第201話 見学

「おお、本当に瓜二うりふたつではないか……」

 さすがの花巻先輩も、そう言ってしばらく言葉を失っている。


 佐橋杏奈ちゃんが、今日子の制服を着て、髪型も今日子そっくりに整えた。

 メイクをとってすっぴんになっている。


 それだけで、杏奈ちゃんと今日子は双子みたいっていうか、もう、コピーしたみたいにそっくりになっていた。


「生き別れた姉妹とか、いないですよね」

 杏奈ちゃんが今日子に訊いた。


「はい、いません」

 今日子がぶるぶる首を振る。


 周りもびっくりしてるけど、一番びっくりしてるのは本人達なのかもしれない。


 っていうか、人気絶頂アイドルの杏奈ちゃんにそっくりってことは、今日子にもそれくらいのポテンシャルがあるってことなんだろうか?

 今日子はうちの学校の男子に結構人気があるらしいし、六角屋が告白するって言ってるくらいだから、もしかしたら、ホントは可愛いのか?


「そっくりなのに、この清楚さの違いはなんなんだ……」

 俺がぼそっと言ったら、

「んっ? なんだって?」

 今日子がそれを耳聡みみざとく聞きつけて俺を睨み付けてくる。


 そういうとこだぞ、って、言ってやりたくなった。



「では小仙波よ、佐橋さんを案内してステージの確認と校内の見学に行ってくるのだ」

 花巻先輩が俺の背中をポンと叩く。

「は、はいぃ……」

 超人気アイドルをエスコートするのは大役すぎて、気が重い。


「おい小仙波。杏奈ちゃんさんに何かあったら、ただじゃおかないぞ!」

 六角屋が眉をつり上げて言う。


「分かってるって」


「指一本でも触れたらダメだぞ」

 念を押す六角屋。


「分かってるから」

 まったく、六角屋はしつこすぎる、


「ふはははは。六角屋よ、心配無用である。初対面の女人に触れるなど、小仙波にそんな勇気はない。ある意味、至極安全なのだ」

 花巻先輩が笑い飛ばした。

 他のみんなも、うんうんと深く頷いて納得している。


 馬鹿にされてるのか信頼されてるのか、それはそれで悔しい気がした。



「それでは、行ってきます」

 今日子に変装した佐橋杏奈ちゃんを連れて、部室を出る。


「いってらっしゃい」

 みんなに手を振って送り出された。

 文香も元気に砲身を振っている。



 杏奈ちゃんと二人、肩を並べてグラウンドの端を歩いた。


「なんか、緊張します」

 杏奈ちゃんが言う。


 俺は、その500兆倍は緊張してた。

 あの佐橋杏奈ちゃんと並んで歩いてるのだ。

 気を付けてないと、歩きながら手と足が一緒に出そうだった。


「小仙波さんのことは、篠岡さんと月島さんからよく聞いてますよ」

 杏奈ちゃんが言う。

 ああそっか、杏奈ちゃんは、女性パイロットの役作りで知り合って以来、篠岡花園さんや月島さんと親しいんだった。


「二人は俺のことなんて言ってました?」

 悪い予感しかしない。


「二人から、小仙波さんは純情そうな顔をして天然の女たらしだから気を付けなさいって言われました」

 杏奈ちゃんが言って、俺の顔を覗き込む。


 なんなんだ、それ。


 まったくあの二人は……

 あとで厳重に抗議しておこうと思う。



「校内、すごく活気がありますね」

 杏奈ちゃんは、グラウンドや中庭に建てられた大道具やセットを見上げて目を輝かせていた。

 歩きながら耳に聞こえてくるのは、バンドのギターの音とか、管楽器の音とか、合唱の声で賑やかだ。


「ステージを見る前に、校内を回ってみますか?」

 俺は訊いた。


「はい! お願いします!」

 普段から弾んでいる杏奈ちゃんの声が、余計に弾む。


 二人で校舎に入った。


 さっそく廊下で鎧武者とすれ違ったと思ったら、すぐにバニーガールとすれ違う。

 準備が進んで廊下にも教室も、床や壁が見えないくらい装飾されていた。

 それは、近未来の宇宙船の中だったり、中世ヨーロッパのお城の中みたいだったり、江戸の町だったりする。

 様々なテーマパークが校内にギュッと詰まって押し込められたって感じで、まるでおもちゃ箱だ。


「こういう雰囲気って、いいな」

 杏奈ちゃん、相当機嫌がいいのか、鼻歌交じりで廊下や各教室を見ていた。

 アイドルの生歌を近くで聴けて、光栄の限りだ。


 二人で校内を見学してたら、

「あっ、実行委員の二人、ちょうど良かった」

 三年生の教室の前で、一人の女子の先輩に呼び止めた。


「ねえ、あなた達。うちのクラスで出すタコ焼きの試作が出来たんだけど、試食してもらえる?」

 先輩に訊かれる。


「はい! 頂きます!」

 俺より先に杏奈ちゃんが答えた。


 先輩が、焼き上がったばかりのタコ焼きを五個ずつ俺達に分けてくれる。

 文化祭の出店のわりには、しっかりしたタコ焼きだった。

 タコ焼きの上で鰹節が踊っていて、ソースの香ばしい匂いとマヨネーズの酸っぱい匂いが食欲をそそる。


「どう?」

 俺達がそれを口に運ぶのを見て、先輩が訊いた。


「美味しいです!」

 杏奈ちゃんがニコニコして答える。


 確かに美味しい。

 だけどあれ? なんか足りない。


「あの、タコ入ってませんけど」

 俺が食べたタコ焼き四個中、四個ともタコが入ってなかった。


「そんなことはないよ。ちゃんと入ってるはず」

 女子の先輩が言って、残り一つのタコ焼きを爪楊枝つまようじで切った。


「ほら、入ってるでしょ」

 先輩がタコ焼きの中から楊枝でほじくり出したのは、向こうが透けて見えるくらい薄い、タコの輪切りだった。


「うちは薄さの限界に挑戦してるから」

 女子の先輩が言う。


 いや、そんなものに挑戦しないでください……


 俺がなんとも言えない顔をしてるのを、杏奈ちゃんが屈託のない笑顔で見ている。



 そうやって何軒か見て回ってたら、

「よう、夫婦でお出かけ?」

 通りかかった同級生に話し掛けられた。


「だから、夫婦じゃないって!」

 俺は抗議する。


 するといきなり杏奈ちゃんが、

「そうでーす。私達、夫婦でーす」

 って言いながら俺の腕に自分の腕を絡めてきた。

 ギュッと腕を握られて、ぴったりとくっついてくる杏奈ちゃん。


 心臓止まるかと思った。

 っていうか、一瞬止まってた。


「はいはい、ご馳走様」

 同級生が肩をすくめて行ってしまう。


「あの、あの……」

 腕を取られたまま俺は固まっていた。


「だって、こうしてる方がバレないでしょ?」

 杏奈ちゃんはそう言って悪戯っぽく笑う。


 その笑顔は完璧な笑顔だった。

 笑顔の見本として、チャームスクールの壁に飾ってありそうな笑顔だ。


「小仙波さんと今日子さんって、付き合ってるんですか?」

 杏奈ちゃんが訊いた。


「いえ、ただの幼なじみです」


「ふうん」

 杏奈ちゃんが、意味ありげに「ふうん」と言う。



 そのまま歩いてると、廊下がなんだかおどろおどろしい雰囲気になってきた。

 普段綺麗な廊下が薄汚れた廃校みたいになっている。


「おう、小仙波と源か」

 廊下の脇の教室から同級生が出てきた。

 

「うちのクラスのお化け屋敷の建て込みが終わったから、二人、テストで入ってもらっていい?」

 そんなふうに訊かれる。


「はい! やらせてください!」

 やっぱりここでも杏奈ちゃんが先に答えた。


 でも、いいんだろうか?


 確か、こいつのクラスのお化け屋敷は、使ってない三つの教室をぶち抜いて作られた、長い長いお化け屋敷のはずだ。

 お化けには特殊メイクを使ってるし、スモークやプロジェクションマッピングみたいな効果も使う、本格的なものだって聞く。


 そんなところに入って、杏奈ちゃん、大丈夫だろうか?


 お化けが恐すぎて、「キャー!」とか叫んで俺に抱きついてきたりしたら、どうしよう。


 六角屋には杏奈ちゃんに触れないって約束したけど、やっぱりそういう場合は、支えて抱きしめるべきだろうか。


「さあ、入りましょう」

 不安をよそに、俺は杏奈ちゃんに手を引かれてお化け屋敷に入った。

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