第159話 血塗られたスコーン
伊織さんの小さな口から、デスボイスによる言葉の連打が繰り出された。
講堂に、地の底から聞こえるような野太い声が響く。
伊織さんは、マイクを両手で握ってスピーカーに片足を乗せたスタイルで
最前列の座席から見ると制服のスカートがまくれていて、それがちょっと心配になった。
ギターもベースも、髪を振り乱して演奏している。
叩き付けるようなドラムは、激しいけど機械みたいに正確なリズムを刻んでいた。
メンバーにキーボードが入ってるから、この「午後のお茶会」はメロディアスなデスメタルバンドだ。
審査員の俺達も、客席の生徒も、呆気にとられて見ている。
あの、落ち着いていて涼やかな伊織さんが、こんなに熱く感情を剥き出しにしてるのだ。
こんなに激しい伊織さんは見たことがない。
同じようなバンドばかりで少し飽きてきたところで、眠気覚ましに強烈な爆弾を投げ込まれたって感じ。
間奏に入ると、伊織さんは頭を前後に動かしてヘッドバンギングを始めた。
長い黒髪がばっさばっさと揺れる。
他のメンバーも伊織さんに合わせてヘッドバンギングした。
最初は呆気にとられて固まってた俺達だけど、伊織さんたちに段々乗せられていって、いつのまにか体がリズムを取り始めている。
一曲終わる頃には、ステージ上と同じように頭を振る生徒も出始めた。
講堂に一体感が生まれようとしている。
五分以上ある長い曲が、あっというまに終わった。
「ええ、今の曲は『地獄のアフタヌーンティー』でした」
曲が終わって、元の声に戻った伊織さんが言う。
スピーカーに乗せていた片足も下ろして、すっかりお行儀の良い伊織さんに戻った。
この、エベレストの天辺からマリアナ海溝の最深部まで叩き落とされたようなギャップ。
伊織さんやバンドのメンバーは顔に玉のような汗をかいていた。
制服のシャツの襟周りが濡れている。
それにしても、地獄のアフタヌーンティーっていう、その曲名…………
「それでは、メンバーを紹介します」
伊織さんがいつもの完璧な笑顔で言う。
曲間のMCだけ聞いてると、アイドルのライブみたいだ。
メンバーは全員二年生で、伊織さんとは一年の時からバンドを組んで練習してたとのこと。
生徒会の仕事をしながらそんな時間も取ってたのがすごい。
俺は伊織さんと(同じ部屋で)寝たこともあるくらいの知り合いだけど、伊織さんにこんな趣味があるのは知らなかった。
「では、最後の曲です。最後の曲は、『血塗られたスコーン』」
可愛かったMCから一変する。
そこから始まる激しいギターのリフは紛れもなく、デスメタルバンドのものだ(だから、この曲名……)。
「ボーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
そして伊織さんのデスボイスも本物だった。
その迫力もそうだけど、このバンド、歌も演奏も滅茶苦茶上手い…………
一曲目ですでに夢中になっていた客席は、最初からブンブン頭を振ってヘッドバンギングしている。
花巻先輩も我慢できなかったらしく、立ち上がって髪とその大きな胸を振り回していた。
っていうか、花巻先輩、先輩は審査員なんですから、ちゃんと座っててください……
それにしても、細い伊織さんの体のどこにこんなパワーがあるんだろう。
壊れやすい白磁のような体の中に、どうやってこんなパワーが収まってたのか。
いや、むしろこれが伊織さんの本当の姿だったのかのかもしれない。
伊織さん達は、二曲で持ち時間の10分間きっちり演奏し終えた。
客席から割れんばかりの拍手が送られる。
審査員の俺達も、自然とスタンディングオベーションしていた。
「ありがとうー」
ステージからはけながら、手を振って声援に応える伊織さん達。
その姿は、やっぱり、どう見てもアイドルバンドにしか見えない。
その後も幾つか上手いバンドはあったけど、伊織さんのところがすっかり話題をかっさらってしまった感があった。
強烈な印象を残してしまった。
伊織さん達「午後のお茶会」がオーディションを突破したのは、当然と言えよう。
「うむうむ。良いオーディションであった。これならステージも盛り上がりそうで、なりよりだ」
長いオーディションを終えて部室に帰ると、花巻先輩が満足そうに頷いた。
「私も見たかったな」
講堂に入れなかった文香が不満そうに言う。
オーディションに時間が掛かって、もう、午後八時を回っていた。
俺達は夕飯に居間のちゃぶ台で、花巻先輩が作ってくれた鍋を囲んでいる。
春キャベツと新タマネギがたくさん入った鶏団子鍋だ。
「さて、次は文化祭にどんな著名人を呼ぶかという話だが……」
鍋を取り分けながら花巻先輩が言う。
うちの文化祭は地域全体の祭ってこともあって資金力があるから、結構豪華な有名人が来る。
去年は漫画雑誌の表紙を飾るようなアイドルだったし、一昨年呼んだバンドは、そのころ駆け出しだったけど、今では誰でも知ってるくらい有名になってしまった。
「当然、アイドルか、グラビアアイドルでしょう!」
六角屋が手に持っていたお椀を置いて言う。
六角屋の目がキラキラ輝いていた。
六角屋、おまえ、分かりやすすぎるぞ…………
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