第183話 レディー
「ただいま!」
音で気付いて部室の外に飛び出した俺達の前に、文香が現れた。
ただいまって弾んだ声で言って、いつものように部室の中庭に停まる文香。
だけど、その変わり果てた姿に、俺達は一瞬言葉を失ってしまった。
「ふ、文香ちゃん? だよね」
思わず今日子が訊いた。
「うん、そうだよ」
文香が答える。
文香は、なんでそんなこと訊くの、って、不思議そうな口調だった。
でも、今度ばかりは今日子が正しい。
文香の車体は、俺達が今まで見てたのとまるで変わっていた。
23式戦車を元にした無骨で角が立った車体が、角を寝かせた鋭角の尖ったデザインに変わっている。
砲塔が今までよりも薄く小さくなって、その分、120ミリ砲が大きく見えた。
今までは砲塔の上や周囲に、機銃やセンサーの箱とか、スモークディスチャージャーみたいな部品がたくさん付いてたのに、それらがなくなって表面がつるっとしている。
いつも俺が乗り込んでた車長席のハッチも、砲塔上面の装甲と一体化してて、ぱっと見、どこにあるのか分からないくらいだった。
まるで、ステルス戦闘機に
とにかく、声以外、文香のすべてが変わっていたのだ。
「どうかな? 体のほとんどの部分をアップデートしてもらったの」
文香が言う。
それはまるで、新しい服を買ったけどどう? って訊くみたいに。
新しい髪型を自慢するみたいに。
文香がしばらくいなかったのは、この、アップデートのためなんだろうか?
「どうかな?」
文香がもう一度訊く。
俺達がなんて言ったらいいか困ってると、
「うむ。最高にカッコいいぞ文香君。まるで、レディーになったようではないか。とても洗練されている。これぞ、機能美というのだろうか」
花巻先輩が言った。
「えっ? 本当ですか? 嬉しい!」
文香が言って、その場で超信地旋回する。
ぐるぐる回って、庭の地面が掘れた。
ああ、これは本物の文香だ。
その動作で、やっと目の前の戦車が文香だって確信が持てた。
「外観だけじゃないんだよ。アクティブ防護システムの精度が上がって、砲弾もミサイルもへっちゃらだし、120㎜砲は連射できるようになったし、最高速度は100㎞オーバーだし、走行距離も二倍になったし…………まだまだ色々あるんだけど、それは、軍事上の秘密もあって……」
文香が嬉しそうに言う。
「す、すごいね」
俺は言った。
でも、兵器としての実力が上がったことを褒めてあげていいんだろうか?
「それからね、冬麻君、中に入ってみて」
文香はそう言うと、砲塔上の車長席のハッチを開けた。
「う、うん」
俺は、恐る恐るその中を覗いてみる。
中からは新車の匂いがした。
前までいろんな部品や配線でごちゃごちゃしてた車内が、すっきりしている。
白で統一された車内は、映画に出てくる宇宙船の内部みたいだった。
座席も、高級スポーツカーのシートと見紛うような、立派なものが付いている。
前面には曲面の大きなモニターが一つあって、それ以外にスイッチ類が見当たらない。
「全部タッチパネル操作なんだよ」
文香が言った。
「通信回線が強化されたから、世界中どこにいても高速でネットにアクセスできるし、冷暖房完備、防音も完璧で、走りながら中の人が眠れるくらいなんだよ」
そんなことになってたら、もう、文香の中に
「文香ちゃん! すごい! 隅から隅まで見せて! すりすりさせて!」
言うそばから、興奮した伊織さんが文香の車体にすりすりしている。
今までだって最新技術の塊だった文香が、アップデートでさらにいろんな機能が詰め込まれたのだ。
機械フェチの伊織さんにとってこれ以上の興味の対象はない。
伊織さんにすりすりされて、さすがの文香もちょっと困ってるみたいだった。
それにしても、文香と伊織さんのこの状況、これも百合っていうんだろうか?
「とにかく、文香ちゃんが無事に帰ってきてよかった」
六角屋が冷静に言った。
「そうです。先輩、お帰りなさい!」
南牟礼さんが頭を下げる。
「さあ、文香君。いないあいだに仕事が溜まってるぞ。さっそく、取りかかってもらおう」
花巻先輩が言った。
「はい! 頑張ります!」
文香が弾んだ声で言う。
外に飛び出したみんなが、部室の中に戻った。
俺も、靴を履かずに飛び出したことに今更気付いて、玄関で靴下の土を払う。
それにしても、急にこんな改修がなされるって、どういうことだろう?
改修するならそれを前もって連絡するとか、定期点検のときにするとか、色々手段はあったはずだ。
なんだか、胸騒ぎがする。
「あっ、そういえば、あの後、どうなりました?」
思い出したように文香が訊いた。
「あの後ってなに?」
今日子が訊き返す。
「私が夜中にアップデートのためにここを出て、そのあと冬麻君と花巻先輩が二人っきりになったけど、あの後どうしたのかと思って」
文香が答えた。
「まさか、二人だけで泊まったとか、ないですよね」
重ねて訊く文香。
そこにいた花巻先輩以外が俺を見る。
文香よ。
なんでそういう余計なことは訊かないようなアップデートをしてもらわなかったんだ…………
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