跋扈編5話 息子の覚悟と父の覚悟
「アギトの始末はオレがつける。手出しは無用だ、教授。」
PCの画面に映る息子。その意見はケリーと同じだった。私には不合理に思えるが、これが"強者の見解"なのだろう。
「卑怯な敵に正々堂々と対峙する必要などない。搦め手で始末出来るならそれに越した事は…」
「そういう話じゃない。アギトごときの為に自分を曲げられないんだ。」
「自分を曲げられない?」
「釈迦に説法かもしれんが、男には"背中を向けてはならない相手"ってのがいるのさ。牙門アギト…奴にはやらかした事に相応しい無様な死に様を用意する、それがオレの生き様なんだ。」
確かにアギトにとって最大の屈辱は"甥に負けて死ぬ事"だろう。しかし…
「アギトは仮にも同盟のエースだった男だ。カナタの強さがわからない馬鹿ではない。必ず卑怯千万な手を用いてくるぞ。」
「だからいいのさ。手段を選ばず勝ちにいって、それでも負ける。安いプライドを踏みにじってから死なせる、この結末に変更はない。」
カナタはそう断言した。最強兵士の呼び声も高い息子の言葉には力がある。これがカナタにあって私にはない、カリスマ性なのかもしれない。
「用心棒の先生も、"下手に絡めにいって地下にでも潜られたら、かえって面倒な事になる"と言っていたが…」
「その通りだ。兵団にとっ捕まったアギトは頭に爆弾でも埋め込まれて、裏の仕事に従事させられていたと思われる。表の軍事と裏の工作、双方に秀でた外道に潜伏されたら捕捉するのは難しい。首尾良く捕捉出来たとしても、捕り方はさらに難しいんだ。並の兵士100人に囲まれても、完全適合者なら切り抜ける。百人力の兵士に罠を仕掛けるなら必殺、いや、確殺の罠でなければならない。」
確殺の罠か。……私に出来るだろうか? 白亜の巨城にはアギト一人で出向いているという情報は入手している。完全適合者とされているネヴィル、準適合者となって久しいロドニー、この二人が手勢を率いて討ち取りにかかればアギトとて万事休すだろう。だが、アギトはまだネヴィルにとって"利用価値のある駒"だ。利を捨てさせるには相当な理由を用意してやらねばならないが……クソッ、思いつかんな。
「とりあえずは、ネヴィルとアギトに離間策を仕掛けるべきだな。」
「教授、既に離間している。ネヴィルはアギトを信用しちゃいないし、アギトもそうだ。双方に利がある間は不信を煽っても効果はない。アギトがネヴィルに抵抗出来るだけのバックボーンを得れば話は違ってくるが、それはこちらにとっても面白くない事態だ。軍事にかけては一流だけに、戦果を上げて根拠地を得てしまう可能性もあるがな。」
カナタの言う通りだ。アギトとネヴィルは相互不信を承知の上での共闘関係。どちらも裏切りのタイミングを窺っているだけに離間策は効果が薄い。仕掛けるとすればアギトがパトロンを裏切れるだけの下地が出来てからだろう。下地が出来るのは問題だが、戦の素質にだけは恵まれたアギトなら作ってしまう可能性はある。
「なんとも難しい情勢だな。根拠地を得れば策を講じる余地も出てくるが、だからと言ってアギト一派を増強させる訳にもいかんし……」
「さらにややこしくなる案件も発生したぜ。
完全適合者"貴公子"Kを売却だと!? それも部隊丸ごとか!
「敵対派閥に戦力を売却するとは、ザラゾフ元帥は何を考えているんだ?」
アレクシス夫人がKを毛嫌いしている事は把握しているが……だからと言って(潜在的な)敵に塩を送る必要もあるまい。
「わからん話でもないんだよ。ルシア閥は、いや、これはドラグラント連邦やアスラ派にとってもそうなんだが、トガやカプランに"これ以上負けてもらっては困る"んだ。」
……なるほど、そういう事か。ここ最近の大きな戦役で、トガ派とカプラン派は負け続きだ。バーバチカグラードの会戦ではルシア閥も敗退したが、あれは"敵地に侵攻しての惜敗"で、領土を削り取られた訳ではない。ところがトガやカプランは、特にトガ派は南エイジアでの広大な領土を全て喪失した。カナタと司令、それにザラゾフ元帥がいくら前進しようが、トガとカプランが後退を繰り返しては、それこそ一進一退。戦力の均衡が取れた状態での和平交渉を狙っているカナタにとっても不都合という訳だ。
「トガの二の舞いを演じたくないカプランは、ザラゾフ元帥に取引を持ちかけたのだな?」
「ああ。厄介払いのついでに大金をせしめられるとなれば、ルシア閥にとっても悪い話じゃない。オファーを受けた時点でオレに相談してきたのは意外だったけどな。閣下の性格なら事後報告で済ませそうなもんなのに。」
あのザラゾフ元帥でさえ、剣狼には一目置いているという事だ。事が事だけに、"事前にカナタにも諮るべき"と、賢夫人も口添えしたに違いないが……
「それでカナタも了承した訳か。狡っ辛い剣狼先生は、売却にあたって売り手側に有利な条件はつけさせたのだろう?」
息子の政治勘は本物だ。この手の話で状況判断を誤るような間抜けではない。
「売ってお仕舞いでは芸がないだろ。切実に"使える兵"を欲しがっているのはカプランなんだからな。当然、売却条件については入れ知恵したさ。」
「Kと配下が何かやらかしても全ての責任はカプラン元帥が取る、といったあたりかな?」
「それでは足りない。"超人兵士培養計画に関する過去と未来、一切合切まとめて全部、カプラン元帥が責任を取る"という秘密文書にサインさせた。もちろん"実験の推進は認めない"って条件も込みだ。」
「よくそんな条件をカプランが飲んだな!」
私でもそこまでムシのいい条件は出さないぞ。こんな条件を先方が飲むと読んでいたなら、政治勘がいいどころの話ではない。戦場のみならず、政界でも怪物になれる器だ。
「それだけカプランは切迫してるのさ。耄碌してるトガと違ってカプランはまだ
剛直武人のザラゾフ元帥は交渉事には向かない。しかし、その伴侶はそういう場でこそ輝く女傑だ。海千山千の論客カプランも、あの賢夫人の相手は閉口しただろう。決裂したら困るのは
……兵団はネヴィルにアギトを売り、ルシア閥はカプランにKを売った。機構軍と同盟軍は同時期に似たような事をやった訳だ。
「そして私の出番という訳だな?」
「そうだ。頼めるか?」
カナタが何を考えているかはわかる。息子はカプランが裏で画策する事まで読んでいるのだ。
「もちろんだ。任せておけ。」
カプランは約束を守らない。無論、Kが何かやらかしたとしても、その責任からは逃れようがない。ルシア閥に責任転嫁しようとすれば、秘密文書が公になるだけだからだ。日米和親条約のように、どれだけ不利な条件であろうが、合意文書に署名してしまっている以上どうにもならん。やらかさないように厳重に監視し、万が一、やらかした場合は金と話術で内密に始末をつけようとするだろう。
だが、付帯事項である"実験の推進は認めない"は話が別だ。譲渡にあたって"培養兵士の維持と管理に必要なノウハウ"の提供を受けるに違いないのだから、基礎研究は完了したも同じだ。であれば、カプランは秘密裏に培養計画を発展拡大させようと試みるだろう。出来る事なら培養計画を推進した事を闇に葬りたいルシア閥の意向をカプランは知っている。決定的な証拠さえ掴まれなければ、得意の"知らぬ存ぜぬ"で切り抜けられると踏むはずだ。
「面倒な事ばかり頼んですまないが、こればっかりは教授の力を借りるしかないんだ。」
正確には私ではなくケリーの力だがな。そのケリーも、おまえが送り込んでくれた男だ。
「その為の秘密セクションだ、気にする必要はない。カプランへの警告だが、方法は私に一任してもらうぞ。」
「………」
画面の中の息子は目を伏せた。……おまえの気持ちはよくわかる。しかし、私は権力者の闇もわかっているのだ。
「カナタ、ザラゾフ元帥は"被験者に使うのは重犯罪者だけ"という彼なりの節度を守っていた。だがカプランは閣下とは違うぞ?」
複製兵士培養計画も、超人兵士培養計画も、
自分を庇って死を選んだ第一秘書の通夜に出た後、銀座のクラブに直行した政治家がいたが、あの人でなしに通ずる気配をあの二人からは感じるのだ。官僚時代に身に付けた嗅覚を私は信じる。
「……わかった。オレからのオーダーは"カプランに約束を守らせるコト"だけだ。教授のやり方でやってくれ。」
「うむ。流れる血は最小限に留めるつもりだが、それは相手次第だ。」
私は流血を好まない。ただし、必要とあれば躊躇わない。軍事力を欲するカプランは必ず、自派閥の生体工学研究員を使って培養計画を推し進めようと画策するだろう。
約束を反故にしようとした代償は、虎の子のバイオ技術者の命で払ってもらおうか。カナタであれば最初の警告で命までは取るまいが、私は息子ほど優しくはないのだ。
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