第131話 対戦車榴弾
「それじゃあ、最後に私から…………」
中庭から文香の声がした。
エンジンを無駄に空吹かししてて、排気口から、いつもより多くの黒煙を吐き出している。
文香もチョコレートをくれるらしい。
六角屋と俺は、文香が渡しやすいように中庭に面した
「はい、これ。六角屋君に」
文香はまず六角屋に渡す。
砲身の先に器用にリボンを引っかけて、両掌に載るくらいの小箱を差し出した。
「ありがとう」
受け取った六角屋が微笑む。
「開けていい?」
「うん。どうぞ」
文香の了解を得て、六角屋がリボンを外した。
ピンクの包装紙をとって箱を開けると、中にはハートの形をしたチョコレートが入っている。
「もしかして、手作りチョコ?」
六角屋が訊いた。
チョコレートの表面が少し凸凹していて、手作り感がある。
「うん。みんなに作り方を教えてもらって、頑張って作ったの」
文香が答えた。
文香、ちゃんと自分で作ったらしい。
なるほど、この手作りチョコなら溶かして型に入れて固めるっていう簡単な行程しかないし、料理初心者の文香には丁度いいのかもしれない。
「マダガスカルからカカオ豆を直輸入したんだけど、けっこう大変だったよ」
そこからかいっ!
俺は思わず心の中で突っ込んだ。
前言撤回、簡単どころか、ガチのチョコレート作りじゃないか!
「まず、走り回ってエンジンを熱々にして、その熱でカカオ豆を
文香が作る工程を説明した。
文香が全体重をかけると40トンの力が加わってるわけで、これは文香以外には出来ないチョコレートだ。
人間の女子には真似できないチョコレートだ。
「食べていい?」
六角屋が訊いた。
「うん」
文香が砲身を上下させて頷く。
六角屋は、ハートの隅っこを少し割って、欠片を口に含んだ。
「おいしい!」
舌の上でチョコを溶かした六角屋が言って、目をぱちぱちさせる。
「文香ちゃん、これを期に、本格的にパティシエ目指してもいいんじゃない?」
六角屋は照れもせず、そんなふうに文香を誉めた。
「えー、ホント?」
文香がサスペンションで車体を揺らして照れている。
六角屋が女子から人気があるのは、こういうところなんだろう。
歯の浮くようなセリフを、平然と言えるのだ。
それが女子に響いている。
俺も、それを見習わないといけないんだろう。
「それじゃあ、今度は冬麻君に」
文香がそう言って、同じように砲身にリボンを引っかけて、包みを差し出した。
だけど、俺の前に差し出された包みは、六角屋のより相当大きい。
「ありがとう」
受け取る俺が、両腕で抱くようにしてやっと抱えられるような、重さと大きさの包みだった。
「あ、開けていい?」
俺は訊く。
文香からも周囲からも、そう訊かないといけないようなオーラが漂っていた。
「うん、開けていいよ」
文香に許可を得て、リボンを解く。
包装紙の中からは、卒業証書入れる筒を四倍くらいにしたような形の箱が出てきた。
持ってると手がしびれるくらい重い。
「
文香に言われて俺はその通りにした。
中から出て来たのは、チョコレートで出来た円筒形の物体だ。
天辺に棒が付いたロケットみたいな形をしている。
「120㎜対戦車
文香が言った。
「お、おう……」
なぜ、そんな形に……
それにこれ、大きすぎて全部食べるのに半年くらいかかると思う。
これを作るために、砂糖やカカオ豆をどれくらい使ったんだろうか。
「なるほど、このチョコレートの砲弾で、小仙波の心を打ち抜くってわけだな」
花巻先輩が訳知り顔で言った。
ああ、なるほど…………
「えっ、そんな!」
文香が照れる。
文香、照れるのはいいけど、
「文香ちゃんのおかげで、冬麻も重さでは六角屋君と同じくらいになったんじゃない?」
今日子が言った。
確かに、重さでは同じくらいになったかもしれない。
いや、文香の想いの分、こっちのが重いのかも。
まあ、今年は、家に帰って母と妹の百萌に気を使わせないことは確かだ。
最後に俺は、文香とみんなにお礼を言うことにした。
ここは照れとか、恥ずかしいとか言ってる場合じゃなくて、みんなに言葉で感謝を伝えないといけない、って思った。
「みなさん、俺みたいなのに、こんなに心のこもったチョコレートをくださって、ありがとうございました。みなさんからもらったチョコレートは、一つ一つ大切に食べさせてもらおうと思います。今年のバレンタインデーは、俺が今まで生きてきた中で最高のバレンタインデーになりました。本当に、ありがとうございました……………みんなのこと大好きです」
俺は、文香、花巻先輩、今日子、月島さん、伊織さんの顔を見ながら言う。
言いながら、自分の顔が真っ赤になってるのが分かった。
六角屋みたいに上手くは言えなかったけど、俺の素直な気持ちで、俺の精一杯の言葉だ。
俺のぎこちない言葉に、みんなが拍手してくれる。
こんなふうにちゃんと言葉にして言うのも、いいと思った。
そんなことを学んだバレンタインデーだった。
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