奪還編6話 私の彼氏がペテン師すぎて素敵



神難市重犯罪人収容所、その最奥にある特別取調室で、オレはパンダマスクことマハル・カルークと机を挟んで向かい合っていた。刑務官とドクターが、椅子に掛けたオレの背後に立っている。


「オレは親切だから先に教えておいてやる。エアポートホテルにいた仲間は捕縛済みだ。いくら待っても助けには来ない。」


ホテルに配置した仲間は見張り役、そしてしくじった時の脱出補助要員。"野獣"マハルは元機構軍の特殊部隊上がりだ、バックアッププランぐらいは当然用意している。


「そんなハッタリに乗るほどウブじゃ…」


「ホテルに配置した仲間は二名。一人は右腕上腕部にサソリの刺青、もう一人は唇にピアスをしてて胸毛が濃い。名前は…」


「オーケー、ハッタリじゃないらしい。どうやら口の軽い部下がいたようだな。」


「部下を見習っておまえも口を軽くしろ。黒幕は誰だ?」


「口の軽い奴に聞け。」


「依頼人に接触するのはボスのおまえだけ。それがプロテロリスト集団、"野獣たちザ・ビースト"のルールなんだろ?」


"強欲グリード"オルセンもそうだったが、"野獣ビースト"マハルの率いる犯罪者集団も、中核メンバーは軍隊時代の部下だった。マフィアの軍事顧問兼、相談役コンシリエーリをやってた"消去屋"ロッシも然り。やれやれ、機構軍ってのはテロリスト養成機関なのかね?


「よくご存知だな。それも口の軽い奴から聞いたのか?」


「そんなところだ。賢いおまえは痛覚を完全に遮断するコトの弊害を心得ている。だからある程度は痛覚を残してあるが……あくまで、ある程度だ。殴る蹴るの尋問じゃ、口を割らないだろう。」


「それは尋問ではなく、拷問だ。取り調べはスマートにやってもらいたいね。とりあえず、弁護士を…」


おまえに弁護士を呼ぶ権利はないと通告しただろ?


「だから、こんなモノを用意してみた。」


オレは注射器と薬剤の入った瓶をマグナムスチーム製の分厚い机の上に置いた。


「え~と、確かブソビルコスアミノ……なんだっけ?」


「ブソビルコルアミノデチベル、別名"痛みの悪魔ペインデビル"だ。」


「そうそう、それだ。おまえは5世代型の中量級バイオメタルで、適合率は81%。それらの数値に身長と体重を加味すれば、完全致死量は100ミリリットルと推定される。もちろんこれは概算値で、運が悪けりゃその前に死ぬだろう。」


「…………」


オレはポケットからアンプルを取り出して、机の上に追加した。


「コイツは知らないだろうから教えてやろう。これは御門グループが量産化に向けて研究しているアンチポイズンT(念真力賦活剤入り)だ。おまえは念真力が空っ穴の状態だが、これがあればギリギリセーフになる可能性があるかもな。説明は以上、じゃあ10ミリからいってみようか。」


マハルの両足は床、両腕は机の上に鎖で固定されている。たとえ手足が折られていなくても、身動きするコトは不可能だ。オレが指を鳴らして合図すると、待機していたドクターがマハルの太い腕に注射針を刺し、注射器を台座に固定する。準備は済んだが医師の良心を持つ男が躊躇しているようなので強く目で促す。覚悟を決めたドクターは、ゆっくりと10ミリの目盛りまでプランジャーロッドを押し込んだ。


「……グッ!…」


体に与える毒性よりも大きい激痛が、ペインデビルの特徴だ。自白拷問剤として人気な訳だな。


「聞きたいコトは二つ、黒幕の名前と、その接触記録の在処ありかだ。」


「な、なんの事だ?」


「おまえは賢い。だから依頼人の裏切りに備えて、接触記録を残しているはずだ。仕事を請け負い、いざ開始の直前に切り札があるコトを無用心な依頼人に伝える。仕事を終えたら、切り札と引き換えに後金を受け取る。依頼人の裏切りも、取りっぱぐれもない、いい方法だな。」


これは以前に始末したテロ屋の使っていた方法だ。そのテロ屋よりも一段上の手腕を持つマハルが、安全装置を確保してないなんてコトはない。黒幕を破滅させる物証を、コイツは握っている。だから黒幕は手駒マハルが口を割る前に、なんとしてでも救出する必要があるのだ。まさに安全装置、だな。


「……そんなモノはない。邪推もいい加減にしておけ。」


「20ミリだ。」


「……グゥゥッ!……ないものはない……」


この現実主義者が監獄からの救出を期待出来ると踏んでいる。というコトは黒幕はかなりの地位にある奴だ。


「30ミリ。依頼人の名前は?」


「知らん!……くたばれ、権力者の狗めが!」


「狗ではない、狼だ。もう牙は見せてやっただろ?……40ミリ。」


痛覚のもたらす発汗に濡れる野獣は、取り調べ室の壁に向かって怒鳴った。


「クシナダ、錦城!見ているんだろう!こんな拷問を許すのか!」


「そっちじゃない。反対側の壁だ。」


「またハッタリか? 特殊壁材の見分けがつかない程マヌケではない!」


……まだ冷静さを残しているか。筋金入りの無法者と認定してやろう。


「……50ミリだ。」


「侯爵、これ以上は……」


監察医ではなく、市営病院から派遣されたドクターだけに、修羅場への耐久性が低いな。まあ、オーダーしたのはオレなんだが……


「やれ!これは命令だ!」


「……はい。」


しぶしぶプランジャーロッドを押し込むドクター。その額にも汗が光り始めている。


「……ぬぬ……グゥゥ……」


「致死量の半分だな。マラソンで言えば折り返し地点だ。血を吐きながら走るマラソン、そのゴールは"おまえの死"だぞ?」


「……出来もしない能書きをほざく若僧だ……」


自分を殺せば黒幕が逃げ切る、だから殺せる筈はない。マハルはそう思っている。それはその通りなんだが……


「60……いや、景気よく70までいってみようか。」


良心の鎖に縛られて動けないドクターの手を掴んで、一緒にプランジャーロッドを押してやる。


「………じ、地獄に墜ちろ!!……」


「おまえが先にな。……80ミリだ!」


鼻と鼻がくっ付きそうな至近距離で怒鳴り返す。


「81、82、83……まだ吐かないつもりか?」


「侯爵!これ以上は本当に危険です!」


悲鳴を上げるドクターを突き飛ばし、さらにロッドを押し込んでゆく。


「84、85、86、87……カウントダウン10までもうじきだな。」


「……クソが!……ググッ……クソッタレがぁ!…いずれ……殺してやる!!……グウゥゥゥ……」


床に尻餅をついたドクターは、クシナダ総督と錦城大佐が様子を窺っている隣室に向かって叫んだ。


「総督閣下、錦城大佐!龍弟侯をお止め下さいっ!90ミリでも死に至る可能性はあるのです!」


100ミリは推定致死量だからな。そりゃそういう可能性もある。


「88、89……これで90ミリだ。……お楽しみのカウントダウン10が始まるぞ?」


「……殺す!……殺してやる!……お、覚えてろ……」


「……ラストチャンスだ。黒幕は誰だ? 証拠はどこにある? 吐けっ!吐くんだっ!死にたいのかっ!!」


髪を掴んで顔を上げさせながら、狂気を含んだオレの目を、混濁し始めた目に合わせて最後通牒と唾を吐きかけてやる。


「……く、黒幕は……ググッ……じ、事件の黒幕は……」


これで吐いてくれればいいんだが……


だが、取り調べ室の時計の秒針が一周するほど、たっぷり間を持たせてからマハルは減らず口を叩いてきた。


「……黒幕は櫛名多月花!証拠は錦城一威の尻の中だ!……わかったか、淫売龍姫の飼い犬めが!」


「おまえ、オレの姉さんを"淫売"と言ったのか? ええおい!今、淫売って言ったのか!!」


「もう一回言ってやろうか!淫売龍姫の飼い犬野郎!」


引っ掴んだ髪ごとマハルの顔面を机に叩きつけてから深呼吸し、荒ぶる息を整える。さっきまでの狂騒ぶりを引っ込めて冷静に、冷酷に……始末をつけよう。


「……わかった。おまえの勝ちだ、"野獣"マハル。……刑務官、ドクター、もういい。部屋を出ろ。」


「し、しかし……」 「取り調べがここまでなら解毒剤を投与しますので…」


「出ろって言っただろうが!サッサッと部屋を出ていけばいいんだ!」


刑務官とドクターの襟首を掴んで取り調べ室から退出させ、ドアをロックしてからかんぬきも閉める。


「……お、おい……何をする気だ……」


「おまえの勝ちだと言っただろう。……秘密は墓場まで持っていけ。カウントダウンも必要ない。」


90から100まで一気にロッドを押し込み、せせら笑ってやる。


「ググッ……正気か!? 俺を殺したら証拠は闇に…」


「もう証拠も黒幕もどうでもいいんだよ。姉さんに頼まれたから手を貸しただけで、オレは神難の内紛に興味なんざねえ。空港と人質は奪回してやった。後は勝手にやってくれ、さ。」


「は、早く!……早く解毒剤を……」


「知るか!おまえが苦しみながら死ぬザマを見届けなけりゃ、オレの気がおさまらん。そうだ。おまえの最後の希望、解毒剤を叩き砕いてやるのも面白いな。」


机の上に置いてある解毒剤のアンプルに踵落としを入れようと足を上げた時に、ドアが荒々しく叩かれた。


「カナタ君!マハルを殺すな!」 「カナタさん、解毒剤を打つのです!早く!」


「クシナダ、錦城、コイツは狂ってる!!は、早くしないと……俺は殺される!」


苦痛と焦りで脂汗を滲ませるマハル。まさかの事態に冷静さが吹っ飛んだな。


「しつけえなぁ、まだ生きてんのかよ。医師の見立てよりタフだったってコトかな? ま、致死量は致死量だし、問題あるまい。」


「マハル・カルーク!黒幕の名を教えれば、総督特赦により死罪は免じます!一威、まだドアを蹴破れないのですか!」 「今やってます!」


マグナムスチールが三段重ねのドアと特注の閂だ。錦城大佐でもそう簡単には蹴破れない。とはいえ、閂の受け金が軋み始めてるな。


「チッ、お楽しみはここまでだな。おい野獣、毒じゃなくて刀で殺してやるよ。オレと姉さんをコケにしたコトを、あの世で後悔しな!」


刀を抜いて振り上げると、絶望の色を目に映した野獣が叫んだ。


「待てっ!黒幕は箒木ははきぎだっ!総督特赦が出された俺を殺したら、おまえも罪人になるぞっ!」


箒木御法ははきぎみのり……元貴族院議長だな。反総督派の首魁が黒幕だったか。救出に望みを賭けてた訳だ。


「それはおまえの気にするコトじゃない。つべこべ言わずに死ん…」


閂が吹き飛び、錦城大佐が部屋に転がり込んできた。オレは素早く刃の切っ先を解毒剤にあてる。


「カナタ君、落ち着け。姉君を侮辱された怒りはわかる。だが、マハルは大事な証人なんだ。早く解毒剤を…」


オレは冷酷な顔のまま、質問する。


「マハル、証拠はどこに隠した?」


黒幕の名を口にした以上、特赦をもらう以外に助かる手立てはない。証拠がなくとも箒木元議長は厳重にマークされ、救出どころではなくなるからな。


「同盟信託銀行神難本店の貸金庫、コードは884E6143だ!は、早く解毒剤を打ってくれ!」


オレは刀を鞘に収めてから、シガレットチョコを咥えた。これは任務ミッション完了コンプリートの儀式だ。


「まだ死ぬな!すぐに解毒剤を打ってやる!」 「急ぎなさい、一威!」


慌てて解毒剤のアンプルをマハルの腕にあてる錦城大佐と、側近を急かす月花総督を横目で眺めやりながら、オレはのんびり呟いた。


「慌てない慌てない、死にゃしませんから。」


「何を言ってるんだ!100ミリは完全に致死量だぞ!」


なら、ね。」


「なにっ!?」 「カナタさん、どういう事ですの!?」


「投与したペインデビルは、あったんです。原液に生理食塩水を30%混ぜておいた。つまり、まだ70ミリしか投与していません。致死量の一歩手前ですからそりゃ苦しかったでしょうが、死にはしない。」


手品のタネを聞かされたマハルの顔が青ざめ、怒りの赤に転じる。


「こ、このペテン師が!俺をたばかったんだな!」


「騙される方が悪いって言葉を親友は嫌ってるが、オレはそうでもない。それとな、総督特赦なんだが、口頭では成立しない。正式な赦免状に総督と第一執政官もしくは司法長官、それに被告弁護人がサインして初めて成立する。同盟加盟都市基本法、第……え~と……」


「第8条1項ですわ。残念でしたわね、マハル・カルーク。あなたに特赦は適用されません。死罪もあると覚悟なさい!」


ピシャリと言い放たれたマハルは、薬物の苦痛と精神的苦痛に顔を歪める。


「そ、そんな……」


「一威、被告人をゲストルームへ連行しなさい。」


「はい。ではお客人、俺が設計した特別牢に案内しよう。警戒態勢は最高だが、居住性は最低だと自負しているんだ。後で体験宿泊の感想文でも書いてもらおうかな?」


折られた四肢が治っていない被告人は、襟首を掴まれて引きずられていった。


────────────────────


収容所の客間で、クシナダ総督と錦城大佐を相手に黒幕の処断を話し合う。


「まあ、カナタさんは本当にお人の悪い事!……ですがいい手ですわね。」


「まったく、底意地が悪いに尽きる。カナタ君、さっきの取り調べでも、俺と月花様にはペインデビルの仕掛けについて、先に教えてくれていてもよかっただろう? 本気で焦ったじゃないか。」


「その本気で焦った絵が欲しかったんです。野獣はモノホンのプロですから、舞台装置も本物である必要がありました。お二人が本気で"この馬鹿、重要証人を殺すつもりだ!"と思ったからこそ、マハルは口を割ったんです。焦りの伝播とでもいいますか……」


「いや、"この馬鹿"ではなく……」 「ええ。"重度のシスコン"だと思いましたわね……」


シスコン……まあ、姉さんを淫売呼ばわりしてくれやがったから、怒りの演技は楽だったな。ナチュラルにトサカにキテたからさ。


「アスラ部隊に入隊する時に、司令から教わりました。"他人を騙す時は、まず自分自身を騙すのだ"ってね。元々死んで当然の外道ですから、殺してやるって思い込むのは簡単でしたよ。」


「……一威、ここに悪魔がいますわよ?」 「……はい、紛れもなく悪魔ですね。」


邪眼持ちの悪魔、それもオレの異名だからな。


──────────────────────


収容所の駐車場では小悪魔リリス悪魔オレを待っていた。退屈しのぎに床に書かれた円周率が、すごいコトになってんな。首都のテロ事件の時に会ったキカちゃんも似たような遊びをやってたが、どっちが上手うわてかねえ?


リリスを助手席に乗っけて夜の神難をドライブ、ついでに収容所での顛末を話してみる。顛末を聞き終えたリリスは苦笑しながら、お褒めの言葉を口にした。


「光景が目に浮かぶわ。迫真の演技だったわね、ド悪党。」


「そんなに褒めるな。ま、ハッタリだのペテンだのは、こんな世界じゃ必需品だ。」


「まったく、呆れたペテン師ぶりだわ。ペテンが得意なド悪党も、そんな悪党が好きな私も……十中八九、地獄に堕ちるでしょう。覚悟は出来てる?」


「いんや、全然。、そうなるってんなら、りにいけばいいだけさ。」


期待値通りの人生は賢明で堅実だ。だが、オレの流儀じゃない。




「……そうね。少尉はそういう人だもの。生き方だわ。」



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