侵攻編24話 虎は死して皮を残し、人は生き様を遺す



夕食会を終えたオレは、アレックス大佐を背中に担いで食堂から通信室に移動する。


複雑な手順を踏み、元帥直通の極秘回線が繋がったので、大陸の戦地にいる災害閣下に報告を入れた。サンドラちゃんの祖父は、回りくどい説明が嫌いなコトは知っているので、簡潔に、要点だけを述べるに留める。


「……話はわかった。それで、なんでアレックスが酔っ払って寝ておるのだ?」


その日の戦闘で100人以上の敵兵を手にかけた元帥閣下は、オレの隣の席で泥酔している息子に目をやった。


「アルコールを抜いてくださいと頼んだのですが、"敗北の余韻に浸りたい"との事で。」


「なにっ!? 飲み比べでアレックスを負かした男がおるのか?」


「男じゃないです。」


「息子を負かした蟒蛇は女か。一体誰なのだ?」


余興の話をしたいんじゃないんだがなぁ。でもここでつむじを曲げられても面倒だよな……


「同盟のエースは蟒蛇界のエースでもあった、というコトです。」


「ふぅむ……面白い!ここのドンパチが片付いたら、ワシが勝負してやると緋眼に言っておけ。」


災害VS緋眼の飲み比べ対決か。客が呼べそうなカードではあるな。


「伝えておきましょう。ではそろそろ本題に入りましょうか。」


「うむ。その前にドラ息子を起こせ。」


「アレックス大佐、呑む蔵クンを起動させてください。お父上がご立腹ですよ。」


「……寝起きに見る顔としては最悪だな。元気そうで何よりだ。まだ棺桶の予約をする必要もないみたいで、まことに結構。」


災害閣下にこんな物言いが出来るのは、アレックス大佐をおいて他にないだろう。血を分けた息子というだけではなく、相応の実力があってのコトなのだ。


「アレックス、飲み比べとはいえザラゾフの名を持つ男が負けるのは不愉快だぞ。反省せい。」


小指で耳クソをほじりながら、アレックス大佐は大あくびをした。


「ふぁぁ……飲み比べごときで目くじらを立てるなよ。親父だって、料理勝負じゃ大衆食堂のコックにだって負けるだろ。ま、殺し合いでも緋眼には負けただろうがね。」


アレックス大佐は周囲の人間には丁寧な言葉使いをしてるけど、親に対しては無頼らしい。


「フン、相変わらず屁理屈ばかりこねおって。ワシなら殺し合いでも緋眼に勝てるわ。話は剣狼から聞いた。おまえはどう思うのだ?」


「織部は殺す価値もない小物だ。息子の伊織に貸しを作る意味でも、助命してやるべきだろうな。」


「戦いもせずに機構軍に降った腑抜けだぞ。将兵の士気に関わるのではないか?」


「関わるとは思えないね。織部は元から、誰にも期待されちゃいない。腑抜けだと思われていた男が、やっぱり腑抜けだっただけさ。誇りに殉じて戦死した奥方や、屈辱に耐えて故郷を奪還した息子と比較されながら、生き恥を晒すのがいい。」


「…………」


考え込む元帥。信賞必罰がモットーの災害閣下は、卑怯者は極刑に処すのが妥当だと考えているようだな。


「刑死したガリュウもどうしようもない男だったが、散り際だけは立派だったから、汚名を少しだけ挽回しちまった。古今東西、死者には人は優しくなるもんだが、この龍の島では特にその気風が強い。屍に鞭打つ文化はこの地にはねえんだ。親父、俺達は"文化の違い"を理解すべきだと思うぜ?」


息子の意見を聞き終えた災害閣下は、しばらく考えてから結論を出した。


「……自分を酷評する記事やニュースが、残らず奴の耳目に入るように手配しろ。それが助命の条件だ。」


自分が歴史に残す汚名を悟らせる、か。残酷ではあるが、それが元帥のポリシーに反しないギリギリのラインなのだろう。


「妥当な罰だな。剣狼、それでいいかな?」


本来、極刑が妥当な男だ。そのぐらいの精神的苦痛は甘受してもらうしかないな。


「反省を促す為にもそうした方がいいかもしれませんね。今さら反省したところで、もはやどうしようもない訳ですが。」


覆水盆に返らず。世間には、リカバリーの利く失態と、そうではない失態がある。士羽織部は、腑抜けの間抜けとして歴史に名を残す道しか残っていないのだ。


「息子の方は母親似だったようだな。屈辱を耐え忍んで故郷を奪還するとは天晴れである。士羽伊織の今後は悪いようにはせん。無論、偽りの姿として機構軍に協力してきた過去の行為も全て不問に付す。」


気骨のある人間を重んじ、功は功として認める。こういうところは立派な元帥様なんだよなぁ。災害閣下に欠けているのは、弱者に対する思いやりだけなんだ。


「ありがとうございます。それでは閣下、少し気の早い話ですが、龍の島統一後にルシア閥が享受する利権の話を…」


「それはアレックスと話せ。ワシは算盤勘定が苦手だ。そんな事より剣狼よ…」


「なんでしょうか?」


という前提でなら、御門命龍を島の王と認めてやろう。……言葉を飾らずに答えろ。」


「しれた事だ。オレは帝の狼、支える龍は我が姉のみ。」


「フンッ!ワシには全くわからん。おまえほどの力があれば、"我こそが王なり"と名乗りを上げるべきだろうに……」


「根本的なところでオレと閣下は価値観が違う。だけど、違う価値観との共存をオレは目指している。」


「その価値観とやらが"世界の王は我一人。全ての人間はワシにひれ伏せ!"であった場合はどうするつもりだ?」


試されているのはわかっている。だが、どうしても瞳に力が篭もってしまう。これはオレの根源に関わるコトだから……


「……聞きたいのか?」


「いや、答えはわかっておる。"そんな暴虐を価値観とは認めん"であろう?」


「その通り、自制なき強者こそがオレの敵だ。」


か。世界の敵だ、絶対悪だ、と気取らんあたりが、気に入ったぞ。自分が正義の味方ではない事がわかっておるようだな。」


「正義も悪も相対的な観念に過ぎない。ある時代では正義だった行為も、時代が変われば悪に変わる。変わらず生きる為には、変わらなければならないんだ。それはどんな英雄でも、どんな豪傑でも例外じゃない。……人間災害と恐れられる、ルスラーノヴィチ・ザラゾフであっても、だ。」


山猫は"変わらず生き残る為には、自分が変わらなければならない"と言った。ザラゾフ元帥も、少しだけでいいから変わって欲しい。"力こそ全て"という価値観を、"力こそ枢要"に変化させて欲しいんだ。


力を枢軸に据えるだけなら、力無き者への目配り気配りも出来るようになるからな。"世界を牽引する指導者層には相当の力量が必要"、程度の差はあれど、オレとザラゾフは同じ思想も持っている。相違点には寛容さを持ち、共通点には協力し合う。単一の、絶対的な価値観の押し付けは悲劇しか生まないのだから……


「……ワシに孫が出来たのは知っておるか?」


「写真を見た。世辞抜きに可愛いコだ。将来が楽しみだな。」


「……だが弱い。アレックスもサンドラも、ワシを超える兵にはなれんだろう……」


呟く元帥の表情には寂寥感が漂っていた。子も孫も、自分を超える強さは得られない、それが半世紀に渡って戦い続けた男の直感。オレはこの老いゆく兵に何を言えばいいのか……


「…………」


言葉が浮かばない。……そうか、絶対的な強さとは、孤独さでもあるのか。遥か高みに上ってしまったが故に、隣に立つ者がいなくなってしまう。肩を並べて戦った戦友も、鎬を削っていた好敵手もみんな、ザラゾフを置いて死んでしまった。


「強くなりたい、そう思ってこの歳まで駆け抜けてきた。だが、孫の顔を見て"強さとは何か"と、迷いが生じた。強さとは、重力磁場で敵兵をへし潰す事でも、巨岩を操って戦車を粉砕する事でもないのかもしれん。……剣狼よ、おまえにとって"強さ"とは何だ?」


「……未来へ繋ぐ意志だ。オレは死病に冒されたこの世界を継続可能な状態に戻し、先の世代へバトンを渡したい。どんな英雄でもいずれは死ぬ。虎は死して皮を残すが、人が遺すのはその足跡、生き様だ。」


「クククッ……ワシの軍用ブーツは38センチ、さぞかしデカい足跡が残せるであろうな。」


「物理的な大小の話はしてねえんだよ!おい爺さん、真面目に話してんだから、真面目に聞けよ!」


マジモンの16文キックが可能なのかよ!馬場さんでも34センチなんだぞ!


「ガーハッハッハッ!生意気な若僧の垂れた戯れ言を、心の片隅に留め置いてやろう。光栄に思うがよい!」


こんにゃろ、通信を切りやがった。……この元帥閣下はどこまでいこうが、人のカタチをした災害なんだろうなぁ。個人的には嫌いじゃないが、たぶん世界にとっては迷惑な男だ。


「……珍しい事もあったものだ。あの親父殿が本音を吐露するとはな。少し妬ける気持ちがないでもない。」


嬉しいのか悔しいのか判別し難い顔で、アレックス大佐は顎を撫でた。


「言いたいコトだけ言って、通信を切ったようにしか思えないんですが……」


「そうかもしれん。まあ親父の頭に、筋肉以外も詰まっている事は確認出来たし、よしとしておこう。ああ見えて、苦悩のくの字ぐらいは持ち合わせていたのだなぁ。あまりにも人間離れしているものだから、実はビーカーかフラスコから生まれた生体兵器ではないかと疑っていたんだ。」


穏やかな口調だけど、メチャクチャ毒のある台詞だな。たぶん、自分を超える兵にはなれないと断言されたコトを根に持ってるんだ。オレやリックと同じように、アレックス大佐にも"親父を超えたい"って気持ちがきっとある。


「官舎に戻って利権の配分について相談でもしましょうか。大佐、ここからの進軍はフレキシブルなものになりますよ。」


情勢が読めるのは朧京に関してのみで、他の都市がどんなハレーションを起こすかまでは不分明だ。いっそ親征軍に降伏してしまえという街も出れば、徹底抗戦を貫く街も出る。もちろん、帰順派と抗戦派でゴタつく街もな。一番多いのはゴタつく街だと読んでいるが、それはあくまでオレの推測に過ぎない。


「臨機応変という名の適当戦術は、ルシア閥の得意芸だ。アバウトさなら任せてもらおう。」


親父よりは若干薄いが、それでも十分分厚い胸板を誇示し、ふんぞり返るアレックス大佐。


「そんなコトを自慢しないで頂きたい。"はかりごとは綿密に、戦場いくさばでは大胆に"が、軍人のあるべき姿ですよ?」


「そんな常識は並の軍人に言えばいい。常軌を逸した狂気、マンパワーでのゴリ押し戦術こそが私の理想なんだ。それが出来ないから、小賢しい戦術を磨かざるを得なかっただけさ。」


軍事マニュアルに採用されるほど優れた戦術は、妥協の産物だったのかよ。これがザラゾフクォリティか。


「戦術論は車で話しましょうか。」


「ああ。途中でコンビニに寄ってくれ。」


「コンビニ?」


「酒を買いたいからね。」


「……さっきイヤほど飲んだでしょう。」


「だが分解してしまった。緋眼への借りは、剣狼に返す事にする。おとなしく私に八つ当たられたまえ。」


八つ当たられろって、言葉の用法としておかしいから!……親父ほどじゃないが、息子も十分困った人だよ。



長身に見合った歩幅で歩き出した大佐の後にオレも続く。小顔で足も長いマイボディをとても気に入ってるけど、背丈そのものは並。……背が高いってのだけは、羨ましいよなぁ。


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