侵攻編22話 いかにも厨二なネーミング
攻撃予告を突き付けたオレは、煌龍に向かった。すぐに市内で伊織さんが動くはずだ。
巨艦の艦橋では姉さんがオレを待っていたが、どこか落ち着かない様子だった。
「姉さん、何か心配事ですか?」
「心配事もなにも、この状況で落ち着いているカナタさんが普通ではないのです。」
「婆ちゃん曰く、"山より大きな
「はい。少々お待ちください。」
少しメイド服が板に付いてきたレオナさんは珈琲を淹れに艦橋を後にした。
メイド騎士の淹れてくれた珈琲を飲みながらくつろぐ事暫し、オペレーターから報告を受ける。
「龍弟侯、士羽少佐から通信が入っています。」
よかった。通信を入れられるという事は、うまく謀略が進んだという証だ。
「繋いでくれ。立体表示機能をオンにしてな。」
メインスクリーンにはハンディコムから送られてきた映像が映し出される。当たり前だが、帝国の騎士達は殺気立っていた。
床に現れたマーカーの上に立ち、騎士達に話しかけてみる。向こうにはホログラムのオレが見えているはずだ。
「やあ、ご機嫌よう。えーと、レーム大佐はどこかな?」
マーカーの傍にホログラム投影されたのは、手足を拘束され、猿轡を噛まされた大佐の姿だった。
「士羽少佐、猿轡を外してやってくれ。彼と少し話をしたい。」
「了解した。」
猿轡を外されたレーム大佐は、床に唾を吐き捨てた。
「賊徒風情が何を話したいと言うのだ?」
「芋虫みたいに床にすっ転がされといて凄みなさんな。士羽少佐の覚悟を甘く見ない方がいいぞ。おまえらと差し違えるなら本望だと本気で思っている。もちろん少佐達を殺したら、オレが貴様らを悶死させてやるからな。……オレの狼眼はこの世で最大の苦痛を与えられるのは知ってるだろう?」
向こうで投影されているホログラムの目も黄金に光って見えているはず。本物の殺意、凄むってのはこうやるんだ。
「……話とは何だ?」
「生きて帝国の土を踏む方法を教えてやろうって話さ。帝国兵を引き連れて街を脱出しろ。車両は使っていいが、艦船は置いていってもらうがな。」
「そんなムシのいい条件が呑めるか!」
「じゃあ死ね。街を攻略するのに十分な兵器と兵員は準備してきた。内部が混乱している尾羽刕なら、力攻めでも問題ない。葬儀屋が繁盛するだけさ。」
そんな事態は避けたいという本音は、おくびにも出さない。今のオレは皆殺し上等だと本気で思い込めている。この世界に来てからというもの、ハッタリの大盤振る舞いだったから、状況に自分を完全に落とし込めるようになった。
広がったマーカーの中に姉さんが足を踏み入れ、説諭する。
「カナタさん、お待ちなさい。出来れば死人は出したくありません。レーム大佐、戦艦と巡洋艦は街に残し、足の速い軽巡で離脱されてはいかがでしょう。我々は包囲を解き、南進致します。同じ速度で帝国軍が北進すれば違約も防げるはず。」
「……むむ。」
「私は妥協案を示しました。これでも譲歩出来ないと仰るのなら仕方がありません。弟に命じて貴方達を攻め滅ぼすまでです。撤退か全滅か、レーム大佐が選んでください。撤退されるのなら、安全は保証致します。」
武闘派の弟をなだめる優しい姉。それがこの交渉におけるオレと姉さんの役割分担だ。しかし巡洋艦まで要求するとは、姉さんもなかなかにしたたかだな。
「その言葉…いえ、お言葉に間違いはありませんな?」
ロイヤルオーラを感じ取って、言葉使いを改めたか。まあ、姉さん以上の貴人なんかこの世にいないからな。
「帝の名において確約します。この会話が市営放送で中継されている事は確認出来ているはずですね。市民の見守る前にて交わされた約定を破り、追撃などかければ……もう誰も、私の言葉を信じなくなるでしょう。」
床に転がされたまま思案する大佐。尾羽刕進駐軍には撤退か壊滅かしか道はないのだ。であれば、捲土重来という名の保身に走るに違いない。実は"私に構うな!徹底抗戦を貫け!"とケツを捲られるのがこちらにとって一番厄介なのだが、レームはそういう忠臣タイプではない。メルゲンドルファーやアードラーならそうするだろうが……
「……わかった。我々は名誉ある転進を選ぶ。」
なんで機構軍、特に帝国軍人は撤退って言葉をここまで嫌うのかねえ。
「士羽少佐の安全を担保する為、レーム大佐にだけは街に残って頂きます。もちろん帝国軍が街から離脱した後に必ず解放する事を約束します。よろしいですね?」
「承知した。」
「士羽少佐、足の拘束具を外してレーム大佐に椅子を用意してあげてください。約定が交わされた以上、辱めるのは節義に反します。」
「仰せのままに。」
敬礼した士羽少佐は同志に命じてレーム大佐を椅子に座らせ、足の拘束具を外させた。
「全軍、包囲を解いて南進を開始!」
姉さんの命令に従って親征軍は動き出した。
──────────────────
偵察機から送られてくる映像は、帝国軍が約束を守っている事を証明していた。親征軍の上空を旋回する敵方の偵察機は、こちらも約束を守っている事を証明してくれるだろう。
何事もなく親征軍と帝国軍は、予定地点に到達する。双方が安全距離だと認めたポイントだ。ま、仮に帝国軍が反転してこようが、街門を閉ざした尾羽刕をどうにかするのは不可能なんだがな。攻城兵器もない軽巡艦隊で落とせるような街じゃないんだ。
龍の島奪還の第一関門を越えたオレは、ソードフィッシュから総督府の士羽少佐に通信を入れる。
「士羽少佐、大役ご苦労様でした。レーム大佐にヘリを与えて解放してください。」
「了解。レームを解放したら、私は街門にてお待ちします。」
大任を果たした男の顔は晴れ晴れとしていた。苦い胆を
「帝を出迎えたいというお気持ちはありがたいのですが、総督府でお待ちください。レームが置き土産として、帝なり少佐なりの暗殺を企てている可能性があります。尾羽刕はついさっきまで帝国軍の支配下にあった事をお忘れなく。」
「確かに。油断は禁物ですね。」
「市内に潜む狗の捜索と治安の維持は我々がやります。少佐は解放された政治犯の慰撫を終えたら、新政府樹立の作業に注力してください。同盟軍は戦時特例として、士羽少佐を臨時総督に任命しました。正式に新政府が発足したら、臨時の文字を外させますから。」
「ありがとうございます。尾羽刕市民の為、一命を賭す覚悟です。」
「では後ほど。」
通信を終えたオレは指揮シートのサイドケースから表題のない冊子を取り出し、目を通す。この冊子には、教授の練り上げた龍の島の未来が描かれているのだ。
─────────────────
表題のない冊子の内容を要約すれば以下のようになる。
①龍の島は帝を頂点とする緩やかな連邦王国を確立する。連邦王国の最高意志決定機関は帝が議長を務める「極東総督会議」である。(つまり帝が龍の島の王様だからね。みんなで崇め奉れ)
②各都市は自治権を有し、同盟憲章を基軸にすみやかに政治体制を整える。(自治権は認めるよ。でもちゃんと市民の権利も認めなさいね。権利の保証もないのに義務だけ負わせるとかありえないから!)
③都市総督は国家元首として、極東総督会議に出席する権利がある。極東総督会議では、連邦王国全体の方針が話し合われ、都市間同士で紛争が起こった場合も、本会議にて裁定を下す。重要課題においては全会一致を原則とし、そうでない場合は多数決によって議題を解決する。(進む方向はみんなで決めて、トラブルも話し合いで解決しような。個々の利害が衝突する事もあるけど、大事な事では一致団結しようぜ)
④極東総督会議において、議長である帝は重要課題の指定を行う権利を持ち、またあらゆる決議に拒否権を発動出来る。帝は拒否権をみだりに行使してはならず、また拒否権発動の理由を明確に説明しなくてはならない。(偉い人の都合ばっかで龍の島を動かそうとしたら、帝が黙ってないよ。普段は自制してるけど、龍を怒らせると怖いからね!)
⑤帝が拒否権を発動した議題は再度総督会議にかけられ、修正もしくは廃案かを検討する。検討の結果、修正も廃案もしないという結論に至った場合、帝は二度目の拒否権を行使出来る。二度目の拒否権の発動と同時に極東総督会議は解散、解体される。(欲深どもが面の皮を突っ張らかすならもう知らん。後は勝手にやれ!)
⑥衛星都市は母体都市の管轄下にあるが、当該都市の首長は管轄都市の総督に意見を上申する権利がある。双方の意見が激しく対立した場合、極東総督会議が任命した委員会がその調停にあたる。調停が不調に終わった場合は、総督会議にて問題の是非を検討する。(巨大都市だからって、中小都市を好きにしていい訳じゃないからね。ちゃんと意見は聞いてあげなさい)
括弧書きは、教授のつけた注釈だ。……教授め、オレをアホの子だと思ってるんじゃないだろうな?
まあ括弧書きはともかく、案としてはよく出来てる。"国家元首たる都市総督は、民主的な手続きを経て選出されなければならない"という一文も入れたいところだが、まだ時期尚早だろうと後書きに記されていた。
教授の言う通り、世襲総督がほとんどのこの世界じゃあ、そんな文言を入れたら計画そのものが頓挫する。"世襲でも独裁でもいいが、市民の権利だけは認めろ"、これが現実的な妥協点だろう。市民権を獲得した人々が徐々に目覚め、いずれ世界をあるべき方向へと導いてゆく。今は過渡期だと割り切るべきだ。
世界をあるべき方向へ導く第一歩が、この"龍ノ島連邦王国計画"だ。……横文字の名称もあった方がいいよな。おらッチの内蔵する厨二回路を全開にして、カッコいい名前をば考えるべ……
オレは胸ポケットのペンを抜き出し、冊子に表題を書き込んだ。"ドラグラント連邦・設立計画書"と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます