れんばかりの迫力がある胸元。

 委員長の三大要素(俺調べ)をすべて兼ね備えた人物。

 そう、このメイドさんは、我がクラスの委員長、吉岡さんその人だった。

 その委員長が、フリフリのメイド服を着て、頭にホワイトブリムを乗せている。

 真っ白なニーソックスとスカートのあいだの絶対領域も眩しい。


 文化祭で、うちのクラスでは演劇をやるけど、このメイドカフェは委員長の部活の方の活動らしい。

 確か委員長は茶道部だったと思う。

 茶道部の出店がメイドカフェで、それで委員長が普段のイメージとはまったく違うメイド服に身を包んでるのだ。


「吉岡さん、二名様、ご案内して」

 このカフェを仕切ってるらしいメイドさん(茶道部部長)が言う。


「は、はい……」

 委員長が目を伏せたまま頷いた。


 教室の中は、全面パステルグリーンを基調にした可愛らしい装飾がされている。

 三十席くらいある座席は、校内外の客でほぼ満席になっていた。

 一つのテーブルに一人のメイドさんがついて、客の相手をしている。


 俺と南牟礼さんは、委員長によって向かい合った窓側の二人席に案内された。


「ご、ご主人様、お嬢様。こ、こ、こちらがメニューです」

 委員長がメニューの冊子を差し出した。

 台詞が、すっごくぎこちない。

 普段はツンとしていて、話しかけるとき勇気がいるくらいの委員長が、終始顔を赤らめてうつむいている。

 恥ずかしそうに前で腕を組んでるから、その大きな胸元がより強調されていた。

 委員長は、生まれたての子犬みたいにぷるぷると小刻みに震えている。


「先輩、その衣装、すっごく似合ってますよ」

 南牟礼さんが委員長に笑いかけた。


「ホントに? ちょっと、変じゃない?」

 南牟礼さんが上目遣いで訊く(いつもは俺達を見下ろしてるような委員長も、上目遣いとか、できたらしい)。


「全然、変じゃないです! 可愛いし、それにうらやましいです」

 南牟礼さんが言った。

 羨ましいって言うとき、南牟礼さんの視線は委員長の胸部に注がれていた。


「ね、小仙波先輩。可愛いですよね」

 南牟礼さんが俺に振ったから、


「うん、めちゃくちゃ可愛い」

 俺は見たまま素直に言った。


 普段、眉をキリッとさせて周囲を威圧してる委員長が、こうして眉尻を下げてると、表情がすごく柔らかくなる。

 そのギャップにやられたのか、可愛さも増し増しになっていた。


「ホントに可愛い」

 俺が重ねて言ったら、薄ピンク色だった委員長のほっぺたが、ポストじゃないかってくらい赤くなる。

 激しくなった委員長の胸の鼓動がこっちにも伝わってきた。


 俺、なんか変なこと言っただろうか?


 委員長、このまま頭の天辺から湯気を噴いて倒れそう。



「あ……あの、ご注文は、お決まりですか?」

 委員長がか細い声で言った。

 恥ずかしがりながらも自分の職責しょくせきをまっとうしようとするのが、真面目な委員長らしい。


「それじゃ私は、この抹茶ラテでお願いします」

 メニューを見ていた南牟礼さんが、それを選んだ。


「じゃあ俺は、この抹茶クリームソーダを」

 俺もメニューから適当に選ぶ。


「わかりました。少々、お待ちください」

 委員長はそう言うと、メニューを引っ込めて厨房にオーダーを通しに行った。


 しばらくして、委員長が飲み物をお盆に乗せて運んでくる。


 まだまだ緊張が解けてない委員長。

 この委員長は、クラスの演劇の稽古けいこで俺をしごいてるときとは大違いだ、って、そんなこと考えてたら、俺の中に今までになかった感情が沸いてきた。


 普段なら絶対にそんなこと思わないけど、委員長にちょっかい出したいとか、よぎってしまった。


 ちょっとだけ、仕返ししたいとか思ってしまった。

 そんなチャンスは、今を逃したらもう金輪際こんりんざいないかもしれない。


「委員長」

 俺は委員長に静かな声で呼びかけた。


「は、はい?」

 委員長が不安げな目で俺を見る。


「このクリームソーダ、おいしくなる魔法があるんですよね」

 俺は委員長の目を見て言う。


「え?」

 委員長が目を見開いた。


「メイドさんは、このクリームソーダをおいしくしてくれる魔法を使えるんですよね」

 俺は重ねる。


「…………は、はい」

 委員長が、消え入りそうな声で言った。


「さあ、それじゃあ、このクリームソーダにその魔法をかけてください。思いっきり可愛い声で。思いっきりキュートな仕草で」

 俺は委員長を追い込んだ。


 俺に言われた委員長の唇が震えている。

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