第218話 包囲

 校舎の廊下に、三本締めの活気ある声と拍手が響いた。

 そこここで歓声が上がったり、生徒同士で抱き合ったり、夜になっても賑やかだ。


 明後日に文化祭を控え、準備を終えて当日を待つばかりになったクラスや団体が、お互いに労をねぎらっている。

 まだ文化祭はこれからなのに、準備の打ち上げとして乾杯してるクラスもあった(もちろん、アルコールは抜きで)。


 そうかと思えば、追い込みの真っ最中なクラスもあって、そこここで怒声や悲鳴が上がっている。

 エナジードリンクの空き缶をうずたかく積み上げてるクラスもあった。


 みんな、体力的にボロボロの状態で精神的にも追い詰められてるけど、すごく満足そうな顔をしている。

 もうすぐ準備期間が終わっちゃうのを惜しんでる感じ。


 それは俺も同じだった。



 実行委員の俺達と一緒に視察をしてる花巻先輩は、そんな混乱も含めて楽しそうだ。

 大騒ぎの校内の様子に、うんうんと満足げに頷いている。


 やっぱり先輩には、涙より笑顔の方が似合うと思った。


 特に準備が大きく遅れてるところもなくて、どのクラスも団体も明後日までには準備が終わりそうだ。

 今日明日は、俺達もゆっくり眠れるかもしれない。



 そんなこと考えた矢先、俺のスマホに着信があった。



 電話なんてかけてくるなんて誰だろうって画面を見たら、相手は文香だ。

 俺達が夜の校内の見回りをしてるあいだ、文香は食料の買い出しに行ってたはずだ。

 その文香がわざわざ電話ってなんだろう?


 なんだか胸騒ぎがした。

 俺はすぐに電話を取る。


「冬麻君! 大変! 大勢の人が学校の周りを取り囲んでるよ!」

 文香が言った。


「大勢の人が? 文香は今、どこにいるの?」


「校門の前」


「すぐ行く!」


 花巻先輩や他の実行委員に事情を話して、みんなで校門まで走る。


 それにしても、大勢の人が我が校の周りを囲んでるって、どういうことだろう?


 一瞬、この辺り一帯が停電になったテロのことが俺の脳裏に浮かんだ(あの件は表向きテロってことにはなってないけど)。


 どこか、得体の知れない組織が文化祭を潰そうとしてるとか。

 文香を狙ってるとか。



 だけど、校門に着いてみると、それは俺の考え過ぎだった。



 我が校の周りを囲んでたのは、テロリストでも外国の軍隊でもなかった。


 その人達は、校門から列を作って整然と並んでいる。

 その人達が見ているスマホの画面の明かりで、夜の闇に光の行列ができていた。

 その行列が、学校の敷地をぐるっと回っている。

 数百人か千人はいるかもしれない。


 みんな、団扇うちわを持ったりペンライトを持っていた。

 派手な法被はっぴを着てる人もいる。

 折りたたみ椅子を用意したり、寝袋を持ったりして、徹夜の行列に対する準備も完璧だった。


 そう、学校をぐるっと囲んだ人達は、佐橋杏奈ちゃんのファンの人達だったのだ(一部、四式中戦車の披露を楽しみにしている軍事マニアもいた)。


 講堂でやる公演はチケット制の指定席で並んでも入れないけど、杏奈ちゃんはその前にグラウンドのステージで挨拶することになってたから、それを目当てに来てるんだろう。

 少しでも前で杏奈ちゃんを見たいって、こうして並んでるらしい。



「うむ、抜かった」

 行列を見た花巻先輩が眉を寄せた。


「私としたことが、こんなことも予期できなかったとは。国民的アイドルがここにライブをしにくるとなれば、ファンが数日前から徹夜で並ぶことなど、容易に想像できたはずだ」

 先輩が悔しそうに言う。


 確かに、俺達は佐橋杏奈ちゃんを迎えるに当たって、当日の警備には万全の対策をしてあった。

 相当数のガードマンを配置するし、最寄り駅の鉄道会社とも連携して、臨時列車も出してもらえることになっていた。


 だけど、前々日から並ぶ人がいるなんて、考えてなかった。


 先輩が言うとおり、杏奈ちゃんの人気が国民的だって考えるとそれくらい想定しておくべきだった。


 まだまだ杏奈ちゃんが来るまでは三日もあるのに、この人達はそれまでずっとここで待つつもりだろうか。

 そうだとすると、かなりマズいことになる。


 これからまだまだ行列は伸びるだろう。

 そうなると、学校周辺の家や商店の人達にも迷惑がかかってしまう。


「このまま警察を呼んで強制的に解散させたりするのも忍びない。皆、祭を楽しもうとする輩で、こうして全国から集まったのだからな」

 先輩が言った。


「追い払ったりしたら、文化祭の始まりにけちが付いちゃいますからね」

 六角屋もそう言って唸る。


「ああ、祭に集う者は、すべて受け入れるのがこの花巻そよぎのやり方だ」

 先輩が言って、その大きな胸を張った。


 先輩……カッコいい…………

 改めて先輩に惚れ直す。


「さて、どうしたものか……」


 並んでる人達を校内に受け入れるのが一つの方法だけど、さすがに千人単位の人を校内に受け入れるのは、色々と問題があるだろう。

 こっちもまだ準備の最中なんだし。


 並んでる人に穏便おんびんに解散してもらって、当日また来てもらえるようにする方法がないだろうか?

 誰にとっても禍根かこんを残さない解決方法はないものか。


 みんなで考える。

 俺も、ない知恵を絞った。



「わたしに、いい考えがあります!」

 そこで南牟礼さんが言う。

 南牟礼さんの口元が、不敵に笑っていた。


 南牟礼さんって、なにげにうちのアイディアマンだ。

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