第13話 お弁当

れてるな」

「うん、揺れてる」

「大揺れだな」

「ああ、大揺れだ」

「すばらしいな」

「ああ、すばらしい」



 四時間目の体育の授業。

 俺のクラス1年C組と隣の1年D組が、男女それぞれに別れて二組で授業を受けている。


 俺は、普段クラスで一緒にいることが多い、石塚と佐野と、グランドで女子が50メートル走をしてるのを見ていた。

 男子は四チームに分かれてのバスケで、試合がない俺達は木陰に座って休んでいる。



 俺達の目の前を、女子達が四、五人ずつ駆け抜けた。

 色々なところが揺れていて躍動やくどう的だ。

 女子の体育の教師が厳しいから、みんな、一生懸命走っていた。


 こんな光景、ずっと見ていられる。



「こら、男ども! 同級生をいやらしい目で見るな!」

 走り終わった今日子が、俺達の前に来て立ちふさがった。


 体操着にショートパンツ姿の今日子。

 今日子の顔とか首筋には、うっすらと汗が浮いていた。

 ジト目をして、俺達を見下ろす。


「同級生をいやらしい目で見ないで、誰をいやらしい目でみるんだよ!」

 石塚が言い返した。

「そうだそうだ!」

 俺と佐野もはやし立てる。


「まったっく……」

 今日子はそう言って大きくため息を吐いた。


「っていうか、源の太股ふとももも中々いいよな」

 石塚が今日子の脚を舐め回すように見ながら言う。


「もう! 最低!」

 今日子は怒りながら向こうへ行ってしまった。



「揺れてるな」

「ああ、揺れてる」

「大揺れだな」

「ああ、大揺れだ」

「すごい振動だな」

「ああ、舌噛みそうだ」

「やっぱ三石は迫力あるな」


 女子の最後に、文香が目の前を駆け抜けていった。

 40トンの鉄の塊が、猛スピードで走る。

 こっちは胸が揺れてるんじゃなくて、地面が揺れていた。

 文香を追うように、土埃つちぼこりが舞う。


 グラウンドに、履帯りたいがほじくり返した二本の溝ができた。


 っていうか、文香も体育の授業受けるんだ…………




 体育で午前中の授業が終わって、弁当の時間になる。

 教室では、仲がいい者同士机をくっつけて、弁当を広げた。


 俺も、例の三人で弁当を食べる。



 そういえば、文香は弁当の時間、どうするんだろう?


 そう思ってたら、文香のために三石重工のトラック来て、燃料入りのドラム缶を置いていった。

 作業員が、文香の後部上面のハッチを開けて、ドラム缶をポンプに繋ぐ。


 ドラム缶一本って、すごい量の弁当だ。



 そのドラム缶で、文香はぼっちで給油するんだろうか。

 なんだかそれも寂しい気がする。


 ここは、俺が今日子に頼むべきか。

 今日子のグループに入れてもらって、文香が給油しながら一緒に弁当を食べてもらうべきじゃないだろうか。


 でも、なんて説明したらいいんだろう?


 俺が急に文香に気を使い出したら、勘がいい今日子は、色々と聞いてくるだろう。

 俺と文香が旧知だって気付くかもしれない。


 だったら今日子以外の女子に頼むか。

 でも、このクラスに俺が今日子以外でそんなこと頼めるような女子はいない。

 いや、このクラスどころか、この学校中にもいない。



 俺がなにもできないまま、ただぐずぐずと考えてると、数人の女子が弁当の包みを持って文香に近付いていった。


「ねえ、文香ちゃん、一緒に食べよう」

 クラスでも大人しい女子のグループ三人が、文香に話しかけた。


「うん、食べよう」

 文香が嬉しそうに答える。

 三人は、文香の近くに机を並べて弁当の包みを開いた。


 文香も、ドラム缶からポンプでの燃料給油を始める。


 よかった。

 これで、文香がぼっちにならないですんだ。



 文香、給油しながら、頻りに砲塔上のカメラを動かして、楽しそうにしていた。

 砲身が上がったり下がったり忙しい。


 そのまま、文香は昼休みも三人と一緒に過ごした。

 午後の授業の休み時間も、三人が文香のところへ来て、色々話していった。

 隣の席で聞き耳を立ててると、アニメの話とかしている。

 LINEを交換しようとか言っていた。


 午後の授業が終わって放課後になっても、三人と文香はしばらく教室に残って話してくみたいだった。


 このまま親しくなって、文香の友達になってくれたらいいんだけど…………




「ほら冬麻、行くよ」

 文香達を見ていた俺のおでこを、今日子が突っついた。


「あ、ああ」

 今日子は、幼なじみだからって、こうやって俺のおでこを突っついたり、子供のときしてたようなことを平気で学校でもする。


 だから、一部で俺達が付き合ってるとか、変なうわさが立つんだ。




「お疲れです」

 俺達が「部室」に行くと、台所の方から良い匂いがした。


「おお、諸君、来たか。ちょうどタルトが焼き上がったところだ」

 エプロン姿の花巻先輩が迎えてくれる。

 髪を後ろでお団子にした花巻先輩。


 先輩は、オーブンから出したばかりのイチジクのタルトを見せてくれた。

 表面にぎっしりとイチジクが乗っていて、甘酸っぱい匂いで見てるだけでつばいてくる。


 先輩は、いつもこうして俺達におやつを用意してくれた。

 本当にいい先輩だ。


「花巻先輩、今日、授業に出ずにタルト焼いてたんですか?」

 今日子が訊く。


「ああ、出席日数調整なんだ。このままだと、順調に卒業してしまうからな」

 花巻先輩がしたり顔で言った。


 前言撤回。

 やっぱりこの人変人だ。


「ちーす」

 六角屋むすみやそろって、イチジクのタルトとアイスティーで、優雅なおやつの時間になった。



 おやつを食べながら、体育祭の仮装は何にするか、昨日の続きをあれやこれや話し合う。

 暑さは少し和らいでいて、窓を開け放ってればクーラーなしでもいられるようになっていた。

 乾いた風が気持ちいい。


 まだ文化祭までは時間があってオフシーズンだから、文化祭実行委員会もしばらくはこんな状態かもしれない。


 そんなふうに考えてたら、睡魔が襲ってきた。

 お腹一杯になったし、気持ちいいし、うとうとしてしまう。



 ところが、そんな俺の眠気は、アイスティーのグラスを揺らす振動とともに破られた。


 ちゃぶ台の上のみんなのアイスティーに波紋が広がる。

 古い平屋で、柱がギシギシ揺れた。

 天井からほこりが落ちてくる。


「なんだなんだ?」

 立ち上がった花巻先輩が、玄関のガラスの引き戸を開けた。


 すると、玄関の前に文香が停まっている。

 文香の砲塔と、花巻先輩が向き合った。


 この文香を前にして、花巻先輩は身じろぎもしない。



「あのあの、私も、文化祭実行委員会に入りたいんですけど」


 文香がそんなことを言った。

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