第184話 断言

「今日子ちゃん、行こう」

 文香がそう言って今日子を誘う。


「うん、行こう行こう」

 今日子が答えて席を立った。

 文香が今日子と一緒に教室を出て行こうとする。


「あっ、ちょっと待って!」

 俺も急いで荷物をまとめた。



 放課後の教室。


 俺達以外のクラスメートも、三々五々、目的の場所に向かおうとしている。


「ううん。冬麻君はいいの。先輩と二人っきりで部室に泊まるような破廉恥はれんちな人とは、一緒に行動できません」

 文香が言った。

 そして、ぷいって振り向くみたいに俺から砲塔を背ける。


 破廉恥、って……


 呆気にとられてる俺に向けて、今日子がべーって舌を出した。


 酷い。

 二人で仲間外れにしなくてもいいじゃないか……



 昨日、ことがバレて、文香も今日子も怒っている。

 俺と花巻先輩が、二人っきりで一晩を過ごしたこと。


「だから、俺と先輩の間にはなんにもないって」

 あれから俺は、何回この台詞を口にしただろう。


「そんなこと分かってるよ。先輩があんたなんかを相手にするわけないじゃない。それに、あんたになんか出来ないのは分かってるし。だけど、先輩と部室に二人きりになって、それをなんとも思わないで普通に泊まったあんたに呆れてるの。あの場合、『遅くなるけど、俺、帰ります』って言って帰るのが当然でしょ? それが常識なの」

 今日子が椅子に座っている俺を見下ろして言った。


「そうだよ! そうだよ!」

 文香が加勢する。


 女子二人で組まれると、もう、こっちに勝ち目はない。

 文香はアップデートを受けたばかりで、相当なパワーアップしてるみたいだし。


「さあ、文香ちゃん行こう」

「うん」


 今日子と文香は、そう言い合って行ってしまった。

 俺は一人、教室に取り残される。


 昨日は伊織さんも怒ってたし、南牟礼さんもなんか視線が冷たかったし、一人では部室に行きづらい。

 こんなときに限って、今日はクラスの演劇の稽古けいこが休みなのだ。


 っていうか、俺が先輩と二人で泊まったとして、なんでみんなそんなに怒るんだろう?

 俺が誰かの彼氏とかだったら怒られても当然だけど、みんな、俺のことなんか眼中にないだろうし。


 まったく、謎だ。

 女子の気持ちは解らない。



 どうしようか考えて、そうだ、部室に行く前に月島さんのところへ行こうって思った。

 文香が帰ってきた翌日、今日から月島さんも学校に復帰しているのだ(二人が同時に帰って来たことに関しては花巻先輩がいぶかしがってたけど、もう先輩は月島さんの正体について気付いてるんだと思う)。


 俺は、月島さんに確認しておかないといけないことがあった。

 教室を出てコンピューター室に急ぐ。



 引き戸の窓から覗くと、コンピューター室の窓際の席に、書類に囲まれて月島さんがいる。

 月島さん、難しい顔をしながら無数の書類とにらめっこしていた。

 今日もやっぱり、パリッとしたシャツで、紺のタイトスカートを穿いている月島さん。


 室内には月島さんだけで、他に誰もいない。


 俺がノックしてから引き戸を開けると、月島さんが顔を上げた。

「ああ、冬麻君か、どうぞ」

 月島さんはそう言って招き入れてくれた。


「失礼します」

 俺は、月島さんの前の席に座る。


「まったく、ちょっと休んだだけでこれだけの書類が溜まるんだもの。どこもかしこも書類ばっかりでいやになっちゃうよね」

 月島さんが言ってため息を吐いた。


 この様子だと月島さん、学校に来ない間も、文香のアップデートに関して自衛隊の方でたくさんの書類を処理してたんだろう。


「あの、訊きたいことがあるんですけど」

 邪魔したら悪いから、前置きを吹っ飛ばして訊いた。


「うん、なにかな? 私ならまだフリーだよ」

 軽口で答える月島さん。


「文香が、今回みたいに急に呼び出されて、文化祭に出られなくなる、なんてことはないですよね?」

 俺は真剣な顔で訊いた。

 これは、絶対に訊いておかないといけないことだ。


「ああ、そのことか……」

 そう言うと月島さん、持っていたボールペンを置いて俺に向き直った。


「安心して。文香は、ちゃんと文化祭に出られます。その期間に、たとえどんなことがあっても急に呼び出されていなくなるなんてことはありません。それは私が保証します。お姉さん、これでも少しは偉いからね。その職責にかけて約束します。文香は文化祭に出ます。絶対に出ます」

 月島さんは断言した。


 女子の気持ちが分からない俺だけど、真っ正面から俺の目を見て答えてくれた月島さんは、絶対に嘘を言ってないと思った。

 これは確実だと思った。


 その言葉で、文香が文化祭に出られるんだって確信する。


「もし嘘だったら、もう、お姉さんを好きにしていいよ。一生好きにしていいからね」


 えっ?


 いや、一瞬でも迷っちゃ駄目じゃないか。

 俺は自分をいましめる。


「それと……」


「まだなんかあるの?」


「はい、文香はなんで急にアップデートしたんですか?」

 それについても訊いておいた。

 どうみてもタイミングがおかしかったし、わざわざ夜中に連れて行くこともなかっただろうし。


「それについては、ノーコメント」

 月島さんが言って目を伏せる。

 今度は俺の目を見なかった。


「ノーコメント、ですか…………」


 少し間があって、

「話したら、冬麻君を拘束しなきゃいけなくなるからね」

 月島さんが悪戯っぽく言ってウインクする。


「拘束?」

「嘘嘘。ちょっとからかってみただけ」

 そう言って俺の髪をくしゃくしゃってする月島さん。


 月島さんは茶化すみたいにして言ったけど、却ってそれが怖かった。

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