第92話 隙あらば

 地中から半分顔を出した四式中戦車が、暗闇の中、投光器の明かりに浮かんでいる。

 その砲塔から伸びる75㎜砲が、星がまたたく夜空を指していた。



 戦車上面の土を大方取り除いたところで、いよいよ、その引き上げが始まる。


 24式装軌車回収車は、月島さんが外からリモコンで操縦した。

 24式の折りたたまれていたクレーンを伸ばして、主フックを四式中戦車の車体各部に渡したワイヤーに取り付ける。

 同時に、中戦車前部の牽引けんいんフックを、文香の後部の牽引フックへと繋いだ。

 四式中戦車の車体を24式のクレーンで持ち上げながら、文香が横に引っ張り出すっていう、二面作戦だ。



「じゃあ、始めるね」

 月島さんが言って、24式装軌車回収車のエンジンを掛けた。


「始めます」

 文香もエンジンを掛ける。


 クレーンの巻き上げが始まってしばらくすると、玉掛けで四式に渡していたワイヤーが張って、俺達の足元の地面がグラグラと動いた。

 戦車が埋まっている周りの土に、無数のひび割れが走る。


 すかさず、文香もエンジンをフル回転させた。

 文香のV8エンジンがうなって、排気口から黒煙が吐き出される。


 四式中戦車と文香を繋いでいるワイヤーロープがピンと張った。

 文香がジリジリと前進する。


 けれど、四式中戦車は中々穴から出なかった。

 まるで地中から出てくるのを嫌がってるみたいに踏ん張る。


 前進しようとする文香の履帯が空回りして、そこだけ土が掘られた。

 車体が左右に振られるのを上手く制御して、まっすぐにする文香。

 車体を上に引っ張ろうとする24式装軌車回収車のクレーンが、しなってるように見えた。

 二輌からの排気で、夜の闇が更に深くなる。


 すると、四式中戦車の車体が徐々に浮き始めた。

 牽引フックとワイヤーが擦れて、ギイイッと、内臓に響くような嫌な音がする。


 一度勢いがつくと、それは、ぬるっと、嘘みたいにあっけなく地面に出てきた。

 文香が横に引っ張って、埋まっていた穴の壁面の土を崩しながら引き出す。


 四式中戦車は、穴から引き上げられて五メートルくらい滑った。


 そこで月島さんが合図して、文香と24式装軌車回収車双方がエンジンを止める。

 けたたましいエンジン音が止まって、辺りが無音になった。

 俺達は、土埃つちぼこりと排気の煙が収まるのを待つ。


 やがて投光器の光に浮かんだそれは、神々しくさえ見えた。


 四式中戦車。

 角張った機能美の塊が、全身を現した。


 俺達はすぐにそれに駆け寄る。


「すごい、ほとんどびてない!」

 伊織さんが目を丸くする。

 伊織さんが言うとおり、車体に致命的な錆びはなかった。

 ダークグレーに見える車体は、鉄の塊として、圧倒的な迫力を保っている。


「簡単に整備すれば、今すぐにでも動き出しそうだな」

 花巻先輩が言った。

 土が入り込んでいる履帯部分も、転輪も、全ての部品が欠けることなく残ってるみたいだ。


「ちーちゃん。よろしくね」

 文香が、砲塔を下げて挨拶した(ちーちゃんとは、文香が四式中戦車に付けたニックネームだ)。


 先の大戦末期の最新戦車と、現代の最新戦車が、長い時をまたいで対面する。

 なんか、機械と機械が向かい合ってるのに、血が通った物語を感じた。



 引き上げた戦車をいつまでも見ていたかったけど、そこは花巻先輩の計画もあって、人目につかないよう、すぐにシートで覆った。

 その上から、カモフラージュネットを掛ける。



「さあ、みんな、今日はここまでにしましょう。泥だらけだし、体も冷えてるでしょうから、お風呂に入って温まりましょう」

 月島さんが言った。


「温まったあとはもちろん……」

 宴会になるのは間違いないだろう。

 四式中戦車引き上げを祝っての、大宴会になるはずだ。


「だけど、これだけの人数だと、順番にお風呂に入るのに時間がかかっちゃいますね」

 今日子が言った。


 確かに、文化祭実行委員会のメンバーと、顧問の月島さん、伊織さんで、六人。

 一人、30分で入ったとしても三時間はかかる。


「うむ。それなら私に妙案があるぞ」

 花巻先輩が言った。


 もう、聞く前から嫌な予感しかしない。


「目の前に、四式中戦車を掘り出したあとの大穴があるだろう?」


 やっぱり、俺の予感は当たった。


「この穴に防水シートを敷いてお湯で満たし、簡易露天風呂を作ってしまおうではないか」

 先輩が言って親指を立てる。


 ああ……


「こんなこともあろうかと、温泉の素も用意してある。乳白色の湯なら、小仙波も六角屋も、女子の前で裸になることに恥じらいはないであろう」

 先輩が言う。

 混浴前提らしい。


 いや、それって逆じゃないのか?

 普通、女子達が俺と六角屋の前で恥ずかしくないって、そっちを気にするんじゃないのか。



 っていうか、すきあらば温泉回かよ!



「あっ、それなら私のエンジンの廃熱でお湯を沸かしてください。さっき思いっきり回したのでエンジンが熱々なんです。このままだと、今晩、火照ほてって眠れそうもないし」

 文香が言った。


 文香は、ただエンジンが熱いって言ってるだけなのに、なんでセンシティブに聞こえるんだろう……


「なんだ小仙波、反対か?」

 先輩が俺に訊く。


「いえ……」

 賛成ですけど。

 控えめに言って、大賛成。

 土下座どげざどころか、五体投地ごたいとうちしてお願いしたいくらいに。



「では、準備にかかろう!」

 花巻先輩が拳を突き上げる。

「おー!」

 女子達も楽しそうに拳を突き上げた。



 俺達は、年末の忙しい時期に地中から戦車を引き上げてたかと思ったら、今度は、学校の敷地に露天風呂を作るらしい。

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