奪還編4話 人の命に、軽重は存在する



空港近くにある神難軍物資集積場の倉庫内。用意されていたステルス車両のエンジンはもうかかっていた。


「シュリ夫妻は先に到着していたようだな。」


「総督府よりドレイクヒルのが近いもの。少尉、マリカとケリー、ナツシオは直接バイクで空港に向かうってさ。イッチーが白バイを手配したみたい。」


イッチーは世界で二番目に気の回る男だからな。


二人でステルス車両に乗り込むと同時にタイヤが回り、空港に向かって走り始める。


「カナタ、作戦は出来てるの?」


戦術机に立体表示された建物データを睨みながら、ホタルは索敵計画を練っている。


「まあね。実は空港ってのは、立て籠もるのには向いてないんだ。なんでかってーと、滑走路が見えるように壁がガラス張りになってるし、下水に加えてエアダクトも多いときてる。」


「オマケに警備も厳重、でもそんな厄介な場所を手際よく制圧してるんだから、パンダ達の練度は高いとみた方がいい。」


ハンドルを握るシュリが見解を述べ、オレは頷いた。


「同感だ。とはいえ、オレ達以上の腕じゃない。リリス、錦城大佐に連絡して、空港に併設されてるエアポートホテルの窓際には誰も立たせないようにさせろ。カーテンやシャッターを閉じて室内で待機、窓際に立ったりベランダに出たらテロリストと見做すと警告させるんだ。パンダマスクがバカじゃなければ、必ず客を装った仲間をホテルの高層階に配置してる。」


「オッケー。それでホテル側に死角が出来るわね。」


だといいんだが、断言は出来ない。やらないよりはいいから、やっておくだけだ。


「それはどうかな。ホテルの職員か警備兵を買収してるか、手の込んだ場所に望遠カメラを隠しているかもしれないからな。空港の警備計画書を見てみたんだが、このマニュアル通りにやってたんなら、かなり精度が高い。厳重な警戒の裏をかいたんだから、連中は相当出来る。そんな集団のリーダー、パンダマスクはプロのテロ屋か、特殊部隊に在籍したコトがあるんだろう。」


おそらく軍隊経験ありだろうな。名うてのテロ屋はほとんどがそうだ。


「カナタ、私の出番はあるんでしょうね?」


「出番どころかホタルが主役だ。ロビーまでの侵入ルートを見つけられれば、それで勝ちさ。インセクターは準備出来たか?」


「ええ。カナタとマリカ様ならパンダ軍団を瞬殺出来るかもしれないけど、爆弾ジャケットはどうするの?」


「それに関しては手を考えてある。空港関係者が悲鳴を上げそうな最悪で災厄な一手だけどな。」


「カナタが最悪って言うんだから、本当に最悪なんだろうな……」 「ふふっ、疫病神フゥードゥーのお墨付きって訳ね……」


夫婦でシミジミため息つくなよ。他に手がないんだから仕方ないだろ。


「カナタがテロリストを狩る側でよかったわ。もし敵に回ったらと思うとゾッとする。ね、リリス?」


ホタルさん、オレがテロ屋に転職する訳ないでしょ。寒そうな顔しないの!


「少尉がテロ屋に転職したら、治安維持当局にとっては悪夢でしょうね。強くて弁が立ち、狡智さまで兼ね備えてるんだから。」


小悪魔に悪魔呼ばわりされたオレは、クシナダ総督に通信を入れるコトにした。残り時間は41分か……


─────────────────────────


「……コッチはそんなところです。総督府では新しい動きがありますか?」


ドレスから軍服にお召し替えしたクシナダ総督に現状を報告し、総督府の動きを尋ねてみた。


「一威がパンダマスクに"総督は政府高官と会議中"と伝えました。残り時間が30分を切ったあたりでヘリに乗り込む事にします。」


錦城大佐イッチーならネゴシエーター役もうまくやるだろう。可能な限りの時間を稼いでくれるはずだ。


「ヘリなら空港までは10分足らずで到着。月花総督、空港に着いたらご自身の安全を担保させる為の交渉を出来る限り引き延ばしてください。パンダどもの注意を滑走路に引き付けておきたい。」


少なくともリーダーのパンダマスクは、錦城大佐との駆け引きに集中させておく必要がある。


「一威も同じ事を言っていましたわ。何をやっても二番と自虐していますが、私が一番信頼している男は、錦城一威に他なりません。」


それ、本人の居るところで言ってあげてくださいよ。


「ところで高官との会議ですが、本当に行うのですか?」


「ええ。既に高官達が会議室で待機中です。」


「その会議の内容は、パンダマスクに筒抜けだと思ってください。集まった高官連中の中に、今回の事件の黒幕がいる可能性が高い。」


「……あり得ますわね。私は先代総督と違って"政府高官に優しい政治"はやっていませんもの。」


クシナダ総督は一気呵成に改革を断行してはいない。だがシンパを増やしながら、ジワリジワリと特権を削ぎにかかっている。利権の甘い汁を啜り、特権のぬるま湯に浸ってきた連中には疎ましく、煙たい存在だろう。このまま薔薇姫の治世が続けば、平民上がりに地位を奪われてしまうと恐怖を覚えている者だっているはずだ。


クシナダ総督は別に貴族を排斥しようなんて思ってないんだけどな。単に実力のある人材を登用し、行き過ぎた格差を是正しようとしてるだけだ。人格に優れ、実力があれば身分生まれに関係なく、薔薇姫は要職に据えてくれる。姉さんが為政者としての手本にしようと思うぐらい、優れた指導者なんだ。


「クシナダ総督、人質と空港を奪還するにあたっては、かなりの損害を覚悟して下さい。具体的に言えば、市営空港の復旧には一ヶ月以上の時間と相応の費用が生じます。なぜなら…」


「カナタさんに全てお任せしますわ。フリーハンドで奪還作戦を遂行してくださって構いません。では、私は会議に赴きますわね。」


固い顔を崩して笑顔を見せてくださった薔薇姫の姿がスクリーンから消えた。


暴挙には報復で、信頼には結果で応えなければならない。姉さんの友人の為に、失敗は出来ねえぞ?


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"蟲使いインセクトマスター"の異名を持つ空蝉ホタルは、見事に侵入ルートをこじ開けてくれた。奴らの警戒網に穴があったのではない。ホタルはルートをのではなく、のだから。


蟲使いは数十機ものインセクターを同時に起動可能な世界最高の索敵要員、だが一芸だけに秀でている訳ではない。彼女は世界指折りのハッカーでもあるのだ。連中が設置した監視カメラと同じ映像を自分のインセクターで撮影したホタルは、その画像データを流し込む事に成功した。警戒網に穴が空けば、侵入路を構築出来る。これで空調用のダクトを使って、ロビーの近くまで侵入するコトが可能になった。


大型飛行船、旅客ヘリの格納庫内に集結した特別チームに、大仕事を成し遂げたホタルは成果を報告し、額の汗をタオルで拭った。


「……ふう。私に出来るのはここまでよ。空調ダクトの出口付近を警戒してるインセクターだけは、どうにも出来ないわ。」


インセクターは使い手の脳波で操作してるからな。どんな凄腕でもハッキングは不可能だ。


「十分だ。シオン、狙撃位置についたな?」


ダーはい。管制塔からロビー内を狙うのは可能かと。少し風が強いのが心配ですが……」


あの距離からでも狙える腕の狙撃手がいるのは心強いぜ。はオーケーだな。


「アタックチームはオレ、マリカさん、リリス、ナツメ、ケリーだ。ケリー、指向性脳波誘導爆弾は使えるよな?」


機構軍最高の工作兵と呼ばれた男は煙草を床に吐き捨てて、鼻白んだ。


「俺を誰だと思ってるんだ? その手の道具類で使えない物はないさ。」


「聞いてみただけだ。じゃあ煙幕を追加して炸薬も増量したシュリスペシャルを預けとくぜ。」


こういう小道具作りはシュリの独壇場だ。これさえあれば厳重にビス止めされたダクトカバーを吹っ飛ばして突入出来る。


お、民間のテレビ局のヘリが事件現場を中継する為に上空を旋回し始めたようだ。乗ってるのはテレビ局のクルーに偽装したロブと神難軍選抜兵だけどな。


「バックアップチーム、準備出来たか?」


「おう。でも大将、俺らの出番は作らないでくれよ?」


俺もそう願ってる。シオンの狙撃とロブチームの突入は、最後の手段だ。ビビリのオレは、どんなに作戦に自信があろうとも、常に保険をかけておく。……筋金入りのチキン野郎なのだ。


「シュリはインセクターを使って先導してくれ。」


「任せてくれ。妻の代わりは僕が務める。」


ホタルには及ばないが、シュリも数機のインセクターを同時に使える優秀な索敵要員だ。ナビゲーションも的確で、先導役として申し分ない。


「カナタ、リミット5分前になったら戦闘用インセクターを起動させるわ。万が一が起こったら、私もバックアップチームを援護するから。」


先導役にシュリを選んだ理由を悟ったホタルは、オレが頼む前に自分の仕事の準備を始めた。


「アルマ、ミサイルの発射準備を。」


5キロ先にある大型量販店の駐車場にソードフィッシュは待機している。遮蔽が幾重にも存在し、距離的にも空港からは絶対に見えない絶好の位置だ。カッキリ5キロってのも計算しやすくていいね。


ベーネはい。ミサイル砲塔、安全装置解除。」


唯一、ホログラム映像での参加になったアルマのアバターは大袈裟に一礼してから行動に移った。容姿だけじゃなく、行動パターンもラウラさんに寄せてるみたいだな。


「いよいよだねえ。カナタの"外道スレイヤー"っぷりを見せてもらおうじゃないか。」


マリカさん、これ以上渾名を増やさないでください。


「見るだけじゃなくて、手伝ってください。狼眼と緋眼で、速攻をかけますよ。」


「あいよ。パンダマスクはケリーが抑えるのかい?」


「いえ、ナツメに任せます。頼むぞ、殺戮天使キリングエンジェル。」


「あいなの。外道を駆逐する天からの使者、ここに降臨!」


風の翼を纏った天使は、可愛いポーズを決めてみせた。


「カナタと緋眼でレッサーパンダを始末、お嬢ちゃんはボスパンダの抑え役……となれば、俺は人質のカバーだな? 即応防御は俺がやり、範囲防御の小悪魔ちゃんに繋ぐって寸法か。」


「ああ。念真障壁だけじゃなく、磁力盾も使っていい。人質は全員、目隠しをされてるからな。」


ケリーはニヤリと笑い、その悪い笑顔は倉庫内にいるチーム全員に伝播した。そう、テロ屋どもにケリーの能力を見られても構わない。奴らが何を目撃しようが、誰かに喋るコトなど出来ないからだ。


「パンダが一匹にレッサーパンダが十匹、人質一人に警備兵が十人、死人の数だけは釣り合ってるわね。」


酷薄とタイトルをつけたくなるような顔でリリスは呟いた。ホタルの索敵の結果、奴らの数と犠牲者の数が割れたのだ。




人間の命に軽重はない。人道屋はそんな綺麗事をのたまうが、オレは全く共感しない。人の命に軽重は存在する。一番軽い命はテロ屋とヒャッハー、ガーデンマフィア+1で、軽い命を狩りに行こうか。


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