第107話 ご褒美
翌日からのテストや演習を、文香は精力的にこなした。
昨日まであれほど嫌がってたのが嘘みたいに積極的で、逆に月島さんに対してこんなテストをしてみたらどうか、とか、自分から提案したりする。
それも、同じAI戦車であるケイと打ち解けて安心したからなんだろうか?
ホームシックにかかってた頃の文香の姿はそこにはなかった。
文香はケイと一緒に競い合うように演習をこなす。
そんな文香に付き合って車長席に座りながら、俺はかなり寝不足だった。
昨日の夜、俺達が泊まる格納庫にケイが来て、文香とケイは夜遅くまで女子トークしていたのだ。
横に並んだ二輌は、夜通し話をしていた。
その隣にベッド置いて寝ていた俺は、おかげで深い眠りにつけなかった。
夜中に何度も二人の笑い声で目を覚ました。
ベッドの上でうつらうつらしながら聞いてる中で、ケイが文香に、「もっと甘え上手になりなさい」とか、「たまには素っ気ないふりして
そんなアドバイスを、文香は「うんうん」と頷いて注意深く聞いていた。
文香が恋愛上手になったりしたらどうしよう…………
ただでさえ強い文香なのに、その上駆け引きも上手くなったら、もう、誰も手が付けられないと思う。
そんなふうに、三日間、テストや演習が続いて、やっとすべてのプログラムをこなした。
「お疲れさん、文香もケイも、よく頑張ったね」
すべてを終えて月島さんが言った。
日が暮れて、これから自衛隊員の人達と米軍の人達で打ち上げがあるらしい。
俺達もその打ち上げに参加するのかと思ったら、
「よくやってくれた文香とケイには、今からご褒美をあげます」
月島さんがそんなことを言う。
「ご褒美、ですか?」
文香が訊いた。
「うん、いいところに連れて行って、貴重な経験をさせてあげる」
月島さんは意味ありげに言った。
「
ケイが月島さんに訊く。
「内緒。楽しみにしてなさい」
月島さん、はぐらかした。
「それから冬麻君」
月島さんが俺を向く。
「お正月に、突然、こんなところに連れてこられて、私達に付き合わされた君にもご褒美をあげないとね。一緒に来なさい」
そう言ってウインクする月島さん。
「安心して、今度こそ楽しい所だから」
月島さんは、俺の髪をくしゃくしゃってしながら言った。
いえ、空母に乗ったり戦闘機に乗ったり、戦車戦を経験したり、今までも十分楽しかったですが。
そのまま、文香とケイは運搬用のトレーラーに乗せられて飛行場に向かった。
俺が篠岡さんのF-3でここに連れてこられたときに使った、砂漠の真ん中の飛行場だ。
そこに、とてつもなく大きなダークグレーの輸送機が停まっていた。
両翼に二機ずつ、計四機のジェットエンジンをつけた機体は、俺が空で見た空中給油機より大きい。
普通の旅客機が子供に見えるような大きさだ。
機体が全体的に太くて、
「あれがC-5ギャラクシーだね。文香とケイの二輌を積み込んでも、まだ積載に余裕があるんだよ」
月島さんが言った。
まさか、飛行機で行くのか。
40トンを超える文香とケイを二輌載せるとか、桁違いの飛行機だ。
「これでどこに行くんですか?」
俺は月島さんに訊く。
「秘密です」
やっぱり行き先は明かしてくれない。
文香とケイがトレーラーから降りた。
すると、C-5の機首部分がパカッと上に開く。
ノーズ部分が丸ごと外れたみたいになった。
そこから奥に広大な空間が見える。
胴体が丸ごと格納庫になっていて、尾翼の方まで骨組みや配線が剥き出しになっていた。
広すぎてとても飛行機の中とは思えない。
その入り口に立つと、商店街のアーケードに立ったような感覚だ。
ノーズが上がったのに続いて、中から鉄のスロープが下りてきた。
「さあ文香、先に入って」
ケイが言う。
慣れた様子だから、ケイは何回も乗ってるんだろう。
「う、うん」
文香が慎重にスロープを上がって中に入った。
横幅は、文香が入ってもまだ横を人が歩けるくらいの余裕がある。
文香のあとにケイが続いて、二輌は縦に並んで輸送機の中に収まった。
自衛隊の人と米軍の人が、鉄の
「さあ、冬麻君も」
月島さんに背中を押されて、俺達も乗り込んだ。
月島さんの他に、数名の自衛隊員と米軍軍関係者が同行するらしい。
輸送機の上がっていた機首部分が閉まった。
月島さんや同行者が横に連なる座席に座る。
俺は文香の車長席に座った。
そこが一番快適そうだったし、文香もそうしてほしそうだったし。
やがて、ジェットエンジンが始動して、機体が滑走を始めた。
その段階まで戦車二輌を載せた飛行機が飛ぶことが信じられなかったけど、機体はあっけなく空に上がる。
文香の中にいながら空を飛ぶ感覚は、くすぐったいような、足元が不安なような、不思議な感覚だ。
「よし、どこに行くのか分からないけど、暇だし、目的地までゲームでもしていこうよ」
ケイが言った(正確に言うと、ケイの声が文香のヘッドセットを通じて聞こえた)。
「うん!」
文香が嬉しいのを隠せない声を出す。
「ここにちょうど三人いるし、エー○ックス レジェンズでいい?」
ケイが訊いた。
「うん!」
それは文香も大好きなFPSで、二人で何度もやったことがある。
三人一組でチームになるゲームだから、確かにちょうどよかった。
俺は文香の中のモニターを使って、文香とケイは自身をネットに繋いでゲームをする。
ケイはゲームの腕前もかなり良くて、俺と文香はキャリーしてもらった。
まあ、打ち合いは本業なんだし当然か。
だけど、アメリカ最大の輸送機の中で、戦車二両と一緒にゲームしてるっていう、この状況って…………
そして、そうやって俺達が向かった先は、光溢れる「夢の国」だった。
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