第12話 登校
カーテンの隙間から差し込んでくる光で目が覚めた。
外は晴れてるみたいで、今日もまだまだ暑くなりそうだ。
昨日の夜は、ベッドに入ると電源を切ったみたいにぱたりと眠りに落ちた。
夢も見なかった。
色々あったから相当疲れてたんだと思う。
おかげで、久しぶりに七時間くらい寝てしまった。
俺は、大きく伸びをすると、カーテンを開けて部屋に朝の光を取り込む。
って、
「はわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!」
朝一で思いっきり叫んでしまった。
窓を開けたすぐそこに、55口径120ミリ
それが、俺の顔を捉えている。
顔と砲身の先端が10㎝くらいしかなくて、砲口から、深い深い闇が見えた。
心臓、飛び出るかと思った。
一瞬で目が覚めた。
「冬麻君、おはよう!」
文香が言う。
隣の家の駐車スペースに納まっている文香。
文香の砲塔が、階下から俺を見上げている。
「お、おはよう」
俺は、
「今日も、いい天気だね」
「ああ」
「ほら、はやく支度しないと、学校、遅刻しちゃうよ」
「うん」
あれ? なんで俺、隣に住んでる幼なじみとの甘々ラブコメみたいな会話してるんだろう。
「冬麻君、おはよう!」
目の前の二階の窓を見ると、月島さんが手を振っている。
月島さん、スリップ一枚だった。
あの、レースが付いてて、ちょっと透けてるヤツ。
月島さんは寝るときブラジャー付けない派らしい。
そして、やっぱり推定87㎝だ。
起きたばっかりで寝乱れた月島さんの髪が、
一瞬で目が覚めた。
顔を洗って朝食を食べて、妹の百萌を
すると、隣の家で文香のV8エンジンが掛かる音がした。
文香もこれから登校らしい。
だけど、掛かったエンジンはすぐに止まった。
そして、文香の車体がするすると音もなく動き出す。
「文香のパワーパックはハイブリッドだから、バッテリーが残ってればモーターだけでも走れるの。モーターだと、すごく静かでしょ」
月島さんが教えてくれる。
バイブリッド戦車って、ポルシェティーガー…………いや、なんでもない。
俺が自転車で走り出すと、文香はそのあとを付いてきた。
俺がスピードを上げると文香もスピードを上げて、俺がスピードを落とすと文香もスピードを落とした。
文香が、ずっと後ろを付いてくる。
なんか、これだと一緒に登校してるみたいだった。
まあ、行き先が同じなんだから仕方ないんだけど。
でも、このままうちの学校の生徒に見付かったら、なんか色々言われそうだ。
変な
それで俺は、いつもの通学路を外れて、狭い路地に入った。
戦車が入ってこられない道を選んで、付いてくる文香をまこうと考えたのだ。
それがうまくいって、文香は路地の前で止まった。
砲塔をこっちに向けて俺を見ている。
俺は文香を置いて走った。
振り返らずに自転車のペダルを全速力で
ちょっと
ん? いや俺、なんで戦車に同情してるんだろう?
そうやって文香を置き去りにした俺には、すぐに
路地を抜けて大きな道に出たところで、俺は、脇から出てきた集団と当たりそうになる。
「おい、なにぶつかってんだ!」
野太い声が聞こえた。
マズい。
俺がぶつかりそうになったのは、前時代的な、というより、化石みたいな不良の皆様だった。
短くて
髪は金髪だったり、南国の鳥をリスペクトしてるみたいなリーゼントだったり。
そんな人達が、八人はいる。
「いててててて、折れた、足の骨折れたよ」
一人が
そんな、ちょっとかすったくらいなのに。
「治療費出せ」
他の一人が言って、俺は自転車から降ろされた。
シャツの胸ぐらを掴まれて、塀に押しつけられる。
殴られる、確実に殴られる。
そう思って覚悟したとき、V8エンジンの轟音が遠くから響いてきた。
文香が、黒煙を吐きながら突っ込んで来る。
V8! V8! V8!
俺は心の中で叫んだ。
公道のセンターラインをはみ出しながら、キュラキュラと
俺達の前で急制動をかけると、文香の前部が沈んでお尻が持ち上がった。
もし、文香が普通の戦車で中に人が乗ってたら、中の人は全身打撲で病院に運ばれてただろう。
アスファルトに、くっきりと履帯の
あまりのことで、不良の皆さんも
「皆さん、冬麻君から離れてください!」
文香がスピーカーから大声で言った。
「あ? なんだなんだ?」
グループの一人が、がに
そいつは
そして、サンダルの足で文香の履帯を蹴飛ばす。
「離れないなら、撃ちます!」
文香が言った直後、目の前の世界すべてが一万倍に
内蔵がひっくり返る。
いや文香、そういうのは、言ってから行動するまで、少しは待とう。
音に続いて、一瞬だけ辺りが火に包まれた。
文香の砲口から真っ赤な炎が噴き出す。
マズルフラッシュって言うんだろう。
それが収まると、砲口からは白い煙が吐き出された。
目の前が真っ白になる。
しばらくなにも聞こえないし、なにも見えない。
やっと耳が直って辺りが見えた頃には、怖いお兄さん達はどこかへ消えていた。
たぶん、その人達の一人が履いていたであろう革靴が、片方だけ残されている。
「こんなとこで戦車砲撃ったらダメだよ!」
いや、どんなところでもダメだけど。
「大丈夫、撃ったの
文香がけろっとした声で答える。
いや、そういう問題じゃない。
穏やかな朝の住宅街、突然戦車砲の音がして、周りの家々がざわざわした。
何事かと、一斉に周囲の家の窓が開く。
裸足で家から飛び出して来る人もいた。
「逃げよう!」
「うん!」
俺は、自転車を担いで文香の車体の上に乗せた。
俺自身もその上に乗って、砲塔に
俺が掴まったのを確認すると、文香が猛然とダッシュした。
文香の元になった23式戦車の最高時速は、前進後進とも80㎞だ。
文香は、エンジンとモーター総動員で
通勤ラッシュの前で、道が空いてるのが幸いだった。
照りつける太陽で、鉄の塊である文香の上は熱かった。
だけど、
こうして文香に乗ってると、自分まで強くなった気がした。
俺は、絶対的な強さに包まれている。
そういえば、「クラリス・ワールドオンライン」のゲームの中でも、文香はタンクをやってる頼れる奴だった。
「さっき、路地に逃げたりしてゴメン」
俺は、走行中の車体の上から文香に謝る。
こうやって俺のこと助けに来てくれる文香に、あんなことして、心からすまないと思った。
「ううん」
文香はそう言って砲塔を振る。
全力で走って、俺達は学校の敷地内に逃げ込んだ。
月島さん、後始末大変だろうな、とか、そんなことを考える。
朝から色々あって、たぶん今日の夜もぐっすりと眠れると思う。
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