侵攻編23話 蟒蛇でさえ逃げ出す酒豪



尾羽刕市に入港した親征軍は、さっそく街の治安維持に乗り出した。総督府で士羽臨時総督と会見した姉さんは今後の協調体制の樹立を確認し、すぐに共同で会見を開いて、士羽政権の正当性をアピールした。


これで"龍の島における政権の正当性は、帝が判断する"という事例が出来た。近代に入ってからは都の支配者に留まっていた御門家だが、千年以上もこの島の王者として君臨してきた実績があるからな。人間ってのは権威に弱い生き物でもある。容姿端麗で龍の目まで持つ姉さんだけに、そのアピール力は抜群だ。


総督府はトウリュウとグンタがガッチリ固めてるから問題ない。オレ達は手分けして帝国の残党捜し(密偵以外は残ってないとは思うが)と、協力者の検挙、それに蜂起した地元兵の再編成に着手する。


帝国に加担してた高官連中のリストは士羽総督から預かっている。ごく一部の有能な者を除いて、協力者達は置き去りにされた。レームも従順さだけが取り柄の輩を連れて逃げる余裕がなかったんだろう。ま、奴らにしてみれば、尾羽刕を奪還しさえすれば、いくらでも代わりはいるんだから、置いていって問題ないよなぁ。


協力者達を片っ端からとっ捕まえて政治犯収容所に送り、総督府に帰還した頃にはお月様が顔を出していた。雪風パイセンの鼻から逃れられる訳もないのに、逃げたり隠れたりする輩が多くて閉口したぜ。


「カナタ、マリカ、戻ったのか。」


治安維持を担当していたシグレさんも総督府に戻ってきていた。


「ああ。往生際の悪いバカが多くて面倒だったよ。そっちは首尾よくいったのかい?」


「うむ。無血開城だったから、大きな混乱はない。秘密裏に組織されていた思想警察の連中を刑務所に送ったぐらいだ。」


やはり地元民による密告制度を張り巡らせていたか。植民政策あるあるだな。


「大食堂で姉さんと士羽総督が待っているそうです。一緒に飯でも食いましょう。」


総督主催の夕食会には、親征軍幹部も出席しているだろう。食堂に向かう途中で、マリカさんがとんでもない事を言い出した。


「フフッ、アタイらを従えて歩く姿がサマになってきたねえ。」


「ヤメてくださいよ!たまたま前を歩いていただけじゃないですか!」


マリカさんとシグレさんは入港後、即座に治安維持と摘発に向かったから総督府に来るのは初めて、オレは姉さんと士羽総督の会見に同席していたから来るのは二度目、だから案内役として先を歩いていただけである。


「アタイが言った事をもう忘れたのかい? アスラのどの部隊長と組んでも指揮を執るのはカナタ、つまり"アンタが大将"だ。」


「言われましたが、承服した覚えはありません!シグレさん、何とか言ってください!」


弁護を期待したのに、師匠の口から紡ぎ出されたのは追い打ちのお言葉だった。


「私も以前に言ったはずだ。"※いずれは私を使いこなせる男になれ"とな。そしてその時が来た、それだけの事だろう。」


あー、そういやシュガーポット攻略戦の最中にそんな事を言われたっけ……


「ふふ、実際に使ってみてわかっただろう? 跳ね馬のマリカよりも、私の方が扱い易いとな。」


確かにシグレさんはどんな任務もド安定、部隊長連で最も堅実な働きを見せる。癖がなくて、計算出来る良指揮官だと言っていい。他の先輩方の癖が強すぎってのも相まって、その安定感は際立っている。まさにいぶし銀を地でいく人だ。


司令も"困った時は「信頼と安定のシグレ」を起用すればいい。渋いバッティングでタイムリーを放つか、打ち損じても進塁打だけは確実に決めてくれる。これがバクラあたりだと、走者がいようがいまいがブンブン振り回して意味なく三振もあるからな"とか言っていた。


「ンな事あるかい。なぁカナタ、アタイが一番だよねえ?」


耳元で"一番って言わないと殺すぞ"と囁くのはマジでヤメて。怖いでしょ。


「私は一番二番の話はしていない。とはいえ、この手で育てた弟子だけに、カナタの考えは私が一番理解しているに決まっている。そうだろう、カナタ?」


左右から女傑に挟まれたオレは答えに窮する。


「え、え~と…そのですね……なんと言いますか……」


……どう答えれば、丸く収まるんだろう……神サマ助けて……


──────────────────────


とりあえず、マリカさんが最高、シグレさんが最良と詭弁を弄してピンチを切り抜けたオレは、士羽総督主催の夕食会に出席した。


要人稼業のイヤなところって、食事が享楽じゃねえ事だよなぁ。今日の昼もワーキングランチだったし、飯ぐらいリラックスして食いたいよ……


「レームと合流したアードラーがどう出てくるかが問題だな。そのあたりについて、剣狼の考えを聞きたいのだが?」


アレックス大佐は重量級の偉丈夫だけに、かなりの健啖家だ。食性も見た目通りに肉食、サラダはガン無視で肉ばっか食ってる。


「野戦を挑んではこないでしょう。尾羽刕軍との挟撃という算段が崩れた以上、後退して防戦に適した街に籠城すると思います。思い切って朧京まで引き返すかもしれないですね。」


アードラーは軍人というより軍務官僚と言った方がいい人物だ。階級こそ中将だが、最前線での功績はメルゲンドルファーの半分もない。軍政の執行官としては、メルゲンドルファーの倍ほど有能らしいが……


「龍弟侯の仰る通りでしょうな。合流したレーム麾下の帝国兵は士気がダダ下がりの上、攻城兵器も引き連れていないアードラー師団では、野戦で勝てても尾羽刕を落とす事は難しい。」


トウリュウが意見し、グンタが補足する。


「そもそも頭デッカチのアードラーでは、野戦で我らに勝つのも不可能でしょう。奴がそう思わなくても、部下の誰ぞは"勝ち目は薄い"と進言するはず。」


アレックス大佐とステーキ皿の積み合いを演じてるオプケクル准将が、別の議題を提起した。


「まぁそのあたりはアードラー師団の動きを見てから判断すればええんじゃないかの。とりあえず先に決めとかんといかんのは、士羽織部の処遇じゃろう。ご子息の前で言うのもなんじゃが、お世辞にも人徳ある君主とは言えん御仁だけに、無罪放免は市民が納得するまいよ。」


確かに。士羽織部の行動は利敵行為も甚だしい。売国奴と蔑む市民もいるだろう。


話題が肉親の処遇に変わった伊織さんの箸が止まる。


「父の所業は軍法に照らし合わせても極刑が妥当。しかしながら、なんとか幽閉で済むように、統合幕僚本部に掛け合ってみようと考えています。覇気の欠片もない男ですが、俺にとっては実の親。子の孝として、極刑だけは回避してやりたいのです。」


ろくでなしの親父でも見殺しにするのは忍びない、か。人でなし…それは流石に言い過ぎか……冷血だが有能な親父を持ったオレは幸せな方なのかもしれない。少なくとも天掛光平は、息子に先行きを心配されるような男じゃないからな。


「ここにいる皆さんの連名で、助命嘆願の起草文を書いてはいかがでしょう? もちろん、発起人は私が務めます。」


姉さんの提案に一同は頷いた。


「友の姉君に頼まれては是非もあるまい。アレックスは親父殿を説得してみてくれ。」


テムル総督が同期生にそう言ったが、アレックス大佐は難しげな顔を崩さない。


「やってはみるが、期待はするなよ? 親父は臆病者と卑怯者が大嫌いで、士羽織部はその両方に該当している。剣狼、食事が終わったら私と二人で親父に通信を入れてみよう。」


しれっとオレまで巻き込まないで欲しい。とはいえ、オレからも口添えした方がいいだろうなぁ……


「了解です。災害閣下とお話するのも久しぶりですね。」


「面倒な話は明日にして、今夜は飲もう。中原一の酒豪と呼ばれる俺についてこれるかな?」


陽キャの代表格であるテムル総督が酒瓶を振りかざし、人食い熊と烈震が名乗りを上げた。


「受けてたつわい!龍北大島はイズルハ一の酒所、飲み比べで負けたら沽券に関わるでのう!」


「酒と言えばルシアのウォッカだ。極寒の地で身を暖めてきた酒はルシア人の友!この戦いは負けられん!」


アトル中佐もストリンガー大尉も、アレックス大佐の副官を務めるニコラエフ大尉も、上官の大人げない振る舞いを止めようとはしない。かくしてオプケクル准将の可愛いオナラを合図に、飲み比べ競争が始まってしまった。


「屁こき熊、飲み比べならアタイも一丁噛もうじゃないか。」


マリカさんの参戦宣言に、オプケクル准将の顔色が変わる。ほろ酔いの赤から、戦慄の青に、だ。元上官だけに、マリカさんの底なしぶりはご存知らしい。


「マ、マリカよ、これは男同士の勝負じゃからして……」


歯切れの悪いオプケクル准将に、テムル総督とアレックス大佐が反駁する。


「熊の准将、情けないぞ。誰が挑んでこようが受けて立つのが男だろう。」


「テムルの言う通りだ。かかってこい、緋眼。私が相手になろう。」


脇のテーブルに移動して飲み比べ競争を始める四人。テムル総督とアレックス大佐は、マリカさんの怖さを知らないらしい。ま、じきに思い知るだろうけど……


「シグレさん、止めなくていいんですか?」


「止めて止まるものなら、そうしているさ。私は悟りと諦めの境地に至ったのだよ。」


シグレさんは淡々と呟きながら杯を傾け、マリカさんが空けた席には錦城大佐が引っ越ししてきた。


「カナタ君、俺達はゆっくり飲もうじゃないか。お酒は量を競うものではなく、愉しむものだからね。うん、この味噌カツは絶品だな。月花様への土産にしよう。」


総督名代として神難軍を率いる男は、尾羽刕名物が気に入ったらしい。


「あっちの席での勝負、誰が勝つと思います?」


「マリカだな。」 「緋眼だろう。」


シグレさんと錦城大佐は即答した。俺もそう思う。この世にマリカさんより酒に強い人間がいるとは思えないし、思いたくない。あのアビー姉さんですら飲み比べじゃかなわないんだ。


「ちなみに俺は、神難で二番目の酒豪だ。一番は"蟒蛇姫"の別称を持つ月花様なのだが……その月花様が"緋眼のマリカは酒豪界でもエースですわね"と呆れ…コホン…称えたぐらいだから、考えるだに恐ろしいな。」


飲み比べでも二番なのかよ。どんだけ二番が好きなんだよ。ホントに※錦城二位に改名したらいいんじゃないか?


横目で飲み比べ勝負の様子を見やると、ウォッカをラッパ飲みしてるマリカさんの勇姿が映った。



同盟のエース、"緋眼ルビーアイ"マリカは蟒蛇うわばみも裸足で逃げ出す程の酒豪。……蟒蛇に足はありませんでしたね。


※マリカとシグレの台詞について

前作の戦役編31話でシグレがカナタにそう説いています。マリカの"誰と組んでもおまえが指揮を執れ"という台詞は、今作の南国編32話に記述があります。


※錦城二位

神難軍の幹部、錦城一威は何をやっても二番にしかなれなかった悲しい過去(前作参照)があります。主な二位ヒストリーは、剣道、書道、華道、マラソン、パワーボールインターハイ、弁論大会、けん玉選手権、創作お好み焼きコンテスト……他多数。ちなみに士官学校も卒業でした。自分の運命を悟った錦城一威は、本気で錦城二位に改名しようとした事がありますが、主君の月花に止められています。そんな彼の誕生日は……2月2日です。


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