第112話 叫び
「さあ、皆、思いの丈をこの純白の紙にぶつけるがよい!」
花巻先輩が、高らかに叫んだ。
新年会の翌日、我が文化祭実行委員会の今年最初の活動は、書き初めだった。
部室の居間のちゃぶ台が片付けられて、筆や墨、
長い下敷きの上には、書き初め用の真っ白な
俺達文化祭実行委員のメンバーに加えて、顧問の月島さんと、生徒会からの連絡で来ていた伊織さんも、この騒ぎに巻き込まれている。
「ではまず、源からいこうか」
先輩が今日子を指名する。
「はい」
制服姿の今日子が、立て膝になって条幅に向かった。
「なにを書いたらいいんですか?」
筆を取ったところで今日子が訊く。
「うむ、そこは各人の自由だ。思うままに書きたまえ」
先輩が言った。
あ、それって、一番難しいヤツだ。
何を書くのかによってセンスが問われる。
狙いにいって外したら、恥ずかしいし。
今日子はしばらく考えてから、
『謹賀新年』
って書いた。
まあ、書き初めなんだし、普通だろう。
「いかん、いかん!」
ところが、花巻先輩が全力で首を振った。
「だって、先輩、何を書いてもいいって言ったじゃないですか」
今日子が抗議する。
「確かに、私は何を書いてもよいと言った。しかし、源、君は本当にそれを書きたかったのか? それが君の心の叫びか?」
先輩がジト目で今日子見て、挑発するように言った。
「分かりました」
今日子はせっかく書いた『謹賀新年』をくしゃくしゃにしてしまう。
そんなふうに言われると、今日子が向きになることを、幼なじみである俺は知っている。
今日子は、新しい条幅を広げて、その前に向かった。
そして、力強く、一気に筆を運ぶ。
『鈍感野郎』
今日子が書いたのは、そんな文字だった。
太い字で、所々がかすれていて荒々しい。
先輩が言うように、思いの丈をぶつけた、って感じの文字だった。
でも、なぜそんな文字を書くんだろう?
「うむ、源の心の叫びが聞こえるようで、素晴らしいじゃないか。これである。私はこれを求めていたのだ」
腕組みした花巻先輩が、うんうんと満足げに頷いた。
そして、今日子が書いたばかりの紙を壁に掲げる。
今日子が書いたこの『鈍感野郎』って文句に、他のみんなも納得してるみたいだった。
いや、ホントになぜだろう?
「それじゃあ、次は私が書くね」
次に筆をとったのは、月島さんだ。
月島さん、スーツの上着を脱いで、シャツを腕まくりする。
条幅に向かって四つん這いになった姿が、なんかちょっと
月島さんは、その外見と同じように、すらっとしたスマートな字を書いた。
『年下の男の子を
そんな文字が書かれる。
なんなんだ、それ……
「先生、流石です。もう、先生の心の中にある
花巻先輩が、親指を立てて言った。
「そうかな? ふふふ」
そう言って笑う月島さん。
なんか、月島さんがこっちを見てる気がするんですけど……
「さあ、それでは次、六角屋いってみよう」
先輩に言われて、「はい」と六角屋が筆をとる。
『女子第一』
六角屋が書いたのは、そんな文字だった。
なんだその、工事現場にあるみたいな
「うむ、レディーファーストということだな」
先輩が言った。
なるほど、六角屋らしい。
「では、次は私、書きます」
自分から次に条幅に向かったのは、伊織さんだった。
伊織さんも、やっぱり畳の上に四つん這いになって筆を動かす。
『機械の体』
伊織さんが書いたのは、そんな文字だった。
「ふむ、これはまた……」
大抵のことでは動じない花巻先輩が少し戸惑ってるみたいだった。
「だって、機械って
伊織さんが言った。
流石は機械フェチの伊織さん。
でも、完璧人間の伊織さんの闇を覗いたような気が、しないでもない。
「よし、ならば次は、私、自らがいこう」
言うなり先輩が筆をとった。
どうせ花巻先輩のことだから、『祭』って、一文字でっかく書くのかと思ったら。
『一生女子高生』
先輩はそんなふうに書いた。
なんだろうこの、絶対に卒業しないぞ、っていう強い意志は……
先輩、この先当分卒業する気がないらしい。
「さて、次は小仙波だ」
いよいよ、俺の番が回ってくる。
だけど、なんて書いたらいいのか分からない。
みんなが書くあいだずっと考えてたのに、いいアイディアは何も浮かばなかった。
だから俺は、筆をもったまましばらく止まる。
「ほら、さっさと書きなさい」
今日子が言った。
なんか、圧が強いんですけど。
仕方なく、俺は書いた。
『彼女が欲しい』
思ってることをそのまま書いた。
伊織さんとかいる前で、こんなことを書くのはかなり恥ずかしかったけど、適当な事を書いたら、花巻先輩にダメ出しされるに決まっている。
だから、正直に書くしかなかった。
これは、彼女いない歴=年齢の俺の、心の叫びだ。
「うむ。小仙波らしい、実に小仙波らしい!」
先輩が言って、それを壁に掲げる。
「このまま一年、ここに張っておくとしよう」
先輩が一番高いところにそれを貼った。
いえ先輩、そんな
「そんなの、簡単に叶うじゃない」
今日子が、小さな声でぼそっとつぶやいた気がした。
「それでは最後に文香君の書き初めといこうか」
先輩が、中庭から俺達を見ていた文香に言う。
「えっ? 私もですか?」
文香がびっくりした声を出した。
「うむ、当然である」
先輩が言う。
中庭には、条幅じゃなくて、文香サイズに模造紙をつなげて作った紙がを用意された。
俺が、文香の砲身の先端に筆を
硯の代わりには、庭の修繕でセメントをこねるときに使ったトロ船を用意した。
筆に墨をつけながら、しばらく何を書くか考えていた文香。
そして文香が、踏ん切りをつけたように筆を紙に落とした。
文香は、履帯で器用に前後左右して、筆を自由に動かす。
『普通の女の子になりたい』
文香が書いた。
「うむ、実に文香君らしい、心の叫びだな」
花巻先輩がゆっくりと頷いた。
月島さんが、ちょっと困った顔をする。
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