奪還編3話 疫病神が!



作戦概要の説明が終わり、軍人4人で細部の詰めを始めた頃、オンにしておいたバイオセンサーが人間の接近を知らせてきた。


「シッ!誰かが近付いてきます。」


結構な早足だな、もう足音も息づかいも聞こえてくるぞ。


「カナタさん、大丈夫です。今この部屋に近付けるのは、私直属のメイド部隊だけですから。」


月花総督は落ち着き払った声でそう言った。やっぱりあのメイドさん達は、ナイスおっぱいの手練れ軍団だったらしいな。事実上の総督親衛隊って訳だ。


「メイド部隊は厳選の上に厳選を重ねた、月花様の親衛隊だ。しかし呼ばれるまでは、この部屋の周辺を警戒せよと命じられていたはずなのだが……」


訝しげな顔になった錦城大佐に、リリスが所見を述べる。


「何かあったと考えるべきなんじゃない? 少尉って行く先々でトラブルさん御一行に出迎えられてるんだから。」


毎度のコトとはいえ、ありがたくないお出迎えだぜ。手早いノックの後、拝剣したメイドさんが入室してきて月花総督に報告を行った。


「月花様、市営空港でテロ事件が発生しました。」


ま~たテロかよ。リグリット、龍球に次いで3回目だぞ。姉さんに厄払いをしてもらったってのに、効果ナシですか……


一報を聞きた薔薇姫は厳しい目つきで、隠していた刺を剥いた。


「詳細を話しなさい。ここには信用出来る人間しかいません。」


「ハッ!武装グループが市営空港のロビーを占拠し、乗客や職員を人質に立て籠もっている模様です。賊めは"我々の要求はテレビ放送で伝える。市営放送に中継させろ。30分以内に中継が繋がらない場合は、人質を5人殺す"と言ってきておりますが……」


「テレビクルーに扮した工作兵を潜り込ませます。すぐに準備なさい。」


メイドさんは表情を曇らせながら、女主人の作戦を否定した。


「月花様、運悪く空港には市営放送の取材班がいました。賊めは彼らの機材を奪っていますから、クルーは必要ありません。回線を繋げば放送可能な状態なのです。」


フン。タイミングが良すぎ、いや、悪すぎだよなぁ。


「運悪く、じゃないと思うぜ。市営放送の取材班がいるコトを知った上で犯行に及んだと見るべきだ。」


眉根を寄せた月花総督がオレに質問してきた。


「カナタさんは対テロ作戦のスペシャリストでしたわね?」


なりたくてなった訳じゃないけどね。行く先々でテロが起きるから、そうなっちまっただけで……


「ウチの司令ときたら、"おまえはテロ慣れしているからな"なんて言いながら、対テロ作戦は大体オレに回してきやがりますね。」


適材適所がモットーの司令は、近場でテロ事件が起きるとほとんど案山子軍団にお鉢を回してきやがるんだよな。たぶん、対テロ作戦が専門のトリクシーの次ぐらいには、テロ屋のお相手をしてるんじゃないか?


「カナタ君、協力してくれるかい? もちろん全責任は俺が取る。」


錦城大佐の要請に、オレは即答した。


「言われるまでもありません。」


今、この街にはマリカさんとケリーがいる。それにシュリ夫妻もそろそろ到着する頃だ。完全適合者三人に忍者夫妻&三人娘、駒は揃い過ぎるほど揃ってる。オマケに便利屋ロブまで軍港で待機してるしな。


「月花様、刻限まで後10分です。市営放送の社主が、月花様のご判断を待っていますが……」


「放送を繋ぎなさい。要求とやらを聞いてみましょう。」


メイドさんに指示を出した月花総督は、テーブルを操作してテレビ放送を卓上に投影させた。


「……お昼のニュースの時間ですが、予定を変更して臨時ニュースをお伝えします。本日16:00頃、市営空港がテロリストに占拠されました。彼らの要求により、今から犯行声明及び、要求を現地から中継します。大変ショッキングな映像が映る可能性がありますので、子供さんや心臓などに疾患をお持ちの方をテレビの前から遠ざけてください。この放送は空港に居合わせた市営放送スタッフの機材を奪ったテロリストが行うものです。あらかじめご了承ください。」


厳粛な面持ちのキャスターがニュースを読み上げた後、画面が空港のロビーに切り替わった。ロビーの床には手錠を嵌められ、ジャケットを着せられた人質達が座らされていて、その背後には自動小銃を構えた覆面姿のテロリスト達がいる。


見える範囲の人数は3人か。出入り口と外部テラスを警戒する奴がいるだろうから、10人前後はいると考えないとな。……装備には金がかかってる。金持ちテロリストではなく、黒幕スポンサーがいると考えるべきだろう。


「レッサーパンダの覆面……首魁はパンダの覆面ですかしら?」


月花総督の予想は当たった。親玉らしきパンダマスクが画面に映り、演説を始めたのだ。


「我々は"神難解放同盟"だ。解放同盟とは、この街で行われている悪政を正す為に立ち上がった憂国の志士達である。とはいえ、我々は暴力革命を望んでいる訳ではない。」


テロやっといて暴力革命を望まないだと? ジョークはエイプリルフールだけにしときな。


「我々は市民の為に5つの提言を準備してきた。この提言について、神難の最高権力者であるクシナダ総督と直接交渉を要求する。もちろん交渉会場はこの空港、入っていいのは総督一人だ。タイムリミットは一時間、身繕いを済ませてここに来るには十分な時間だろう。愚かにも武力行使に及んだ場合には、人質の命はない。正義の刃を弾圧する事など不可能だが、仮に成功した場合でも……こうなる!」


パンダマスクが指を鳴らして合図すると、レッサーパンダが人質の中にいたキャビンアテンダントのお姉さんの襟首を掴んで、無造作に放り投げた。


「お願いやめて!私には妹が…」


人質の列から離れ、哀願するキャビンアテンダント。その上半身が爆発四散した。人質が着せられていたのは"爆弾ジャケット"だったのだ。無惨な遺体をまなこに映した月花総督は、ギリッと唇を噛み締めた。


「見ての通りだ。我々の心臓が停止すれば、ジャケットが爆発する仕掛けになっている。死んだ女は、我々の警告を無視して非常用スイッチを押し、崇高な義挙を妨害した。正義の執行を阻害する愚行は、死罪に値する。クシナダ総督、後59分だ。我々との交渉に応じないのなら、人質は尊いにえとなるだろう。一時間を過ぎれば、5分おきに人質一人が……死ぬぞ?」


体内時計のストップウォッチを59分にセット。やらかしたコトへの落とし前はオレがつけてやる。


「一威、至急空港へ向かいます!」


立ち上がった月花総督を、錦城大佐は制止した。


「なりません!奴らは交渉を求めているのではなく、月花様を殺害するつもりです!」


そう、提言について交渉したいなら神難市民をギャラリーに、テレビで通話すればいい。どうしても直接会って交渉したいんなら、総督府に代表を送り込んでもいい。人質を取っているんだから出来るはずだ。


「錦城大佐、この事件は疫病神オレが請け負った!人非人どもに天誅を喰らわせてやる!」


椅子を蹴って立ち上がり、リリスを抱え上げる。


「龍弟侯、我らは何をすればよろしいでしょう?」 「なんなりとお命じを!」


拳を握りしめた照京人二人も、蛮行に怒りを燃やしているようだ。


「鯉沼、犬飼の両名は、錦城大佐の指示に従え。オレ達は空港に向かう!」


オレは疫病神だ、テロ屋どもにとってはな。疫病神は疫病神らしく、人の皮を被った獣どもに厄災をまき散らしてやろう。さあ、お仕事だ!


───────────────────────


片手でリリスを抱えたオレは、屋上のヘリポートに向かって疾走しながら、ハンディコムを操作する。


「シュリ、もう到着したか!」


「今、ドレイクヒルホテル着いたところだよ。何かあったの…」


「コードレッドだ!至急、装備パックを持って市営空港へ向かってくれ!」


「わかった!ホタル、聞いてたね!どこかのバカが、カナタを本気で怒らせたらしい!」


ああ、本気で怒ってるぜ!何が嫌いかって、民間人を惨事に巻き込むテロ屋ほど嫌いな連中はいねえ!


「絶対死ぬわね、そのおバカさんは。任務了解よ、カナタ。シュリ、超特急で空港へ向かいましょう!」


よし!シュリの指先とホタルの複眼があれば、百人力だ。


──────────────────


ローターの回る軍用ヘリの操縦席には馬頭丸、ナビゲーター席には牛頭丸がスタンバイしていた。リリスを抱えてヘリに飛び乗ったオレは、次の連絡先をダイアルしながら指示を出す。


「馬頭丸、出せ!牛頭丸、空港から視認出来ない地点に神難軍のステルス車両を準備させるんだ!発行された緊急コードは947・D・315!」


「はい!離陸します!」 「了解!コードはクシナダサイコー、神難防衛軍と通信開始!」


オレのハンディコムにはアルマが映った。案山子軍団の船、ソードフィッシュとハンマーシャークは神難の軍港で兵装を改良中なのだ。


「団長、何かあったのですか?」


旗艦を制御するAI、アルマのアバターは金髪のマリノマリア系美人のイメージだ。アルマは旗艦じぶんをこよなく愛するラウラさんをリスペクトしているから、その影響だろうな。


「残念ながらな。アルマ、EMP弾頭を搭載したミサイルランチャーの準備が整い次第、緊急発進だ。待機地点は追って指示する。」


「イエッサー。団長、本作戦の作戦名を教えてください。」


団長、か。バブルクラウド作戦終了後に、案山子軍団&御門グループ企業傭兵団の幹部連が話し合い、オレの呼び名を、"団長"で統一しようと決めたらしい。


「この緊急作戦は、オペレーション"FooDooフゥードゥー"と呼称する。」


「了解。"疫病神フゥードゥー作戦"を開始します。神難に駐屯する全隊員にコードレッドを発令。」


オレの戦術タブレットに市営空港の建物データと、空港近くに駐屯している神難防衛軍の詳細な装備・編成表が送られてきた。送り主は錦城大佐、さすがに仕事が早い。


「リリスの戦術タブに装備・編成表を転送する。工作用装備の在庫データを抜き出してマリカさんに送れ。それから…」


「狙撃兵の軍歴を確認ね。ゴロツキどもへの状況報告も私がやるわ。」


兵士のデータに目を通しながら、ゴロツキどもへの打電も行うリリス。複数作業の並行は、ちびっ子参謀の得意技なのだ。


「頼む。第二中隊がいれば、狙撃兵も自前で用意出来たんだがな。」


案山子軍団本隊の到着は明後日だ。現時点で神難にいる案山子軍団はごく一部に過ぎない。


「リックに経験を積ませる為に、軍団指揮を任せてみたのが裏目に出たわね。でもリックの今後を考えれば必要な措置だったから仕方がないわ。部隊長リック、副官ビーチャム、参謀ギャバンはいい組み合わせだし。」


いくら凄腕スナイパーのシオンでも、一人じゃ空港全体をカバーするのは無理だからな。工作兵はシュリ夫妻とロブにマリカさん、それにケリーまでいるから十分過ぎるが。


「これでよし、と。少尉、状況報告は終わったわよ。狙撃兵の選抜完了は後2分ってとこかしら。」


「了解だ。オレは建物データを確認しながら作戦を考える。」


大まかなプランは既に策定済みだが、そのプランを成功させるにはコンマレベルでタイミングを合わせる必要がある。緻密な計算は必須だ。となれば、そっちもリリスの演算力を頼りにするしかないな……




作戦を練る頭の隅に、爆弾ジャケットを着せられた人質達の怯えた顔が浮かんだ。……必ず助けるから、待っててくれ。


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