第78話 通知表

「それじゃ、今から通知票を配るぞ」

 教壇きょうだんに立った担任の真田が、教室を見渡して言った。


「えーーーーー!」

「やだー!」

「いらなーい!」

 そこここから声が上がる。


 終業式の後にこうして通知票が配られるのは分かってることだけど、こんなふうに嫌がっておくのが、一応、生徒側としてのお約束だ。


「静かに! 名前を呼ばれた順に、教壇まで取りにくるように」

 真田が言って、みんなが「はーい」と返事をした。


「朝比奈」

「はい」

 出席番号の若い順から、通知票が配られる。

 真田は、配るとき一人一人に一言声をかけた。

 配られた通知票を見て、喜んだり、肩を落としたり、みんながいろんな反応を見せる。


 そんなざわついた教室の中で、俺の隣の席の文香がそわそわしていた。

 砲塔を小刻みに揺らしたり、センサーが入った箱をぐるぐる回したり、砲塔に付いているミサイルキャニスターのふたをパタパタさせたりして、いつになく落ち着きがない。

 そんな文香のうろたえぶりを見てたら、思わずほほが緩んでしまった。


 文香がここに来たのは夏休み明けだったから、こうして通知票をもらうのは初めてだ。

 小学校や中学校に通っていない文香には、生涯しょうがいで初めての経験になる。

 そんな初めてのことに、必要上に動揺するのは当然かもしれない。

 俺も、小学一年生のとき初めて通知票をもらったときはドキドキしてたのを覚えている。

 こんなふうに、自分が紙の上で評価されてるってことがどんなことか分かってなくて、不思議だった。

 だから、もらった通知表をちょっとだけ開いて、その隙間から盗み見るようにして確認したのを思い出す。



「小仙波!」

 真田が俺を呼んだ。

「はい」

 呼ばれて俺は席を立った。

 今日子が意味ありげに俺を見るなか、俺は教壇に急ぐ(ちなみに、小学校のときから今まで、今日子は俺が通知票をもらうたびに無理矢理中身を検閲けんえつするから、ヤツには俺の生涯の成績すべてが知られている)。



「小仙波は、うん、まあ普通だな」

 真田は、俺を褒めるわけでもなく、注意するわけでもなかった。

 さっそく通知表を開いてみると、見事なまでに「3」が並んでいる。

 特別、ひいでた科目があるわけじゃないし、おとってる科目があるわけでもなかった。

 これじゃあ真田も、そう言うしかなかったんだろう。


 普通って、小学校のときも、中学のときも、その時々の担任から言われてた気がする。

 ホントに普通だから、これを家に持ち帰っても、親から怒られることはない。

 まあ、褒められもしないんだけど。



「冬麻君、どうだった?」

 俺が席に戻るなり、文香が訊いた。


「うん、まあまあ」

 俺は答える。


「ふーん」

 文香はそう言うと、俺にカメラを向けた。

 文香が俺に注目してレンズをズームしてるのが分かる。

 そのまま、しばらく動かない文香。


 なんだろうって思ってたら、文香が俺に向けてるのは赤外線カメラだった。

 それで、俺の通知票を透かして見ようとしてたらしい。


 文香さんのエッチ!


 俺は、文香に見られないよう、通知票を机の中に隠した。



 そうこうしてるうちに、文香の順番が近くなってくる。


「どうしよう。成績悪かったら、怒られちゃうかなぁ」

 文香が駄々っ子みたいに、サスペンションの油圧で車体を上下させながら言った。

「心配しなくても大丈夫だよ」

 定期テストの点数で文香は優秀だし、どの授業でも、授業態度はすごくいい。

 それに、月島さんは成績が悪かったからと言って、怒ったりしないと思う。


「三石!」

「はい!」

 いよいよ文香の番になった。


 文香がモーター駆動でゆっくりと前進して、真田がいる教壇に近付く。


「三石は、よく頑張ったな」

 真田は文香を見上げて破顔した。

 文香のカメラに向けて、通知表を開いて見せてあげる。


 それをカメラで覗き込む文香。


「はい、ありがとうございます!」

 自分の成績を確認した文香の声が弾んだ。

 少なくとも、5が4つ以上ある感じの声の弾み方だ。


 おおお、ってクラスから歓声が上がる。


「この調子で、三学期も頑張るように」

「はい!」

 文香が弾けた声を出した。

 真田が文香の側面の工具箱に通知表を入れて、文香が席に戻ってくる。


「どうだった?」

 俺は訊いた。


「うん、まあまあ、かな」

 文香が言う。

 文香、手放しで喜びたいところを、俺の手前、抑えてる感じだった。


 色々気を遣わせて、申し訳ない…………


 とにかく、文香が初めてもらう通知表が本人も満足の結果だったみたいで、俺まで嬉しくなった。



「それじゃあみんな、冬休み中、はしゃぎすぎないように。ゆっくり休んで、三学期、無事にこの教室に戻ってきてください」

 最後に真田が挨拶して、二学期が終わった。


 夏休みが明けて、この教室に移って、文香が転入してきて、あっという間だったような、いろんなことがありすぎて長かったような、そんな二学期だった。




「さあさあ、無事、二学期も終わり、いよいよクリスマスである。クリスマスとは、すなわち祭である。この祭を、我らで十二分に楽しもうぞ!」


 文香と今日子と三人で部室に帰ると、そこにはミニスカサンタの衣装に身を包んで仁王立ちする花巻先輩がいた。

 返す返すも、ミニスカサンタを発明した人には、ノーベル平和賞をあげるべきだと思う。

 肩を出した先輩の、細身の鎖骨さこつまわりと、たわわな胸のコントラストが完璧だ。

 ミニスカートの裾についてる白いモフモフから覗く、先輩の健康的な太股もたまらない。


 俺は、サンタクロースのことを信じる文香みたいなピュアな心は持ってないけど、ミニスカサンタをでるピュアな心は持っている。


 部室の居間には、いつも使ってるちゃぶ台の他に座卓ざたくが出してあって、その上にご馳走が並んでいた。

 マジパンのサンタクロースが乗った、大きなケーキもある(おそらく、先輩が終業式にも出ないで朝から用意してたと思われる)。


「あっ! 美味しそうですね」

 ホームルームを終えた六角屋も部室に帰ってきた。


「クリスマスパーティーにお誘い頂いて、ありがとうございます」

 伊織さんも部室にくる。


「おお、伊織君よく来た。さあ、伊織君も源も、ミニスカサンタの衣装に着替えるがいい。縁起物えんぎものだから」

 花巻先輩が言った。


 俺は、一生先輩についていこうと思う。

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