第29話 オムライス

 そこにいたのは、赤いうさ耳のバニーガールとメイドさんだけじゃなかった。

 巫女みこさんに、看護師さん、アニメやゲームのキャラクターもたくさんいる。

 模擬店もぎてんの呼び込みや店員をしてる雅野みやびの女子学院の生徒が、コスプレしているのだ。

 あの、清楚せいそなお嬢様学校の生徒が、いつもとは違う露出度の多い衣装で接客をしている。



 楽園はここにあった。



 俺がびっくりして、ただただ目の前の光景を眺めてると、


「おいで頂いてありがとうございます」

 一人の女子が頭を下げる。


 その人は、招待してくれた雅野女子の文化祭実行委員のたちばなさんだった。

 俺達を見付けて、挨拶あいさつしに来てくれたらしい。


「毎年毎年、壮観そうかんですなあ」

 にぎやかな模擬店の並びを見ながら花巻先輩が言った。


「はい、おかげさまで、今年も無事、開催かいさいにこぎ着けました」

 橘さんが笑顔で言って、そのポニーテールの髪が揺れる。


「皆さん、結構大胆ですね」

 今日子がその衣装を指して言った。


「はい、この学校は、普段は規律正しく、制服も髪型もきっちりと定められているのですが、この文化祭の最中だけは自由に装っていいのです。どんな服装でも許されます。だからみんな、このときばかりは自分が着たいと思っていた衣装を着るのです。それで、思いっきり文化祭を楽しみます」

 橘さんが答える。


 ってことは、この実行委員の橘さんは、普段から、ビキニアーマーを着たいって思ってたのか…………


 俺の目の前にいる橘さんは、金色に縁取られたメタリックレッドのビキニアーマーを着ていた。

 腰に剣を差して、手には銀色の丸いシールドを持っている。

 肌色の部分が多くて、さっきから俺、目のやり場に困っていた。

 そのアーマに隠しきれないもの(推定86㎝)をガン見するわけにもいかないし、目をらすのも失礼な気がする。


 それにしても、ビキニアーマーって、守りたいのか露出したいのか、いまいち分からない。


「うむ、あっぱれな文化祭精神ですね。一年を耐え忍び、この一日にかける情熱。我々も見習いたいものです」

 花巻先輩が言った。


 いや、先輩は耐え忍ぶっていうか、365日、毎日がお祭りでしょうが。


「今日は無礼講ぶれいこうです。皆さんも、存分に楽しんでいってくださいね」

 橘さんが笑顔で言う。


「お心遣い、ありがとうございます。我々も楽しませて頂きます。なにかお手伝い出来ることがあったら、遠慮なく、お申し付けください」

 先輩が頭を下げて、俺達も従った。


「では……」

 橘さんが魅力的なお尻を見せながら去る。



「さあ、それでは我らも楽しませてもらおう」

 花巻先輩はそう言うと、さっそく、近くの模擬店に入っていった。


 六角屋は相変わらず、手当たり次第に女子に声を掛けまくる。


「あっ、ネイルサロンだって。私も綺麗にしてもらおう」

 今日子も行ってしまった。


 そこに俺と文香が残される。



「本当に、文化祭って楽しそうなところだね」

 センサーをフル回転させながら、文香が辺りを見ていた。

「そうだね」

 ここはちょっと特殊だけど、文香に文化祭の雰囲気は感じてもらえたと思う。

 今度はこれを俺達がやるのだ。


 文香と一緒に、もう少し色々と見て回りたいけど、雅野女子のみんなが文香のこと怖がらないかなって心配してたら、


「カッコイイ!」


 後ろから、そんな声が聞こえた。


「これが、文香さんなんですね」

 文香の周りに雅野女子の生徒が集まってくる。


「はじめまして」

 その中の一人が挨拶して、文香も「はじめまして。お邪魔しています」って返した。


 文香は普段街中を走り回ってるから、有名人だったらしい。


 文香の周りに集まった中には、○洗女学園や黒○峰女学園の制服を着て、ガ○パンのコスプレをしてる女子も何人かいた。

 その女子達は、もう、本物の戦車である文香に夢中だった。


 文香は彼女達を車長席に乗せてあげたり、記念撮影をしたりする。

 引っ込み思案じあんな文香が、初対面の雅野の生徒と普通に話していた。


 ふう、文香も受け入れられて一安心。


 っていうか、文香の心配をしてるうちに、俺がぼっちになってしまった。

 花巻先輩は模擬店の梯子はしごで、六角屋は女子に顔を売ってるし、今日子はネイルをしてもらってる最中。


 俺だけ、ぽつんとにぎわいの外にいる。


 でも、今から模擬店に入っていくのは緊張するし、雅野の女子に話し掛けることなんて、絶対出来ない。

 俺は、自分の学校でも女子に話し掛けるのに緊張するくらいなのだ。


 とりあえず、作戦を練るためにトイレにでも避難しようかて考えてるところへ、


「あ、あの……」


 メガネを掛けた小さな女子が、俺に話し掛けてきた。

 彼女は、頭にフリルがたくさんついたヘッドドレスを付けて、同じようにフリフリのエプロンドレスを着ている。

 幼い感じで、中学生の百萌よりロリロリしいと思う。


 そんな彼女が、ふるふる震えながら俺に話し掛けてきた。


「あの、校舎の中にうちのクラスでやってるカフェがあるんですけど、よろしければ、来て頂けませんか?」

 その女子が、上目遣うわめづかいで言う。


 なんという上目遣いの破壊力。

 ペットショップで、ふるふるとこっちを見上げるティーカッププードルのごときいじらしさ。


「そ、それじゃあ、お邪魔させて頂きます」

 俺が緊張しながら言うと、

「ホントですか?」

 彼女が言って、俺の腕を取った。


「ご案内しますね」

 俺は、彼女に腕を取られたまま校舎の中に連行される。


 なんか、これなら行った先がぼったくりの店でもいいと思った。

 今財布の中に入ってるお金全部使ってもいいと思う。




「お帰りなさいませ。ご主人様」

 彼女のクラスの教室に行くと、メイドに扮した四十人がそう言って俺を迎えてくれた。


 お帰りなさいませ、なんて言われて、初めて訪れる場所なのに懐かしい。


 俺は、奥の席に案内された。

 普通の教室を飾り付けた店内に客は三人しかいなくて、俺一人に対して十人のメイドさんが付く。

 みんな、超がつくほど可愛くて、お嬢様学校だからか、みんな黒髪だ。


「なにになさいますか?」

 大きなリボンが似合いすぎるメイドさんが、メニューを広げて見せてくれる。


「それじゃあ、このオムライスで」

 思わず一番高いメニューを選んでしまった。

 だって、メイドさんがケチャップでオムライスに絵を描いてくれるっていうし。


「それじゃあ、ご主人様の似顔絵を描きますね」

 ツインテールのメイドさんが、そう言ってケチャップを手に取る。


 そのメイドさんが、俺をモデルにして見詰めてくるから、照れてしまった。

 メイドさんに頭の天辺から爪先まで、じっくりと観察される。


「ほら、ご主人様、目を逸らしたらダメですよ」

 そんなふうに言われて、何度か気が遠くなった。


 オムライスの薄焼き卵の上にケチャップで描かれた俺の似顔絵は、俺そっくりだった。


 っていうか、劇画調げきがちょうかよ!


 俺は心の中で突っ込む。


 描かれた似顔絵は、陰影があって細かいところまで描き込まれていた。

 たぶん、描いてくれたメイドさんは美術部にでも入ってるんだと思う。

 肖像画しょうぞうがとして額にでも入れたい完成度だった。


 やっぱり、ここはお嬢様学校だけあって、ホントのメイドカフェとか知らないのかもしれない。

 ちょっと、勘違いしてるのかも。



 肝心のオムライスは、びっくりするくらいおいしかった。

 隣の教室で有名ホテルの料理人が料理してるっていうから、当たり前なんだけど。


 でも、そんな最高のオムライスも、メイドさん十人に囲まれてるとすんなりのどを通らない。


「ご主人様、あーん、して差し上げましょうか?」

 ショートカットのメイドさんが言った。


 さすが高いだけあって、あーんのサービスまで付いてるのか。


「お願いします」

 俺が言うと、メイドさんが横に座って、俺の手からスプーンを奪った。

 そして、薄焼き卵の下のチキンライスを一口分すくう。


 そして、熱くもないのにチキンライスをふーふーする。


「あーん」

 ふーふーされたスプーンが俺の口元に運ばれてきた。


 俺は口を開ける。


 今まさに、俺の口の中に、ふーふーのされたチキンライスが入ろうとしたその時…………


 その時、突然、俺のスマホが鳴った。

 びっくりして、心臓止まるかと思った。



 スマホに、文香から電話が掛かっている。



 普段用事があるときはLINEとかメールで済ませるのに、電話ってなんだろう。

 もしかして、俺がメイドさんにふーふーされてるところ、見られてたんだろうか?


 文香はドローンが飛ばせるし、自衛隊の偵察衛星や無人偵察機のグローバルホークとリンクしてるし。


 俺は、断腸だんちょうの想いで席を立った。

 廊下で電話を取る。



「冬麻君、大変、大変!」

 電話口から、文香の興奮した声が聞こえた。


「え? なに? どうしたの?」

 俺が訊くけど、文香は興奮してて要領を得ない。


「私、どうしよう!」

 文香の戸惑った声がスマホから響く。

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