第125話 狸の皮

「いやあ、文香君。君は相変わらず、凛々しいなあ。そして君は美しい。機能美と言うのだろうか、何一つ無駄のないそのフォルムに、私は返す返す、感心してしまうのだ」


 花巻先輩が、部室中庭の文香を誉めまくっている。


 文香が家を買うのを止めて、6000万円を越える資産が宙に浮いてるからって、露骨過ぎる。

 花巻先輩は、文香の預金を狙ってるんだろう。

 あわよくばそれを丸ごと文化祭につぎ込んでもらおうと考えてるに違いなかった。


「本当に、私は良い後輩を持ったものだ」

 先輩がしみじみと言う。


 あとでちゃんと、文香に注意しておこうと思う。

 場合によっては、印鑑か通帳を預かっておくべきかもしれない。



 俺達は今日もまた、部室に集まっていた。

 いつものようにおやつを食べてお茶してるところに伊織さんも来て、一緒に和んでいた。


 ところが……


「それじゃあ、今日はこれから女子だけで話すことがあるから、小仙波君と六角屋君は先に帰ってもらっていいかな」

 伊織さんがそんなことを言った。


「えっ? どうしてですか?」


 せっかく伊織さんも来てるんだし、こたつに入ってみんなでもっとだべってたかったのに。

 みんなでこたつに入ると起こる事故で、足を突っついたり、突っつかれたり、したかったのに。


「小仙波、行こう」

 六角屋がそう言って俺の肩を叩いた。

「ほら、早く」

 六角屋はやけに物分かりがいい。


「わ、分かった」

 仕方なく俺はこたつを出てバッグを持った。


 文香の方を見たら、

「文香ちゃんも女子だから残るの。冬麻はおとなしく六角屋君と帰りなさい」

 今日子が言う。


「冬麻君、ごめんね」

 中庭の文香がそう言って、砲身を下げて謝った。


 なんだよ、女子ばっかり、ずるい。



 とにかく、わけも分からず俺は六角屋と部室を出た。

 俺は、後ろ髪を引かれまくりながら家路につく。



「女子だけ集まって、一体、なんの話なんだろうな」

 六角屋と並んで歩きながら俺は言った。 

 俺達に聞かせたくない話って、なんなんだろう。


「いや、小仙波、分からないのか?」

 六角屋が信じられないって感じで俺を見た。


「なにが?」

 俺は聞き返す。


「まったく……」

 なぜか六角屋は呆れていた。

 ヤレヤレ、って感じで大袈裟に肩をすくめる。


「もうすぐ、バレンタインデーだろうが」

 六角屋が面倒くさそうに言った。


「バ、バレンタインデー?」

 俺は、素っ頓狂な声を出してしまう。


「なんだおまえ、バレンタインデーの概念がいねんも知らないのか?」

 六角屋が言った。


「それは、知ってるけど」

 失礼な。

 もちろん俺だってバレンタインデーくらい知ってる。

 だけど、今までの人生の中で俺には縁がなかったから、そんな行事、ないものとして記憶からほうむり去っていたのだ。


「女子達は、その打ち合わせをしてるんだよ。料理上手な花巻先輩あたりが、みんなに手作りチョコの作り方講座でもやってるのかもしれないぞ」

 六角屋が言う。


「すごいな、なんでそんなこと分かるんだよ」

 六角屋、超能力者か。


「いや、普通に分かるが…………」

 六角屋に変な顔された。



「ってことは、ってことはだ。もしかして、俺、チョコレートもらえるのか?」

 俺は訊いた。


「小仙波、切なくなるからそんなこと訊くな」

 哀れむような顔で俺を見る六角屋。


「だって俺、今まで母親と、妹の百萌と、今日子からしかチョコもらったことないし」

 どれも、ガチガチの義理チョコだ。

 家族である母と妹と、家族同然に育った今日子が、なにももらえない俺に同情してくれたチョコだ。


「おまえ、源からももらったことあるのか?」

 六角屋が訊いた。


「ああ、『あんたはどうせ、お母さんと百萌ちゃん以外からチョコもらえなくて可哀想だから、くれてやるわ』とか言ってもらってる」

 今日子からは、毎年、そんなふうに憎まれ口を叩かれながらチョコを渡されている。

 憎まれ口で渡すくせに、そのチョコレートは手作りだったりするからたちが悪い。


「ふうん」

 六角屋はなぜか微妙な顔をした。



「そういう六角屋は? 毎年、どれくらいもらうんだ?」


「ああ、去年の記録でいうと、大きめの紙袋で三袋分かな」


 なんだそれ……


 もらったチョコレートの数を、紙袋の単位で答えるとか。


「これも日頃の行いだな」

 六角屋にそう言われたら、ぐうの音も出ない。


「まあ、もらえるチョコレートの数は、これからバレンタインデーまでの間の行動で増えることもある。だから慎重に行動しろよ」

 六角屋が有り難いアドバイスをしてくれた。


「ああ」

 俺は頷く。



 今年も、母親と百萌、今日子がくれるとして三個。

 さらに今年は、花巻先輩もくれそうな気がする(その見返りに、なにを要求されるか心配だけど)。

 月島さんもくれるんじゃないかと思う(月島さんは手作りじゃなくて、有名なパティシエが作った高級チョコレートとかくれそうな気がする。その見返りに、なにを要求されるか心配だけど)。


 あと、伊織さんはどうだろうか。

 最近では一緒に過ごすことも多いし、一緒の部屋で寝た仲だし、一緒にお風呂入った仲だし、くれる可能性もないことはないかもしれない。

 っていうか、伊織さんからチョコなんかもらったら、孫子の代まで語り継ぐ、家宝になると思う。


 花巻先輩と月島さんと伊織さんの分を足して六個。


 それと、文香もくれるに違いない。

 あの体でどうやって手作りチョコを作るのかは想像もつかないけど、文香はくれる。


 となると、今年俺は最大、七個もチョコレートをもらえるのか。

 七個って何個だよ。


 七個ももらって、虫歯になったらどうしよう。


「でも、個数じゃないんだけどな」

 六角屋のセリフは、余裕のセリフだった。


「本当にもらいたい相手から、もらいたいんだけどな」

 六角屋は遠くを見ながら言う。




 六角屋と別れて家に帰ると、家の中にチョコレートの匂いが充満してるのが、玄関で分かった。


 キッチンを覗こうとしたら、

「お兄ちゃん、見ちゃダメ!」

 エプロンをした百萌に言われて、キッチンから追い出される。

 百萌は甲斐甲斐しく、兄のために手作りチョコを作ってるらしい。



 バレンタインデーが楽しみなんて、俺の人生で初めてのことだ。

 こういうのを取らぬ狸の皮算用っていうのかもしれないけど、俺にも少しは夢を見させてほしい。

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