第14話 新人

「あのあの、私も、文化祭実行委員会に入りたいんですけど」


 部室の玄関の前に停まっている文香が、そんなことを言い出した。

 文香の前には、エプロン姿の花巻先輩が立っている。


「ほう、君が噂の、戦車の転入生か」

 花巻先輩、文香を前にして少しもひるんでなかった。

 むしろ、その大きな胸を張って突き出すようにしている。


「はい、あの、戦車は入っちゃダメですか?」

 文香が消え入りそうな声で訊く。


 すると花巻先輩は、間髪かんはつれず答えた。


いな! 我らは来るものをこばまず。祭の前に、戦車も人間もなし。君が文化祭を成功させようという情熱を持っている限り、我らは君を受け入れるだろう」


 やばい、名言ふうに聞こえて、一瞬、花巻先輩のこと尊敬するところだった。


「それじゃあ、入ってもいいんですか?」

 砲塔を下げてる文香は、ちょっともじもじしてるように見える。


「君は、文化祭を成功させようという情熱を持っているんだろう?」

 花巻先輩が突っ込んで訊く。


「はい、私、からこの学校の文化祭のことを聞いて、ずっと、あこがれてたんです。いつか、そんな文化祭に参加したいって思ってました」

 文香が答えた。


 あっ、その、話をしたって俺だ。


 俺は、文化祭のことをゲームのボイスチャットで文香に話していた。

 初めて参加したこの学校の文化祭がすごくて、面白おかしく興奮して話してたと思う。

 そのとき文香は喜んで聞いてくれていた。



「いいだろう、さあ来たまえ。中庭のほうへ回るといい」

 花巻先輩が言って、文香を中庭に導く。


「はい、ありがとうございます!」

 文香の声が晴れた。


 文香、本当に文化祭実行委員会に入ってしまった。



 この平屋には、縁側えんがわに面してそこそこ広い中庭がある。

 物干し台があるだけで、普段は花巻先輩が布団や洗濯物を干すのに使ってる。

 そして、打ち上げと称してちょくちょく行われるバーベキューパーティーの会場でもあった。


 入ってみると、中庭は文香がいても少し余裕がある。

 超信地旋回ちょうしんちせんかいで、ぐるっと一回転してもぶつからないくらい広かった。


 居間のちゃぶ台を囲んでお茶をしてた俺達は、縁側に移った。

 そこで中庭にいる文香と車座になる。



 みんなを前にして、文香があらためて自己紹介した。


「あのあの、三石文香といいます。三歳です。趣味はゲームとアニメ鑑賞です。特技はスラローム射撃で、時速80㎞で走りながらでも目標を捉えて精密射撃が行えます」

 幼さと物騒ぶっそうさが混在した自己紹介だ。


 みんなで拍手する。


「365日、毎日がお祭り、私が花巻はなまきそよぎだ」

 今度は花巻先輩が自己紹介した。

 先輩は、足を肩幅に開いて、腰に手をやって仁王立ちしている。


「よろしくお願いします」

 って、文香が砲塔を下げた。


 俺と今日子はすでに文香と顔見知りだから省略して、最後に六角屋が自己紹介する。


「はじめまして、六角屋むすみや裕樹ゆうきです。文香ちゃん、分からないことがあったらなんでも訊いてね。文化祭実行委員会の先輩として、手取り足取り、なんでも教えてあげるから。あと、あとで連絡先の交換をしておこうか」

 六角屋は、文香に対しても他の女子に対する態度と同じだった。


 危ないから、あとで注意するように言っておこうと思う。


「そうだ! 文香ちゃんも、体育祭で仮装すればいいじゃないか」

 六角屋が言った。

 俺達が、さっきまでそのことで話し合ってたことを説明する。


 でも、戦車が仮装って…………


「えっ? 好きなアニメキャラのコスプレとかしてもいいんですか?」

 文香が訊く。

 その声が嬉しそうに弾んでいた。


「さっき、趣味がゲームとアニメ鑑賞って言ってたけど、文香ちゃんもアニメとか見るの?」

 今日子が訊く。


「はい」

 文香は、駐屯地の周囲を飛んでるWi-Fiにただ乗りして、俺とゲームをやってたような奴だ。

 同じ方法で自分をネットに繋いで、ネトフリとかアマプラに入ってアニメをチェックしてたらしい。

 ゲームのチャットで、かなりマニアックなアニメの話をしてても話題についてきたし、さっきも、弁当を食べながら女子達とアニメの話をしてたし。


「なんのコスプレする?」

 六角屋が訊いた。


「はい、それなら、最近大好きなアニメから、禰○子ちゃん!」

 文香がはしゃいだ声で言う。


「いや、体型が違いすぎるだろ!」

 思わず突っ込んでしまった。


「体型が違うとか、女子に対して失礼でしょ」

 今日子に言われる。


「小仙波、そういうとこだぞ」 

 六角屋にも言われた。


 でも、現実問題、文香がどうやって禰○子のコスプレするんだ。

 とりあえず砲口に竹を結びつけとけばいいとか、そういういい加減な感じにするのか。

 それに、大人気だから体育祭でも競合相手が多そうだし。


「それじゃあ、私と同じ体型で、アニメに出てきたってことで、Ⅳ号戦車にする!」

 文香が言った。


 Ⅳ号戦車って、ドイツ軍の戦車で、あんこうチームの戦車か。


「まあ、西住殿は喜ぶかもしれないけど」

 俺は言った。


「だったら、機動戦士ガ○ダム MSイグルーに出てきた、ヒルドルブ!」


「ガノタのみなさん歓喜かもしれないけど!」

 ジオンの試作モビルタンク、かなりマニアックだ。


「じゃあ、テムジン!」

 文香が続ける。


「テムジンって、バーチャロンの?」

 あの、ゲームのロボットのことだ。

 この前、禁書とコラボしてたヤツ。


 それも体型がかなり違うと思うけど……


「ううん、そっちのテムジンじゃなくて、テクノポリス21Cに出てきた、空挺戦車のテムジン!」

 文香が弾けた声で言う。


「ああ、あっちね。テクノポリス21Cに出てきたテムジンか。それなら、同じ戦車だから体型も合うよね。テクノポリス21Cっていえば、最初テレビアニメとして企画されて、結局80分の劇場公開になった80年代の知る人ぞ知るアニメ。メカデザインが宮武一貴。キャラクターデザインが天野嘉孝、プロットは河森正治が書いていて、音楽は久石譲っていう、今をときめく大御所達によって作られてるんだよね。テムジンはそれに出てきた空挺戦車で、テロリストに乗っ取られて、って………………マニアックすぎるだろ!」


 俺は、首の筋がピキーンってなるくらいのノリツッコミをしてしまった。



「冬麻君、面白い」

 文香に指じゃなくて砲身を差されて笑われた。

 なんか、馬鹿にされてる気もする。


「っていうか、そんなマニアックなネタにノリツッコミ出来る知識を持った小仙波の方が怖いよ」

 六角屋が言った。


「ホント、冬麻って昔からおたくだから……」

 今日子が肩をすくめる。


「小仙波、私はいいと思うぞ」

 花巻先輩がなぐさめてくれた。


 先輩、こういうとき、慰めが一番キツいです…………


 まあ、一気に場がなごんで、文香がすんなりとここに受け入れられたからいいけど。



「さて、それじゃあ私はちょっと買い出しに行ってくる」

 花巻先輩が、エプロンを外して縁側を立った。


「先輩、何買うんですか?」


「文香君が我が文化祭実行委員会入会を祝しての、バーベキューパーティーの食材に決まってるじゃないか」

 花巻先輩が言った。


 さすが、365日がお祭りの人だ。

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