奪還編5話 ダーティーヒーロー



「……なんだってオレは行く先々で、事件に巻き込まれるのかねえ。たまには平穏に過ごさせてくれてもいいだろうに……」


空調用ダクトの中を這いずり回るとか、ダイハードかよ。ダクトに割合広さがあるのは助かるけどな……


「男がぐちぐちボヤくな、みっともない。」


魅力的なお尻を見せつけながら一行を先導するマリカさんにツッコまれる。


「昔はどんな苦難にも動じないヒーローが主流でしたが、最近のトレンドは泣きとボヤきを入れながらどうにかするヒーロー、なんですよ。」


「問題はおまえさんがヒーローなのかってところだな。俺は"違う"に一票入れる。」


最後尾を守るケリーからもツッコまれる。ツッコミの十字砲火クロスファイアかよ。


「私は"カナタはヒーロー"に一票入れてあげるの。」


お、ナツメさんはオレの理解者ですな。


「私もよ。ただし、頭に"ダーティー"を付けるなら、だけどね。」


おまえリリスはそう言うと思ったよ。


「もちろんそれが大前提なの。ね、姉さん?」 「ああ。アタイもダーティーヒーロー(しかも三枚目)だったら一票入れてやる。」


……オレに味方はいないのか。タイムリミットまで20分を切ってるってのに、慌てる素振りもないのは頼もしい限りだけどな。


────────────────────


パンダどもの仕掛けた間抜け罠ブービートラップと、もともと設置してあった防衛システムはマリカさんが手際良く解除し、アタックチームは行軍を続けた。次の角を曲がればインセクターが巡回してる最終防衛エリアだ。……残り時間は6分。映画だったら時間ギリギリでなんとか間に合うなんてのが定番だが、現実にドラマチックな展開なんて要らない。余裕があるに越したコトはないんだ。


ハンドサインで1を指してからリストバンド型ハンディコムを操作し、アルマに合図を送る。10秒後にミサイルを発射、着弾時間は1分ジャスト。速度と高度を上げすぎると攻撃衛星に撃墜される恐れがあるから、そのあたりはしっかり調整済みだ。


(合図を送った。10秒、そして1分だ。)


全員から"了解"のテレパス通信が入る。最後尾から前に出てきたケリーは、円盤型の指向性脳波誘導爆弾を右手に構えた。ケリーを投擲役に選んだのは、円盤はで出来てるからだ。完全適合者のパワー+磁力での加速とコントロール、適役過ぎて笑えてくる。


先陣を切るオレとマリカさんは背中に背負った小型ジェットパックを起動させ、網膜に表示された残り時間を注視する。うまくタイミングを合わせられなきゃ、人質が殺される。


「……行くぞ。」


満を持して投擲される円盤、その後ろをロケット噴射で追いかける!テロ屋のインセクターが侵入者を察知してこちらを向いたが、耳障りな大音響が響き渡り、羽虫は力なく墜落した。インセクターと連動している自動機関銃セントリーガンも沈黙、オート兵器ってのは人間ほどアテにはなんないよなぁ。


墜落した羽虫をすり抜け、猛スピードで走る円盤はダクトカバーのド真ん中で急停止、室内向きに爆発する。僅かに飛んで来る破片を念真障壁でガードしながら、空いた穴にヘッドスライディングで滑り込んだオレとマリカさんは、間髪入れずにロビーの中に降り立った。


煙幕を切り裂いて現れた侵入者二人を、当然ながらテロ屋どもは迎え討とうとした。もちろん、引き金を引くどころか、銃口を向ける前に昏倒、もしくは即死していたが。


人質の傍にいたレッサーパンダは予定通りに無力化。作戦遂行度合いは90%ってところだな。


「さっきのは電磁パルスEMP爆弾か!」


パンダマスクはレッサーパンダが殺されたのに爆弾ジャケットが爆発しない理由にすぐ気付いた。右手に握っていた起爆スイッチを投げ捨て、即座に居合い抜きした軍刀で、風の翼を纏って襲ってきた天使に応戦する。


「ご名答、発信器と受信機は被覆出来ないだろ? レッサーパンダが胸に付けてるペースメーカーみたいな生存確認装置もな。」


狼眼と緋眼で始末出来たのは人質の傍にいた4人。離れていた6人は遮蔽に隠れながら、まず人質を撃とうとしたが、銃弾はケリーの張った磁力+念真障壁に弾かれる。第一射を凌いでる間にラバニウムコーティングを限定解除したリリスが黒い翼をはためかせ、人質達の中心に着地。半円形の範囲障壁を形成して、詰みチェックメイトだ。


……ほう、やはりパンダマスクはナツメとマトモに張り合える腕前か。複数のチャクラムを駆使し、攻防ともに隙がない。かなりのサイコキネシスと剣腕を持ってるみたいだ。


(ナツメ、スイッチだ!) (任せる!)


襲い来るチャクラムの雨を高速バク転で躱したナツメは重力磁場発生装置を使って天井に張り付き、狙いを定めたレッサーパンダに向かって飛翔する。風の天使の動きをチャクラムで阻止しようとしたパンダマスクだったが、もうその眼前にはオレが立っていた。


「邪眼持ちの悪魔がなぜここに!?」


死角から飛んで来るチャクラムを刀で弾きながら、オレは答えを教えてやる。


「なぜだって?……おまえを始末する為にだよ。」


単にハードラックなだけかもしれんがな。ま、オレもツイてない男だが、おまえはもっとツイてない。完全適合者を三人も擁するアタックチームが奇襲をかけてくるだなんて、想像だにしなかっただろう。


「クソッタレ、緋眼までいやがるのか!」


絶望的だなぁ、お気の毒。


「一応、警告しておくぜ。……おまえには黙秘権がない。なお、力尽くで吐かせた供述は法廷で不利な証拠として用いられる。おまえには弁護士を呼ぶ権利がない。おまえに私選弁護人を雇う経済力がなくなるどころか、ンまい棒一本すら買えないように全財産を没収する。以上だ。」


逆ミランダ警告※を突き付けながら、剣先も突き付けてやる。


「ナメるな!そのよく回る舌を斬り落としてやる!」


何度叩き落としても執拗に死角から襲ってくるチャクラム。結構ウザいな。湾曲刀シミターとチャクラムの挟み撃ち、これがパンダマスクの必勝パターンなんだろう。


「き、貴様は背中に目が付いてるのか!?」


パンダマスクは刀一つで斬擊と飛び道具を捌く腕を持った相手と戦うのは初めてだったらしい。


「サイボーグじゃあるまいし、背中に目なんか付いてる訳ないだろ。風切り音と空気の揺らぎでわかるんだよ。」


覚醒したお陰で感覚も鋭くなってるからな。蝙蝠みたいに空気の振動を感じ取れるようになった。


「この化け物が!」


「違うね。オレは"訓練を積んだ人間"だ。テメエの欲目で善良な人質を爆殺する貴様こそが"化け物"なんだよ。」


キャビンアテンダントの遺体には、ケリーの投げた軍用コートが被せられている。ケリコフ・クルーガーは修羅場にあってもそういう優しさを忘れない男なのだ。


「……ク、クソッ!クソッタレがぁ!なんだってこんな事に!!」


オレと斬り結びながら、必死で退路を探すパンダマスク。手練れだけに、腕の差を悟るのも早い。だが、悟るべきだったのは、他のコトなんだぞ?


剣技もなかなかだが、パンダマスクの生命線はチャクラムだ。なんでオレが、貴様の生命線をわざわざ刀で弾いてると思ってるんだ? 目の前のオレが念真重力壁が張れるのはもう見せてやっただろ? 刀を使わずに重力壁で防御するコトだって出来るんだ。……つまりだな……


「グヘッ!!……し、しまった……貴様は磁力を……」


そう、軌道を磁力操作で捻じ曲げて、ぶつけてやろうと思ったからだよ。理解したか?


「うまくアバラの間を抜けたみたいだな。」


パンダマスクの装甲コートに突き刺さる二本のチャクラム。身を翻しながらカニ挟みのように両脚で蹴りを入れ、チャクラムを深く体内に押し込んでやる。


「……ゴバッ!!……」


前のめりに倒れながら吐血するパンダマスクの背中を叩いて背後に回り、両腕を取って力任せに捻じ曲げる。腕の骨を折った後は、寝技に移行。両足の骨を砕いてから首を絞め落とし、無力化完了っと。途中でタップしていたようだが、当然無視だ。ルール無用の喧嘩を始めたのはテメエらだろうが。


────────────────────


「マリカさん、後は任せます。」


「あいよ。助っ人さんは先に帰っていいぞ。ナツメ、アタイが昏倒させたレッサーをふん縛ンな。加減なしで緋眼を喰らわせたから、しばらくオネンネしてるだろうけどね。」


「あいなの。」 「オーケー。任務完了だな。」


神難兵が来る前にケリーは姿を隠した方がいい。この事件の公式記録にもケリーに関する記述は残さないように頼んでおこう。神難軍大佐・錦城一威の要請を受諾した天掛カナタ特務少尉と火隠マリカ大尉は特別チームを編成し、テロリストを掃滅。残すのはその一文だけだ。


「じゃあオレは鹵獲品パンダマスクを薔薇姫に献上しに行きます。」


失神した芋虫の武装を解除してから死体袋に詰めて肩に担ぎ、滑走路に駐機してある総督専用ヘリまで報告に行く。最初に緋眼で昏倒した二人を除き、レッサーパンダは全員死亡。どうせ内乱罪が適用されて死刑になる身だ。刑務官の手間を省いてやってもよかろう。


薔薇の紋章が描かれたヘリから、錦城大佐を伴った月花総督が滑走路に降りてきた。オレは左肩に死体袋を乗せたまま、敬礼する。


「人質全員の救出を完了しました。テロリストは首魁と雑魚二人を除いて全員死亡。空港上空でEMP弾頭を搭載したミサイルを炸裂させたので、管制機器以外のコンピューターと電装品は、全部パーです。」


管制塔だけは対EMP防御が施されていたんだよな。まあミサイル一発で管制機能がダウンするんじゃ空港として問題だから、当然なんだけど。


「ご苦労様でした。流石はミコト様が"出覇イズルハ一のつわもの"と自慢される龍弟侯です。一威も負けていられませんわね?」


二番を愛する男は苦笑いしながら主に答えた。


「私の負けで結構です。カナタ君、よくやってくれた。空港の復旧は大変そうだが、無事に事件は終わったな。」


「まだ終わってません。事件の黒幕を突き止めて、落とし前をつけさせるところまでは見届けます。」


「それは俺がやろう。尋問、場合によっては拷問も避けられん。キミのやる仕事では…」


「一威、カナタさんは"一度関わった以上は、事の顛末を見届ける"というポリシーをお持ちなのです。」


姉さんはオレのルールまで月花総督に話していたのか。相当に気の合う友人なんだな。


「そういうコトです。パンダマスクは強力なサイコキネシスの保持者ですから、念真力を抜いてからの尋問になりますね。サイコキネシスさえ使えなくしておけば、四肢は念入りに折ってありますので、何も出来ません。」


パンダマスクは駒に過ぎない。事件の黒幕を暴き出さなければ、また同じコトが繰り返される。コイツは筋金入りのテロリストだけに、簡単に黒幕を吐いたりしないだろう。それに証言だけでは証拠としては弱い。



だが、パンダマスクは"賢い駒"だ。だったら切り口はある。粘着質の狼が必ず黒幕を追い詰めて、落とし前を取ってやる。殺された11人にしてやれるコトはそれしかないんだ。


※ミランダ警告

米国で使用されている権利の告知

①あなたには黙秘権がある

②なお、供述は法廷で不利な証拠として用いられる事がある

③あなたには弁護士の立会いを求める権利がある

④もし自分で弁護士に依頼する経済力がなければ、公選弁護人を付けてもらう権利がある


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