第205話 家庭料理

「さあさあ、佐橋さん、夕餉ゆうげの支度ができました。どうぞ、召し上がっていってください」

 講堂視察を終えて部室に帰ると、エプロン姿の花巻先輩が、満面の笑顔で杏奈ちゃんを迎えた。


 部室居間のちゃぶ台の上には、先輩が腕を振るったご馳走が、端からはみ出さんばかりに並んでいる。


「わぁ、すごい! 美味しそう!」

 ただでさえキラッキラな杏奈ちゃんの瞳が、さらに輝いた。

 それだけで部室の中が電気を付けたみたいに明るくなる。


「さあ、どうぞ」


 だけど、忙しい杏奈ちゃんに、ここでご飯を食べていく時間なんてあるんだろうか?


「マネージャーさんの話によると、夕食を取る時間くらいはとれるとのこと。どうぞここで食べていってください」

 先輩はマネージャーさんに確認も取ってたらしい。


 さすがは花巻先輩、何事にも手回しが良くて抜かりがなかった。


 ちゃぶ台の上に並んでるのは、唐揚げにハンバーグ、ロールキャベツ、春巻き、豚の角煮、卵焼き、ナポリタン、五目いなり寿司、チャーハン。

 それに、炊きたてのご飯とつみれのお味噌汁がついている。


 どれも、飾り気がないご馳走ばかりだ。


「嬉しい! 私、お弁当とかお店の料理ばかりで、こういう家庭料理が食べたかったんです!」

 杏奈ちゃんの笑顔が輝く。

 輝きすぎて眩しいくらいだった。


 先輩は、杏奈ちゃんのその辺の事情も見越してこれらのメニューを用意したのかもしれない。


 やっぱり、この花巻そよぎって人は計り知れない。

 っていうか、一品一品がメチャクチャ美味しそうだし。



「いただきます!」


 杏奈ちゃんと俺達文化祭実行委員で夕飯の卓を囲んだ。

 俺は伊織さんと今日子に挟まれた席で、杏奈ちゃんは六角屋と南牟礼さんに挟まれて座った。

 花巻先輩は、いつでもお代わりのリクエストに応えられるように、おひつの横に陣取っている。


「案内の最中、小仙波がなにか失礼なことをしませんでしたか?」

 食べながら六角屋が訊いた。

 六角屋は杏奈ちゃんの隣りにいるからか、緊張で箸をガタガタ震わせている。


「失礼なこと、ですか? 特にありません。強いてあげるなら、お試しでお化け屋敷に入ったとき、小仙波さんがすごく怖がってたから、勇気づけるために肩に手を添えて励ましてあげたことくらいかな」

 杏奈ちゃんが小首を傾げて言った。


「小仙波の肩に、手を添えた…………ですってぇ?」

 杏奈ちゃんの言葉を聞いた六角屋が俺の方を見た。

 まるで俺を親のかたきみたいににらんでいる。


 マズい……


 このままだと、杏奈ちゃんが帰ったあと、六角屋にいきなり後ろから刺されるかもしれない。


 っていうか、杏奈ちゃん、ホントは俺の手を握ってくれたのに、肩に手を添えただけって言ってくれた。

 さすがにそれを言ったらまずいって、気を使ってくれたんだろうか?


「まったく……」

 隣の今日子がそう言って俺をひじで小突いた。


「こいつは昔から怖がりで、小さい頃はお化けが恐いって言って夜一人でトイレにも行けなかったんですよ」

 今日子が言う。


 そんなことみんなの前でバラさなくても……


「仕方がないから、私が起きてトイレまで付き合ってあげたんです。中にまで入れって言うから、さすがにそれは断りましたけど」

 あ、あの、今日子さん。

 今は食事中ですし、トイレの話とか、そういうのは止めておきましょうか……


 俺は、隣の今日子に懇願こんがんするような視線を送る。


「そうなんですね」

 杏奈ちゃんが、ふふふと笑った。


「小仙波さんには校内を丁寧に案内して頂いて、ステージの様子を知ることができたし、文化祭の準備をしてる生徒さんの雰囲気を感じることもできて、最高の案内役でしたよ」

 杏奈ちゃんが言う。


 い、いえ、それほどでも…………


 俺は「ほら見ろ」って感じで今日子の肘を小突き返してやった。


「こんな奴でも役に立って良かったです」

 今日子が言う。


 まったく、口が減らない奴だ。


 顔がそっくりなのに、むこうは清楚で性格も良くて、こっちは生意気でお節介で、どうしてこうも違うんだろう?



 杏奈ちゃんは、花巻先輩の料理をもりもり食べた。

「お代わり!」

 って、お茶碗を差し出して二回もお代わりする。


 あれだけ激しいダンスをするんだから、やっぱりこれくらいのカロリーが必要なのかもしれない。

 たくさん食べるその食べっぷりが、また、可愛いのだ。



「ところで、さっきからずっと気になってるんですけど……」

 杏奈ちゃんが箸を止める。


「皆さんは、やっぱりいつもこうして文香さんに見詰められながらご飯を食べてるんですか?」

 杏奈ちゃんが訊いた。


 杏奈ちゃんが指す方。


 中庭の文香が縁側からこっちを見ている。

 その120㎜滑腔砲の砲身が、この居間に突き出していた。


 そうか。


 俺達は慣れてるけど、確かに、初めての人には120㎜滑腔砲や、砲塔上の重機関銃を向けられながらの食事は、ちょっと気になるのかもしれない。

 落ち着いて食べられないのかもしれない。


 仕方がない、文香には悪いけど、ここは少し後ろに下がってもらって、居間の障子を閉めた方がいいだろう。


 文香もそんな雰囲気を感じ取ったのか(文香は空気が読めるAIだ)、後ずさりした。


 ところが。


「あの、もしよろしければ、食事のあと、文香さんに乗せてもらえませんか?」

 杏奈ちゃんが、突然そんなことを言い出した。


「はい、もちろんです! よろこんで!」

 中庭からこっちをうかがってた文香が、嬉しそうに言う。

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