慟哭編22話 停戦への布石



※今回のエピソードは空蝉修理ノ介視点です。


カムランガムランにある通貨安定基金の支部。中立都市の中立組織で立場の異なる四者が極秘の会合を開いていた。


僕とホタルがドラグラント連邦の代表、ホストであるランキネン副理事長とその盟友のパーチ副会長。そして薔薇十字の代表は野薔薇の姫の側近、鉄ギン中尉。


秘密協定に同意した面々は停戦への進捗状況を報告し合う。思った通り、かなりの中立都市は停戦に前向きだった。どちらの勢力下にあっても、高額の保護料に苦しめられる都市国家にしてみれば、戦争なんて早く終わってくれるに越したことはないのだろう。


ブラーヴォ素晴らしい!これは……本当に停戦が現実味を帯びてきましたね。」


パーチ副会長は持ち寄ったリストに記された名を暗記しながら、興奮冷めやらぬ、といった表情になった。


「ロメオが会長に就任すれば、さらに影響力が大きくなります。そちらの進捗はどうなっていますか?」


同志で親友のランキネン副理事長の問いに、パーチ副会長は進捗状況を教える。


「問題ありません。会長は健康状態が思わしくなく、引退の意向を固められました。近いうちに私が酸供連を掌握する事になるでしょう。」


高齢の現会長はずいぶん前から健康不安が囁かれていて、酸供連の実務を取り仕切っているのはパーチ副会長だともっぱらの噂だった。教授が言うには"既に酸供連の実権はパーチ氏が握っている"との事だから、新会長就任によって、"名実共にトップに立つ"だけの事なのだ。


「朗報ですね。通安基のトップは長らく公表されてきませんでしたが、ロメオの会長就任に合わせて、私が理事長に就任する運びとなりました。もちろんこれはリーブラの指示で、トップが変わる訳ではありません。カウンターパートとして、位を合わせておこうという話です。」


薔薇十字を代表してこの場にいる鉄ギン中尉が提案する。


「二大中立組織の理事長と会長の就任式は合同で執り行うのがいい。候補地の選定もしなければならないな。」


最有力候補は戦時協定の結ばれた自由都市パームだろうか? そのあたりの調整は(教授の意向を受けて動く)雲水議長に任せた方がいいだろう。


「候補地も大事だけれど、就任式に招待する要人も重要よね。」


ホタルの意見に僕は頷く。願わくば就任式で、何らかの共同声明を出せればいい。一都市で声を上げるのは難しくても、数が揃えば話は違ってくる。強制力はなくとも、停戦を望む共同声明が出されれば、追随する都市が出てくるかもしれない。たとえ動かずに日和見を決め込む都市ばかりでも、停戦が実現しそうなら相乗りしたいと考えるに違いない。


「両軍を刺激せずに、停戦を匂わせる声明を出すべきでしょうね。匙加減が難しそうですが、やる価値はあるでしょう。」


パーチ副会長も僕と……いや、僕達と同じ考えのようだ。


「草案は既にありますから、文面の推敲をお願いします。」


僕はカナタから預かってきた共同声明の草案をテーブルに置いた。親友はこの会合の流れを読んでいて、必要な策をあらかじめ僕に授けておいた。カナタやローゼ姫は名が売れすぎて、動きが取りにくい状態にある。友の付託を受けて動くのは僕の仕事だ。


草案に目を通したランキネン副理事長が感嘆しながら感想を述べた。


「……素晴らしい声明文ですね。曖昧にした方が良い事と、明確にすべき事のメリハリが完璧で、この内容なら同盟軍も機構軍も越権行為とは言いにくい。これなら我々も"ただの理想論だ"と逃げも打てるし、両勢力並びに中立都市に停戦の可能性も仄めかせられる。修正すべき箇所が見当たりませんよ。」


玉虫色の名文は、カナタの父親である光平さんが書いたものだ。ドラグラント連邦の黒幕は元官僚だけあって、この手の作文を大の得意としている。カナタの育った国では、官僚の振り付けで政治家が踊るのは日常茶飯事だったらしい。


「少佐が会合の流れを読んでいながら、草案をこしらえなかった訳だ。指南役は貴方達が名文を持参してくる事まで読めていたのだろう。」


鉄ギン中尉が得心した顔で呟いた。薔薇十字指南役・桐馬刀屍郎……叢雲討魔はカナタが"機構軍一の知恵者"と評するだけあって、予言者じみた先見性と極めて優れた考察力を持っているようだ。御門の狼虎と称えられた英雄の末裔を、早く同じ陣営に結集させなければならない。


これは僕の予感でしかないけれど、天掛カナタと叢雲トーマは理想的な盟友になれる。そう、盟友に……


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一夜を過ごしたカムランガムランに別れを告げ、空路で次の目的地に向かう。パイロットは僕で、※コパイロットはホタルの気ままな二人旅だ。……気まま、ではないか。密命を帯びた旅で、行き先も決まっているんだから。


バックモニターに映るカムランガムランの街はみるみる小さくなってゆく。保護料の納付と引き換えに戦火を免れたカムランガムランは美しい街だ。昨晩、ホタルと一緒に乗った観覧車(カナタのお勧めスポット)から眺めた夜景は本当に素晴らしかったな。


「シュリ、疲れたらいつでも操縦を代わるからね?」


「この程度でヘバるほどヤワじゃないよ。集中力の持続が僕の取り柄だからね。」


ヘリの操縦だって修行の一つだ。操縦技術の向上ももちろんだけど、"散漫の集"も鍛えられる。極限の集中による"見切りの粋"が鏡水次元流の極意なら、"散漫の集"は夢幻一刀流の極意。


散漫しながら集中するという相反する行動を同時に行う極めて難しい技は、おそらく使い手を選ぶ。だけどカナタが多対一の乱戦に滅法強いのは、散漫の集を極めているからだ。


見切りの粋が単発の対戦車ミサイル、散漫の集は多弾頭の対人ミサイルだと考えればわかりやすい。カナタは単独標的をロックオンする精度と速度で、多数の標的をロックオン可能。だからこそ、視線を合わせる必要がある狼眼で、視界に入った敵を一瞬で殲滅してしまえるのだ。これは剣術にも応用可能で、手練れの敵と切り結びながら、屋上からの支援狙撃を回避する事だって出来る。


カナタが単騎駆けを多用するのは、自信過剰だからではない。広範囲を個別集中出来る異様な精神性を自覚しているからだ。同じ真似は僕には出来ない。強敵と戦う時には相手に集中しなければ遅れを取ってしまうだろう。だけど散漫の集を鍛えておく事には意味がある。特にヘリを飛ばす時なんかには、ね。


僕は視界に入ってくる情報と、無数の計器に均等に集中する。意識を切らさずに広範囲に集中し、最優先に対処すべきモノをロックする、これなら僕にだって出来るはずだ。


意識を散らばせながら、個々へ集中する訓練を積んでいる間に、ヘリはザインジャルガへ到着していた。半日のフライトだったはずなのに、あっという間だったな。


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「カナタは死神トーマを高く評価してるし、今は敵でも彼を尊敬しているわ。でもカナタの盟友は空蝉修理ノ介よ!」


テムル総督主催の歓迎の宴を終えてホテルに戻り、狼虎に関する私見を聞かされたホタルは異論を述べた。


「もちろんカナタの盟友は僕だ。だけど"盟友は一人じゃなきゃならない"なんてルールはないんだよ。同等の力を持つ盟友の存在は、カナタにとって大きなプラスになるだろう。」


戦略、戦術、謀略、戦闘能力において、僕の友に比肩しうる男は叢雲トーマ唯一人。狼虎を自陣営に迎えられた者が最終的な勝者となる。この読みには絶対の自信があるんだ。


"史実ではないが、読み物として最高に面白いから読んでみたまえ"と、教授からもらった三国志演義で例えれば、天掛カナタと叢雲トーマは惑星テラ版"臥龍と鳳雛"と言ったところか。違いは"軍師でありながら将帥でもある"という事だろう。


鳳雛にとっての落鳳破、叢雲トーマに"短命の呪い"が降り掛かる前に、あの二人を同じ陣営に置く。これは仕事ではなく、僕の望みだ。


大切な友をさらなる高みに昇らせ、真の"天翔る狼"にする為に……そして龍姫のお心を安んじる為にも、やらなければならない。


……ちょっと待てよ。神虎眼の副作用である"短命の呪い"はひょっとして……だとしたら……そうか!だから彼はあの体格でなんだ!帰ったらこの推測をカナタに話してみよう。


「……シュリがそう言うのなら、きっとそうなんでしょう。女ならリリス、男ならシュリが"カナタの最大の理解者"だものね。」


そう。僕はカナタの最大の理解者だ。カナタのような神算鬼謀はなくても、親友の心情が僕には手に取るようにわかる。僕とカナタは心の友、志を共にする"心友"なんだから。


口には出さないけど、カナタは東西に最高権威を置いて和平のシンボルにしようと考えている。東の最高権威はミコト様、西の最高権威はローゼ姫。二人の姫君を擁して泰平の世を築くつもりなんだ。



……だけどね、カナタ。祭り上げる予定の姫君に懸想しちゃってどうするつもりなんだい?


※コパイロット

副操縦士の事です。


※作者より

またぞろお仕事多忙で執筆時間が取れません。なんとか3日に一度の更新を心掛けてきましたが、それも難しそうです。第二部も佳境に入ってきましたので、ペースよりも完成度を優先したいと思います。どうかご理解ください。<(_ _)>

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