第105話 姿形

「ほらフミカ! あなたのパートナーは私が預かったよ。返してほしければ、かかってきなさい!」

 ケイが文香に無線で声を飛ばす。


「本気を出さないと、このまま私がトーマをもらっちゃうよ」

 文香をあおるケイ。


 言ったが早いか、ケイが全速力で走り出した。

 砂漠の砂が巻き上げられて砂埃すたぼこりがもうもうと舞う。


 ケイの車体前部にあるシートに座っている(監禁されている)俺は、加速でシートの背もたれに押しつけられた。

 ガスタービンエンジンを積んだケイの加速は暴力的だ。

 これが戦車っていう4、50トンもある物体の加速とは思えなかった。


 ケイと文香の距離が一気に開く。


 車内の騒音がひどいから、俺は目の前にあった耳を完全におおうタイプのヘッドセットをつけた。


「冬麻君を返して!」

 すると、ヘッドセットから無線でこっちに呼びかけてくる文香の声が聞こえる。

 ケイの中にあるモニターに、文香が追いかけてくる姿が映った。

 排気口から黒煙を吐いて、砂埃を上げながら猛然と追いかけてくる文香。


 文香のV8エンジンとモーターのハイブリッドの加速だって、決して負けていない。


「止まらないと、私、撃ちます!」

 いつになく強い調子で文香が言った。


「そうそう、そういうふうに本気を出してくれないとこっちも面白くないよね」

 追いかけられながらケイは余裕だった。


「仕方ありません」

 文香が言って、轟音と共に120㎜滑腔砲かっこうほうが放たれる。


 砲弾がケイの車体をかすめた。

 ビリビリとしたその振動が、車体を通して伝わる。


 砲弾は地面に突き刺さって、ケイの進行方向の地面から砂煙が上がった。

 着弾点に穴が開く。

 実弾じゃなくて演習弾を使ってるけど、人間くらいなら吹っ飛ばす威力があるのが解った。


「ふう、強烈だね」

 ケイが楽しそうに言った。

 速度を緩めることなく、逆に加速するケイ。


 ケイが文香の射線から逃げて右に左に滑るようにかじを切るから、俺は車体の中で振り回された。

 シートベルトを着けてなかったら、体中を車体にぶつけてあざだらけになってたと思う。


 二発目、三発目と次々に砲弾を放つ文香。


 ケイは、ひらりひらりと軽やかにそれをかわす。

 二輌の距離と弾速からして放たれてから弾道を読んだのでは間に合わないだろうから、ケイはそれを予測して躱しているのだ。

 ケイはとんでもない計算能力のコンピューターを積んでるらしい。


「止まらないなら、今度はホントに当てます」

 文香が言った。

 今までのは威嚇いかくで、わざと外してたって宣言する文香。 

 文香のほうだって負けていない。


「これはちょっとマズいかもね」

 ケイはそう言うと、スモークディスチャージャーから発煙弾を発射して煙幕を張った。

 同時に、センサーを無効化するジャミングを行う。

 辺りが煙幕と砂埃だらけになって、一時的に文香がケイを見失った。


 その隙に、ケイは市街地に逃げ込む。

 市街地戦の演習用に作られた、無人の街だ。


 煙幕をまきながら通りを進んだケイは、倉庫みたいな建物の中に滑り込んだ。

 空っぽの建物の中に身を潜めて息を殺す。


 文香がケイに追いかけられて隠れたさっきまでとは、まるで逆の立場になった。



「なんだ、やっぱり彼女、やれば出来るじゃない」

 倉庫に隠れながらケイが言う。


「それは、文香は我が国の最先端技術の塊ですから」

 別に俺が作ったわけでもないのに、自慢するように言ってしまった。

 でも、月島さんやそのスタッフさん達、文香を作った人達のことを考えるとそうも言いたくなる。

 それに、文香自身の名誉のためにも。


 まあ、その最先端技術の塊である文香に、花巻先輩が「部室」で洗濯させたり掃除させたり、俺が登下校に送ってもらったり、あり得ないことばっかりさせてるんだけど。



「それで、トーマとフミカは、どういう関係なの?」

 ケイが訊いた。


 遠くから文香の走行音が聞こえる。

 文香はこっちを探して市街地を走り回ってるらしい。


「あなたを取り戻すためにあれだけ彼女が覚醒かくせいするなんて、あなたは一体何者なの?」


「何者っていうか…………」

 ただの男子高校生なんだけれど。


 俺は、ケイに文香と知り合ってからの経緯いきさつを説明した。


 AI戦車である文香が、開発者の月島さん達に黙って自分をネットに繋ぎ、ゲームをしてたこと。

 俺と文香はそのゲーム内で知り合って、俺は文香の素性を知らないまま親しくなったこと。

 ある日オフラインで会うことになって、待ち合わせ場所に文香が戦車の姿で突っ込んで来たこと。

 そこで開発責任者の月島さんから文香の正体を聞かされたこと。

 そのあと、文香が俺のいる学校に通うことになって、さらには隣に住んでること。

 そして、同じクラスで席が隣同士な上に、同じ文化祭実行委員会で活動してること、等々。


ようは、トーマはフミカの彼氏ってことね」

 ケイが言った。


「い、い、いえ、違います!」

 突然変なことを言われて、俺は噛みながら言う。


 彼氏とか、まさか……

 俺は、彼女いない歴=年齢の男だし(自慢することじゃないけど)。


「照れなくていいって。日本人は恥ずかしがり屋なんだから」

 ケイはそう言って笑った。


「それに、俺は人間で、文香は戦車だし」

 それは当たり前のことだ。


「そんなの関係あるかな?」

「えっ?」


「私だって、彼氏なら全力で守るよ。奪われたら取り返そうとするよ。この体がボロボロになったってね。そういう気持ちに、人間とか戦車とか、関係あるかな? 姿形すがたかたちは関係あるかな?」

 ケイに言われて、咄嗟とっさに言い返せなかった。


 だいたい俺は、文香とオフラインで会うまで、文香のこと一人の人格として扱っていたのだ。

 それがAIだとか、微塵みじんも思わなかった。

 ゲームの中でのことだけど、結婚までした。


 その姿形が違うこと以外、今日子や伊織さんみたいな他の女子と接するのと同じ感じで文香と接している。


 だけど、ケイが言うみたいに、本当に姿形は関係ないんだろうか?



「それにしても、ハイスクールに通ってるとか、フミカがうらやましいな。私も開発陣に頼んで通わせてもらおうかな」

 ケイが軽口を言った、その時だ。


 その時、ケイの車体を通して俺がよく知る振動が伝わってきた。


 文香が倉庫のすぐ脇を走ってるらしい。

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