成立編16話 ドラグラント連邦、成立す
1週間ほど火隠の里に滞在したオレ達は、休暇を終えて照京に帰投する。南エイジアでも停戦協定が結ばれたので、しばらく大きな戦いはないだろう。仮初めとはいえ、暫しの平穏が訪れたのだ。マリカさんの心遣いでラセンさんは可能な限り、里に留まるコトになった。当面は大規模な戦いがないのだから、副長が不在でも問題ないはずだ。
戦線からトンボ返りして来た司令も照京に到着したらしいし、ドラグラント連邦の成立はもう確定したようなものだ。雲水代表は記念式典の準備で大忙しだろう。
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照京に戻ってすぐに教授と打ち合わせを行い、司令を交えて雲水代表と会見する。三人で十分に意見を擦り合わせた後で姉さんの裁可を仰ぎ、連邦樹立の手筈は整った。
三者会談の数日後に龍の島の総督全員が照京に集結し、奪還した都市の総督に任命された者の就任式典が執り行われた。これで、この島の都市総督の任命式は照京で、帝の名の下に行われるという前例が出来た訳だ。日本でもそうだったが、イズルハでも前例があるというコトには大きな意味がある。
そして、総督任命式の後に開かれた第一回極東総督会議の場で、龍ノ島連邦王国の樹立が満場一致で採択された。各都市の代表記者を集めた公式発表の後には、紙と電子の号外があらゆる都市、街で飛び交っただろう。姉さん…御門命龍は、至尊の座に就いたのだ。
御門命龍の正式な地位は"極東総督会議議長"もしくは"総督総代"であるが、メディアは"帝"や"総帥"と報じている。これは教授の差し金で、イメージ戦略ってヤツだろう。現状では、実際に持っている権限以上に姉さんを大きく見せておくコトが重要だと考えたに違いない。
絶大な生産能力を持つ巨大な連邦王国が成立したとあれば、いくら同盟最高位の元帥といえども無視出来ない。トガとカプランは渋々、ザラゾフ元帥は特に気にする風もなく、龍の島へ就任祝いにやって来た。もちろん、ザラゾフ元帥にはアレックス大佐を通じて正式日程を早めに知らせておいたので、トガ、カプランの両元帥に先んじて都に到着した。誰と一番に会見したかってのは政治では重要なコトだ。たぶん、災害閣下は大して重要性を感じちゃいないだろうけど……
王の誕生を祝う市民達で賑わう通りを抜けて、オレは都の中心街にある迎賓館に赴く。侘助の運転する公用車は、造営されたばかりのルシア様式の館に到着した。ここに滞在するザラゾフ元帥に、支持表明のお礼を述べなきゃならない。
ただっ広い迎賓館の会見室は元帥閣下の好みに合わなかったらしく、ルシア兵に案内されたのはこぢんまりとした執事用の控室だった。アレックス大佐の話では、細君と息子の妻子がいる屋敷には執事を置いているが、元帥自身は執事や従卒を連れていないらしい。
"貴族趣味が行き過ぎると、自分の尻すら拭けなくなる"とは、いかにも叩き上げの元帥らしいポリシーではある。
「やっと来おったか。まあ座れ。」
造営されたばっかの迎賓館だってのに、元帥の居室はもう観艦式の時に見た旗艦の艦長室みたいにごちゃまらとした風情を醸し出していた。この元帥閣下は寝泊まりのほとんどを陸上戦艦で行っているからか、手狭で雑多な部屋を好んでいるようだ。
「お久しぶりです、元帥。」
「畏まった物言いは要らんと何度言えばわかる。ワシは身分や階級の高低ではなく、力量の高低で人と相対する主義だ。おまえほどの力があれば遠慮は無用、いつも通りに無頼を通せ。」
貴族とは名ばかりの赤貧家庭に育ちながら、己の腕一本で元帥になった男は、最前線の兵士からは支持され、名家の子弟には成り上がりと軽侮される。災害ザラゾフにとって重要なのは強者か否かでしかなく、生まれの貴賎なんざ鼻クソ以下の価値しかないのだから、そりゃ名門を自負する連中には嫌われるよなぁ。
「設えさせた主賓室は気に入らなかったみたいだな。」
「主賓室ではなく、迎賓館自体が気に食わん。学がなかろうが、この建屋がラマノフ王朝式なのぐらいはわかるわ。ワシが滅びた王朝を有難がる懐古主義者だとでも思うたか?」
「なるほどね。後学の為に、ザラゾフ流の建築様式を確立してくれ。案外流行るかもしれないぜ?」
「ふん!相変わらず口の減らん青二才だ。」
そこに文句をつけるなら"無頼を通せ"なんて言いなさんな。そしてどうやらオレは"小僧"から"青二才"にランクアップしたらしい。
「連邦への支持表明は本当に有難かった。御礼をせにゃならんが……ビジネスの話は本土にいるアレックス大佐とした方がいいのか?」
"災害"ザラゾフがサッサと支持表明を出したコトで流れは定まった。勢いのある者には靡く"日和見"カプランが連邦支持に舵を切り、孤立を恐れた"締まり屋"トガも追認せざるを得なくなったのだ。
「そうしろ。ワシは昔から算盤遊びが苦手でな。
「京司郎?」
「倅が引き取った洟垂れ小僧だ。"早死にするかもしれんから、肩入れするな"と言われておるがな。まあ、あの腕前で戦場に出れば、確かに早死にするだろう。」
昆布坂少年のギブンネームは京司郎か。朧京で政務を司る一族に生まれたから、京司郎ってところかな?
「いずれオレが殺すかもしれんから、という意味だ。」
「なんだと!それはどういう事だ?」
オレは昆布坂少年との因縁を元帥に話した。
「……なるほどな。それであの洟垂れは、養子の話を断ったのか。」
「元帥は京司郎を養子にするつもりだったのか?」
「家内が京司郎をいたく気に入っておる。腕は物足りんが、目端が利く小僧らしい。世間ではトロフィーワイフなどと揶揄されておるが、あれは中々に強情な女でな。」
トロフィーワイフ、男が社会的成功を誇示する為に得た妻のコトだ。有色人種が白人の妻を娶ったり、大金持ちの老人が若い後妻を娶ったりした時に使われる。オレの大嫌いな言葉だ。
「軍人として大成功した証として、名門貴族の娘と結婚したとか言わないだろうな。女の子は自己顕示欲の道具じゃないんだぞ?」
落ちぶれて久しい赤貧貴族の家に生まれた男が功を立ててお家を再興し、由緒正しい名門貴族の娘、しかも美人を娶る。絵に書いたようなサクセスストーリーだが……
「そんな訳があるか!ワシはあれと結婚したくて成り上がったのだ。……いや、それだけでもないか。ワシが"欲しいモノは力で手に入れる主義"というだけで……何を言わせる!」
厳つい顔を真っ赤にして怒鳴る元帥。世間がどう思おうが、欲しいモノや惚れた女は力で手に入れる。それが"災害"ルスラーノヴィチ・ザラゾフ、全く以て清々しい。
「フフッ、実に災害閣下らしい生き方だと褒めておくよ。……やれやれ。成長した京司郎を殺したら、ザラゾフ夫人に恨まれそうだな。」
いずれオレに決闘を挑むつもりでいるから、養子の話を断った。京司郎は、自分を引き取ってくれたザラゾフ家に迷惑をかけたくないのだ。殊勝な心掛けだと言える。
「あの小僧っ子が奇跡の成長を遂げようが、おまえには及ぶまい。家内には"京司郎を死なせたくないのなら、筋違いな仇討ちを諦めさせろ"とでも言っておこう。」
「是非そうしてくれ。アレックス大佐からは"挑んできたら殺して構わん"と言われちゃいるが、さすがに気が引ける。」
「家内の諫めも聞かずに挑んできたなら、迷わず殺せ。それに関して文句は言わさん。」
ザラゾフ夫人の説得に期待しよう。暴勇の男に"強情"と評される女房だ、育ちがいいだけのご令嬢って訳ではあるまい。
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三元帥との会談を済ませた姉さんは、凱旋パレードに臨む。黒塗りのオープンカーが3台用意され、先頭車両にザラゾフ元帥、真ん中には姉さんとオレに加えて司令に東雲中将、最後の車両にトガとカプランが乗り込んだ。もちろん、オープンカーの前後は異名兵士が乗り込んだ護衛車数台が固めている。
出発前にトガがクドクドと道中の安全を確認してきたけど、災害閣下に"怖いなら乗るな!算盤屋などいなくてもいい!"と一喝されて不平を鳴らすのを止めた。専属のスタイリストに入念なメイクを施させたカプランはと言えば、すんなりオープンカーに乗り込んでくれた。内心ではどう思っているのかわからないが、こういう時には如才ない。やはり耄碌が始まっているトガとは違う。
「カナタ、群衆に手ぐらい振ってやれ。おまえを見たくて駆け付けた者だっているはずだ。」
後部座席の司令からせっつかれたので、オレは沿道に向かって手を振ってみる。
「カナタ君は助手席が好きなのだね。普通、要人は後部座席に乗るものだが。」
オレの小市民主義を指摘した東雲中将と司令は、主役の姉さんを挟んで左右に座っている。おっ、そろそろ仕込んでおいたサクラのいるエリアに入るな。
「「「ザラゾフ!ザラゾフ!ザラゾフ!」」」
自分の名を連呼する群衆に気分を良くした元帥閣下は座席から立ち上がり、丸太のように太い腕を天に突き出して声援に応える。
「龍の島の民よ!ワシが人間災害、ルスラーノヴィチ・ザラゾフである!」
よしよし、災害閣下には上機嫌でいてもらわないとな。まあサクラを仕込まずとも人気のある男ではあるのだが、念には念をだ。
(カナタ……おまえサクラを仕込んでおいたな?)
やっぱ司令にゃ見抜かれるか。
(災害閣下は単純な面がありますからね。気分を良くしてもらうに越したコトはない。)
後部車両を振り向いたザラゾフ元帥に手招きされたので、オレは一足飛びでその隣に立つ。南エイジアでも大暴れした偉丈夫が天を指差すので、リクエスト通りに拳を天にかざした。
「此奴は狼だ、このワシが認める!龍の島が生んだ勇士を誇るがいい!」
災害閣下から狼のお墨付きを頂けたか。素直に嬉しいねえ。秀吉から傾き御免状をもらった前田慶次の気分だな。ま、オレは傾き者じゃなくて、欺き者なんだが。
敵を欺き、戦乱の世を生き抜く。でも、自分は欺かない。詭計機略を駆使してでも、この戦争を終わらせてみせるさ。綺麗事を言うだけの偽善者より、手段があくどかろうが何かを為し得た捻くれ者に価値があるからな。
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