第79話 お酌

「メリークリスマス!」

 ミニスカサンタの衣装に身を包んだ女子達が言って、クラッカーを鳴らした。

 派手な破裂音と共に、色とりどりの紙テープが部室の居間に舞う。


 座卓とちゃぶ台の上には、乗り切らないほどのご馳走が載っていた。

 お寿司や舟盛りの刺身、ローストビーフにチキン、から揚げやコロッケなどの揚げ物。

 ピザやパスタ、グラタンやパエリヤ、餃子ぎょうざ小籠包しょうろんぽう

 デザートも、大きなクリスマスケーキを中心に、タルトやパンケーキ、プリン、どら焼き、みたらし団子、草餅くさもち杏仁豆腐あんにんどうふなどなど、和から洋、中華まで、なんでもそろっている。

 飲み物も、シャンパンにワイン、ビール、日本酒、焼酎しょうちゅう紹興酒しょうこうしゅ、ジュースにウーロン茶、シャンメリーと、選び放題だった。


「こんなご馳走、どうしたんですか?」

 俺は花巻先輩に訊く。


「うむ。昨日までの我らの年末セールへの協力が有り難かったと、商店街の各店舗から差し入れを頂いたのだ。差し入れというか、半分、私が各店舗を回って強奪してきたようなものだが」

 得意げに言って、肩出しのミニスカサンタコスで堂々とその大きな胸を張る花巻先輩。

 先輩、俺達が終業式に出てるあいだに商店街に行ってのか…………


 なるほど、確かにこの料理の数々は、商店街で売ってるものばかりだ。

 クラッカーとか、俺達がかぶらされてる三角帽子とか、パリピメガネとかも、商店街のおもちゃ屋からもらってきたんだろう。

 ってことは、クリスマスツリーの横にさり気なく置いてある金色の「おりん」は、仏具店からの差し入れなのかもしれない(なぜ、先輩はクリスマスに仏具店にまで差し入れをもらいに行ったのかと小一時間)。


 中庭では、三角帽子を砲塔に乗せて、金銀のモールで飾られた文香が俺達の様子を見ていた。

 文香の横には、商店街の車屋さんで差し入れてもらった文香用の高級オイルや、ウオッシャー液も置いてある。


 ちょっと寒いけど、文香一人だと可哀想だから、中庭の窓と縁側の障子は開けてあった。



「それでは諸君、飲んで食べて、楽しんでくれたまえ」

 先輩が言って、みんなが料理に手をつける。



「お、始まってるね」

 職員会議を終えた月島さんが顔を出して、俺達に合流した。


「あれ? 私のミニスカサンタ衣装はどこ?」

 来るなり月島さんが言う。

 月島さん、ミニスカサンタの衣装を着ることに微塵みじん躊躇ちゅうちょないのか…………


 まあ、こっちとしては着てくれて嬉しいんだけども。


 月島さんは、風呂場の脱衣所でさっとミニスカサンタの衣装に着替えて俺の左隣に座った。

 何度見ても、その大きく開いた胸の谷間にはドキッとする。

 刺激的過ぎて、30秒くらいしか凝視ぎょうしできない。


「ほら小仙波、山崎先生に手酌てじゃくをさせる気か」

 花巻先輩に言われた。

「はい、すみません!」

 俺は慌てて月島さんのグラスにシャンパンを注ぐ。


「仕事終わりに、可愛い教え子から注がれるシャンパンほど美味しいものはないよね」

 グラスに口をつけた月島さんが言って、俺に向けてウインクした。

 月島さんはグラスの中身をごくごくと気持ちよさそうに一息に飲み干す。

 そして、俺に次の一杯を要求した。

 俺は求められるままにシャンパンを注ぐ。


「ねえ小仙波君、私のグラスも空いてるんだけど」

 月島さんに注いでたら、俺の右隣りに座る伊織さんが言って、グラスを差し出してきた。

 ミニスカサンタコスに身を包んだ伊織さんのまゆが、ちょっとつり上がってる気がする。


「あっ、ごめん」

 俺は、月島さんが飲んでいたウエルチのグレープをグラスに注いだ。


「んっ!」

 すると、今度は対面にいた今日子までが俺にグラスを差し出す。

 言葉もなく、ただ「んっ!」とか発するだけなのが図々しい。

 仕方がないから、今日子にも飲んでいたシャンメリーを注いでやった。

 子供の頃、隣りに住んでた今日子の家とはよく共同でクリスマスパーティーをしていて、そのときもこうして俺が今日子にシャンメリーを注いでた気がする。


「みんなばっかり、ずるいな」

 すると、中庭からそんな声が聞こえた。

 中庭の文香の声だ。


「ああ、ごめんごめん」

 俺は中庭に下りて文香の車体に乗ると、砲塔のセンサーボックスのウォッシャー液を補充ほじゅうしてあげた。


「ありがとう」

 ウォッシャー液を噴射ふんしゃしてセンサーを掃除しながら文香が言う。


「ほら小仙波、私のグラスも空だぞ」

 今度は花巻先輩だ。


「はい、ただいま」

 俺は中庭から花巻先輩の元へ急ぐ。

 先輩のロックグラスにストレートで芋焼酎を注いだ。


 女子達にいいようにこき使われてる感じなのに、なんだかそれが心地いい。

 なんか俺、こんなふうに開発されてしまった気がしないでもない。


 そんな俺を見て、六角屋が、ヤレヤレ、みたいな顔をしていた。



 食べて飲んで、みんなのお腹がいっぱいになると、花巻先輩がマイクを握ってカラオケが始まる。

 スピーカーやアンプは、学校の備品を花巻先輩がきた。

 この部室は、学校のグラウンドの片隅にあるから、大騒ぎしても誰にも怒られることはない。


 女子達が順番にマイクを取って、六角屋の次に俺も歌わされた。

 俺の歌に、花巻先輩が「おりん」を叩いて合いの手を入れる。

 なんか、クリスマスパーティーで「おりん」とか、混ぜちゃいけないもの混ぜてる気がするんですけど…………


「これが、普通のクリスマスパーティーなんですね」

 中庭の文香が砲塔を上下させて頷く。


 いや文香、これはすごく特殊なクリスマスパーティーだ。




「では、そろそろお開きとしようか」

 パーティーも盛り上がって午後九時を過ぎたころ、花巻先輩が言った。


「えっ? これで終わりですか?」

 文香が訊く。


「いつもみたいに、ここに泊まって朝までパーティーするんじゃないんですか?」

 文香の言葉に、みんなが顔を見合わせた。


 確かに、冬休みで明日から学校に行かなくていいわけだし、宴会好きなこの文化祭実行委員会なら、夜を徹して大騒ぎするはずだった。

 その宴会が二、三日続いても不思議ではない。


 それが、こんなに早く切り上げるってなって、文香が不審に思っている。

 この後のこと、文香に感づかれただろうか?

 俺達がサンタクロースを信じる文香のために裏で色々動いてることが、見透かされてるのか。


 すると、花巻先輩がすくっと立ち上がった。


「うむ、今日はクリスマスイブである。いつまでも騒いでいては、サンタクロースも降りてこられまい。そのために、早々に切り上げるのだ」

 先輩が文香に向けて言った。


「あっ! そういえば、そうですね」

 文香が砲口を上下させてうんうんと頷く。


「文香君、案ずるでない。年末年始は、忘年会に新年会、宴会のチャンスはいくらでもある。そのときは朝まで付き合ってもらうぞ」


「はい!」


 さすが先輩、上手いこと文香を丸め込んでしまった。


「さあ、それでは皆、帰りたまえ」


 先輩の言葉に、今日子も六角屋も伊織さんも、そして月島さんも、一旦、帰るふりをする。


 俺も、文香に乗って一緒に家まで帰った。



 さあ、ここから、文香の願いを叶える俺達の作戦が始まる。

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