第150話 道場破り

「たのもう!」

 花巻先輩が声を張って引き戸を開けた。

 引き戸はさんのレールを豪快に滑って、バタンと大きな音を立てる。

 部屋の中にいるコンピューター研究会の部員十数人が、一斉にこっちを向いた。


「我らは『文化祭実行委員会』である。さあ、パソコンとプリンターを一台ずつ、こちらに引き渡してもらおうではないか!」

 腕組みした先輩が高らかに言う。

 なぜか、白い道着に紺のはかま穿ている花巻先輩。


 たのもうって先輩……道場破りじゃないんですから…………


「まあまあ先輩、落ち着きましょう」

 俺と今日子、六角屋の三人で先輩をなだめた。

 一方で新入委員の南牟礼みなみむれさんは、「そうだ、そうだ!」って、先輩を後ろからあおっている(南牟礼さん、こういうキャラだったらしい)。


 コンピューター研の部室は文化部の部室棟にあって、普通の教室の半分くらいの広さがあった。

 真ん中に長机を四角に組んで、机に載せたパソコンやディスプレイを部員が囲んでいる。

 部屋の奥が窓になっていて、左右の壁には様々な機材やダンボール箱がうずたかく積まれて雑然としていた。


「さあ、我々に引き渡すのは、どのパソコンであるかな?」

 先輩の傍若無人ぼうじゃくぶじんは止まない。


「あの、なんでしょうか?」

 先輩の前に一人の女子生徒が立ち塞がった。


 黒髪を後ろでお団子にした女子は、このコンピューター研究会の部長、坂村さんだ。

 三年生の坂村亜美さん。

 坂村さんは銀縁眼鏡の後ろに眼光鋭い瞳を隠していて、一部Mっ気がある男子から、叱られたい女子、或いは踏まれたい女子ナンバーワンの称号を得ている。


「なにか御用ですか?」

 坂村さんは、年上の花巻先輩の前に立っても全然怯む様子を見せなかった。

 腕組みした先輩の対面で、真正面から視線を受ける。


「うむ、ここにあるパソコンとプリンターの一台を、我が文化祭実行委員会のために提供してほしいのだ。文化祭の円滑な運営のために協力してもらいたい」

 先輩が言った。


「私達が委員会にパソコンを提供しなければならない道理はありません。お断りします」

 毅然とした態度で言い切る坂村さん。

 花巻先輩に対して一歩も引かず、肝が据わっている。


「なに、ただでとは言わぬ。我が委員会の最新パソコンと交換しようという話なのだ」

 先輩がニッコニコの笑顔で言った。


 先輩に言われて、六角屋が台車に乗せて引いてきたパソコンを坂村さんの前に差し出す。

 それはもちろん、部室の押入に死蔵してあったPC9801FAだ。


 WindowsでもMacでもないいにしえのパソコンと現役のパソコンを交換するとか、それ、ただより酷いんじゃないだろうか?

 時代遅れで使い道がないパソコンは、廃棄にもお金がかかると思うし。

 これは嫌がらせ以外の何ものでもない。


「こ、これは……」

 ところが、坂村さんとコンピューター研の部員が集まって来てPC98を囲んだ。


「ちょっと、確認させてもらっていいですか?」

 コンピューター研の男子部員の一人が訊く。


「うむ、構わないぞ」

 花巻先輩が頷いた。


 コンピューター研の部員達は、俺達が持ってきた古いパソコンをあちこちいじり回す。

 さらには、フロントパネルを開けて中まで確認した。



「坂村先輩、これ、メルコの CPUアクセラレータ入ってますよ」

 散々いじり回した後で、部員の一人が坂村さんに耳打ちする。


「しかも、メモリが78.6MBまで増設してある上に、グラフィックアクセラレータボードとサウンドボードも乗ってます」

 他の一人が、意味が解らない呪文のようなことを言った。


「状態もいいですし、これ、レトロゲームをするのにぴったりですよ。一台コレクションとして我が部に持っておいていいかもしれません」

 さらに他の一人が耳打ちして、坂村さんが頷く。


 コンピューター研のみなさん、なんだか盛り上がっていた。

 ガラクタだと思ってたのに、ちょっとは価値があるものなのかもしれない。



「いいでしょう。我が部の至宝、CPUにRyzenThreadripper 3990Xを積んで、GPUにRTX2080Tiを二枚差しし、本格水冷で組み上げたパソコン『覇王号はおうごう』を渡しましょう」

 坂村さんが言って、眼鏡の縁がキラリと輝く。


 「覇王号」って、なんか分かんないけど、すごそうな名前のパソコンだ。


「ただし! 私達とゲームで対戦して、買ったらそれを差し上げます。負けた場合は、あなた方のパソコンをここに置いて、そのまま帰ってもらいます!」

 坂村さんが花巻先輩の前で胸を張って言う(胸の大きさでは、花巻先輩が圧倒的に勝っている)。


「どうしますか? 受けますか?」

 坂村さんが訊く。

 二人の間で、バチバチと火花が散った。


「うむ、よかろう! 受けて立とうではないか!」

 花巻先輩が啖呵たんかを切る。


「ここで受けねば、花巻そよぎの名がすたるというものだ!」

 先輩が視線と胸で坂村さんを威圧した。


 でも先輩、そんな簡単に勝負を受けていいんでしょうか?

 コンピューター研の人達、毎日部活でゲームしてて、プロゲーマーを目指せるくらいゲーム上手いって聞きますし、そっちは相手の領域ですし。


「というわけだ。小仙波、君はゲームをするんだったな。文化祭のために頑張ってくれ」

 花巻先輩がそう言って俺の肩をポンと叩いた。


 あ、やっぱりそうなりますか…………

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